33.調停者
宇宙には、ダイヤモンドでできた星もあるんじゃないかって話もあります。
まあ炭素ですから、鉄でできた星よりも可能性は高いって事になるんでしょうかね。
ダイヤは人工的にも作れますけど、鉄より重い物質は核融合でもしないと作れませんしね。
カメウラ沖の戦闘が終結して、ビョンデム宇宙軍外征艦隊は大きな損害を被り敗退し、指揮官グエン・ドン・ズァン提督は戦艦グウォンリ―と共にランツフォート軍に捕らわれた。そして事実上、それと引き換えに他の艦艇が退却するのをランツフォート軍は黙認した。
その退却の途上、動力部を破損していた外征艦隊旗艦ティエンリ―はインフレータの損傷からiフライト不能となり、母港までの航行を断念してあえなく自沈処理となった。唯一本国へ帰投できた戦艦ロワイリーンも満身創痍であり、ベクターコイルの不調からビョンデム領内へ到達するまでには半年以上の日数を要するという有様だった。
また、漂流中だった駆逐艦タルスィーとアッセルはランツフォート軍によって確保され、乗組員は飢える前に全員が無事保護された。船体そのものはランツフォート軍によって多角的に分析されることになるだろうが、最新鋭というわけでもないので、どれ程の知見が得られるものかは分からない。
グエン提督以外の幕僚たちや艦艇乗組員は戦時捕虜になることもなく、武装解除の上で商用航路の旅券を与えられ、一般旅客として本国へと帰っていった。
◆
同盟も、或いはビョンデムも、外征艦隊とランツフォート軍との間に艦隊戦闘が行なわれたことを公式には認めていない。それでも、事実は情報として同盟側に当然伝わっていて、知らぬ存ぜぬを通したとしてもビョンデム艦隊の脱落は判然としていた。
そのビョンデム艦隊を撃破したのはローレンス・ランツフォート率いる部隊で、しかも損失なしの一方的な勝利と云う。いまやエルブリカ近傍宙域における睨み合いのパワーバランスは、ランツフォートの側に大きく傾いていることは明らかだ。その上で、ランツフォートは実力行使を辞さないという事も(衝撃と共に)伝わった。
ウーガダールと呼ばれる移動要塞まで持ち出して、同盟軍連合艦隊に対する圧力を強めてきていることからも、ランツフォート側は戦闘による現状打破をためらわない可能性は高いと考えざるを得ない。
これ以上更なる戦力を動員して睨み合いを続けるか、あるいはエルブリカの政変を促して早々にけりを付けるか。ビョンデムの失態が同盟側の動きを制限するように影を落としていて、それは時間の経過と共に薄れる性質でもない。
そういった情勢の変化の後でヤシマからもたらされた調停の提案は、この状況においては同盟にもメリットのあるものになった。G7のひとつがわざわざ働きかけを行ったことに対し、同盟はそれを無碍にしない度量を見せつけるべきだ。
エルブリカの取り込み時期が先延ばしになるのは、少々残念ではあるが……。
§
結局のところエルブリカ近傍宙域では、同盟とランツフォートとは睨み合いに終始して、戦闘行為はなかった。それは話し合いを行うためには重要な事柄だ。
今回のことは偶発的な、些細なミスによるものであって双方はお互いをこれ以上責めることなく拳を収める。また、今後このような不幸な事案を起こさないために連絡を密にする。そのためのチャンネルを確保する。
……なんて事がランツフォートと同盟との間で話し合われて、ヤシマが取り持つ形で調停は成った。
ヤシマが調印の場にエルブリカの施政当局の施設を望んだことから、内心ではどうあれ同盟側はエルブリカの一時的な政情安定に寄与せざるを得ず、更にその場でヤシマのフジタニ外務大臣は、エルブリカの海賊対策に第三者のヤシマが貢献することを認めさせた。
もとよりランツフォートに異存はない上、エルブリカ政府はランツフォートからの影響を排除する良いアピールになる。同盟としては、エルブリカの取り込みはやや遠のく可能性があるが、それでもランツフォートよりはヤシマをより御し易いとみての妥協である。
§
「やれやれ、なんとも面倒なことだ」
メルファリアの長兄グラハムは、同盟側との折衝を終えてウーガダールへの帰途に就くなり、大きくため息をついた。
商用航路の安全を確保するため、海賊対策としてエルブリカへ手を差し伸べたこと自体は間違っていなかったと思う。しかし、導かれた結果を見ると、どうやらタイミングは良かったとは言えないようだ。
「我らは人類域の調停者だ。そうあらねばならぬのにな」
傍に控える強面の偉丈夫が、主を労いつつも今後の方針をそれとなく聞く。
「同盟のメンツを保って差し上げるためとはいえ、エルブリカから手を引いてしまって宜しかったのですか?」
