3.リゾートに必要なもの
バーチャルで何でも表現できるからこそ、オリジナルに価値が見いだされると思うんですよね。
名もない島をリゾート化するにあたっては、当然これも他の地名同様にネーミングライツ・パートナーを募ろうと思うが、実は、この惑星ノアにおけるネーミングライツ事業には、いま世界中から希望者が殺到している。
中には冷やかし半分の応募もあるようだが、レオンの予想をはるかに超えた高額の提示が引きも切らない。しかも、まだ募集すらしていない惑星ノアの各地の地形を先回りして調べては希望を入れてくる者も数え切れない。
どうやら一部の資産家たちの間では様々な思惑が渦巻きつつあり、単に金額の多寡だけでも決められないという、面倒な事態が起こっている。
まさかセレブ同士の諍いの種にまでなるとはレオンには予想できず、メルファリアに懸念を増やしてしまったことを謝るしかなかった。
「考えが至りませんでした。むしろ多方面に面倒をお掛けすることになってしまいました」
名前は伏せられているが、グラハムやローレンスに口添えを頼む輩も現れているらしい。
そんな状況を認識したメルファリアだが、これを政治的に解決するよりも、むしろ機械的に処理すべきではないかと考えた。
「ここはひとつ、ある一定以上の金額の応募の中から公平に選ぶよう、抽選会でも催しましょうか?」
「ああ、それいいですね。メルファさんが矢を射るとか」
「え? わたくしが? ええと……、わ、わかりました」
レオンは半分冗談のつもりだったが、抽選会を言い出した本人としては断りにくいと感じたらしい。
リサも同時に戸惑ったが、異を唱えるタイミングは逸してしまった。
これはチャンスかもしれない。そう思ってレオンはもう一押しした。
「よし、やりましょう。面倒事が、途端に楽しくなってきました」
もちろん、すべての抽選にメルファリアが手を下すほどの余裕はないので、注目度の高いものに限ることになるだろうが。
「わかりました。姫様の御覚悟を受け止め、かくなる上は精一杯盛り上げて見せましょう!」
リサはメルファリアの両手をぐいと握りしめ、覚悟を決めた顔で誓いを述べた。
「え? リサ? ……そ、そうね」
盛り上げる? 精一杯? えーっと、……どうしてそうなったのかしら。
戸惑いつつもメルファリアはしかし、今さら引っ込みはつかなさそうだなーとは感じていた。
「……うーん、なんとなく乗せられてしまいました」
小さく小さく呟く声はリサには聞こえず、ため息をついてアリスに目を向けると、彼女はわずかに肩をすくめてみせた。
なぜか意見の合ったレオンとリサを横目に見て、むしろ皆が前向きになるならばと、考えを切り替えるメルファリアだった。
そんな顛末をアリスは静かに傍観していたが、後になって二人きりになったところで、レオンにやんわりと諭した。
「メルファリア様は、レオンの意見を無下にしないようにと、必要以上に意識してしまっているんじゃないでしょうか?」
改まって面と向かって、真面目な顔で見つめながらレオンにゆっくりと言って聞かせた。
「……そうかー、俺が調子に乗っちゃいかん、ってことだな?」
「そうです」
「嫌われたくないしな。ここで一度、肝に銘じよう」
そしてアリスにも、指摘してくれたことにはとりあえず謝意を示した。
「でもな、リゾート化に対しては、どうしても言いたいことがまだあるんだよ」
「いま肝に銘じたばかりなのに、やはり調子に乗ってるんじゃないですか?」
アリスは両手を腰に当て、レオンを下から上へゆっくり見上げた。
「そんなつもりはないんだけど……、とりあえず聞いてくれよ」
「とりあえず私が聞きましょうか」
なんだか随分と偉そうだが、まあいいだろう。
「メルファさんの意向に異存があるわけじゃないんだ。ただ、もっと「猥雑なもの」もリゾートには必要な気がするんだよ」
猥雑なもの、と言われてアリスは素直に頷くのをためらったようだが、レオンは気にしない。
「けど、そういう意見は言いずらいなーって」
「猥雑なもの、と言いますとやはり、あんなものやそんなものなどでしょうか?」
アリスの目がやや鋭くレオンを指し、返答を促した。
「うん、カジノとか。あとはそーだな、カーニバルみたいなお祭りイベントとか、な」
「……」
アリスはまだ何か、他の言葉を待っているようだった。
「ん? なんだと思ったのさ?」
「いえ。カジノとか、ですよね、はいはい」
「はい、は一回」
……。
……。
二人は微笑みながら見つめあった。
何千年後もきっと、アナログなカジノは存在すると思います。
きれいどころもバーチャルでなく実在していて欲しいと思うし。