「よい。この場では、な。今後はヤシマを経由して手を回すことにしよう」
グラハムは、エルブリカから完全に手を引くつもりはない。むしろ、より積極的にエルブリカの現政治体制の維持と政情の安定を志向しよう、とグラハムは決めた。同盟の好きなようになどさせてやるまい。そう決めてグラハムは早速にもヤシマの外務大臣との連絡を指示したのだった。
◆
時系列は少し戻る。
自由浮遊惑星カメウラの近傍宙域では、レオンはランツフォート艦艇がすべて揃うまで待たされてから、やっと目印の任を解かれてヤシマへ向かうことになった。手柄もそして暇もないまま、ローレンスはレオンに次の指示を飛ばす。
「貴様には速やかにメルファリア警護の任に戻ってもらう。任務明けの休暇は無しだ」
「承知しました!」
もちろんレオンに異存はない。
傍からは働きすぎと映ったかもしれないが、ローレンス直々の指令は、むしろレオンへの御褒美だろう。
カメウラ沖に参集したランツフォート艦艇百余隻は、それぞれに幾日かの休憩を挟んで次の任地へと向かう。これだけの数の艦艇を再編ローテーションするのは骨が折れるだろうが、いっぺんに集めたついでに班替えを済ますというのは、いっそ合理的でもある。
ただ一隻だけ、プロミオンは艦列を離れてキリガノ回廊へと向かう。その姿を、ローレンスは羨ましそうに目で追う。本当はローレンスもヤシマへ向かいたいところだが、ウーガダールも含めて、放っておくわけにもいかない。メルファリアのことは、ロナルド・デニスとそれから、レオンに任せておくしかない。
「メルファリア全権大使へ、言付けなどはありますか?」
「ん? ああ、そうだな。よくやった、と伝えておいてくれ。……あとそれから、帰りも気を付けて、無茶はせぬようにと。あとそれから、あー、……まあいい。……レオン、よろしく頼んだぞ」
レオンは、てっきり情感たっぷりに「よくやった云々」と語るビデオメッセージでも託されるかと思ったが、伝言だった。
「たしかに承りました。しっかりお伝えします」
§
回廊入口に近づいて、プロミオンはラーグリフに収納されてから難所へと突入した。可住惑星上にある運河や海峡のように両岸が見えるほど狭くはないが、iフライトを行うには直線距離がとりにくく、フライトイン、アウトが頻繁になるので手間も暇もかかる。
「ラーグリフとしてはココを通過するのは初めてですから、データをとりながら慎重に進みたいと思います」
高倍率での安定が難しい回廊内は、ラーグリフのように大型で質量も大きい艦船はそれだけ難度が上がる。濃密な星間物質はその質量でお互いを引き合って、まっすぐ飛ぶことを許さないのだ。重く大きな船は加速にも、そして減速にも距離を必要とするので、回廊内では速度を稼げない。
「船酔いしそうで嫌だなあ」
「でしたら、試しにまっすぐ突破してみましょうか?」
「AIがそんなこと提案しちゃうか?」
「私は精密なヒトシミュレータですからね」
こんなところが人間っぽいというのはどうなんだろう。ラーグリフなら突破も可能かもしれないが、その行為が既存の回廊にどんな悪影響を及ぼすとも限らない。レオンだってさっさと回廊を抜けてヤシマへと辿り着きたいと思うが、リスクを積み上げてトラブルを誘うわけにもいくまい。
「チャレンジはやめて、回廊内は慎重にいこうぜ」
難所といわれるのは、案外そのフラストレーションが原因なのかもね。
「ではまあ、回廊内の航行は私に任せて、レオンはヤシマの入国審査でも心配してください」
「まだ言うか。その為に俺はメルファリア全権大使への言付けを預かって来ているんだぞ? 審査に足止めされてる間は伝えられないわー。ざんねんだー」
「なるほど、さすがズルいですね」
「ズルいって言うな」
回廊内を慎重に通り抜けたラーグリフは、そこからアシハラ星系までの道のりでは、まるで鬱憤を晴らすように、iレートの最大倍率記録を塗り替える勢いで突き進んだ。レオンのバイオリズムデータテレメトリーをリアルタイムで観察しながら、アリスは確信に満ちた顔を向ける。
「レオンはきっとレベル7に到達できると思いますよ。一緒にアンドロメダ銀河を目指しましょうよ」
「山登りみたいなノリで言うな。日帰りできるわけじゃないんだから」
「つれないですね。まあ十年もあれば帰ってこれますよ、たぶん」
「そのあいだに、こっちでは何年経ってるんだ?」
「……ばれたか」
レオンは久しぶりにアリスの頭をぽかりと叩いた。
人類はアンドロメダ銀河へ行くことが出来るでしょうか。
出来るといいな。
もしくは、あっちから来てくれてもいいですけどね。個人的には大歓迎ですわ。