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深淵のアリス4 月は無慈悲に  作者: 沢森 岳
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31.カメウラ宙域の戦い(2)

e=mc^2

この世界の真理が何とシンプルに表現されることか。

うつくしい。

「後方からの別動隊が突入しました。駆逐艦とダミーとの区別は、ラーグリフからでは困難ですね」


 アリスが言葉で報告する横で、レオンは目を閉じて瞼の裏で戦術速報を確認した。ダミーにまぎれた駆逐艦は、それぞれが大きな目標を目指して減速どころか最後まで加速して突進し、半数の四隻が思惑通りに激突した。


 戦艦ロワイリーンは船体の一部を喪失し、かなりの部分の外装甲板を引きはがされた上に、電源系統に不調をきたしてシステムの再起動を余儀なくされと見える。再起動はできたとしても、その損傷程度からすると、戦闘継続は難しいかもしれない。


 もう一隻のコンジャーンに至っては、かろうじて存在しているものの、もはや形骸でしかない。リアクタ、或いはジェネレータに重大な損傷を被ったことだろう。全ての灯火が消え、代わりに船体のそこかしこから煤を吐き出している。


「うわ、……エグいな」

 レオンの独白につられて、アリスが顔をしかめた。


 恐らく、コンジャーンの乗組員の生存は絶望的だ。盛大に爆散した巡航艦と共に戦力外であることは疑いようもなく、主力とする戦艦四隻のうち三隻までが離脱済みかあるいは戦闘不能ということになる。残りの戦艦グウォンリ―のみがまだ健在であっても、ビョンデム外征艦隊は既に壊滅状態と言って差し支えない。


「無人駆逐艦はそれぞれがおよそ秒速九十七キロメートルほどで衝突しています。大型艦であっても、この速度であれだけの鉄塊が直撃すれば致命的です」

 駆逐艦を八隻も使い捨てにするとは敵もなかなか予測できなかったろうが、それを実行できるところがランツフォートの強みか。


「ああいった戦い方を、カミカゼアタックって言うんだそうですよ。ヤシマ以外では」

「へー」

 聞いたことないな。

 お金持ちの戦い方のことを言うのだろうか。ヤシマ以外では。



 近傍の大質量(今回は自由浮遊惑星カメウラ)に隠れながら、なおかつこれを利用して加速し、ビーム偏向拡散シールドで自らを守りながら標的めがけて体当たりをする。

 そんなモノに狙われるなんて絶対に嫌だな。


 情報のアップデートを知らせる表示が視界の端に点滅し、アリスが口を開いた。

「件の無人艦隊を構成する駆逐艦ですが、情報を訂正させていただきます。退役間近ではなくて、この宙域に到達する前に八隻とも船籍削除されていました。ですからあれらは、公式には鉄屑ですね」

 無人だったのにはそういう理由もある。


「鉄屑? あれが鉄屑ってことは、もしかして、ランツフォート軍の損害はゼロ、ってなるのか」

「そういう事になりますね」

 砲弾やミサイルは、いくらたくさん消費しても損害とは言わないのだ。武器弾薬とすら見做されない鉄屑であればなおのこと。


 レオンはゆっくり目を開けて、渋い顔でアリスを見た。

「……エグいな」



 これを機にローレンスの艦隊は一挙に攻勢に出る、のかと思いきや、ピタリと動きを止めた。数の上ではまだ劣るとしても、敵戦艦の戦線離脱を加味した戦力評価の比較ならば互角以上になる。敵の混乱が見て取れるうちに仕掛けるべきと思われたが、ローレンスは動かなかった。まだなにか仕掛けが残っているのを示唆しているようでもある。


「動かないな」

「動きませんね。プロミオンにも指示はありません。待機のままです」

「うーん……」

 ローレンスがどう考えているのか聞いてみたい、と思ったのが通じたのかどうか、ローレンスの方から通信連絡が来た。司令官からレオンに、直接の通信だった。


「喜べ。メルファリアがヤシマに無事迎えられた、と連絡があった」

「い、今その連絡ですか」

 あーなるほど、それは大変重要な連絡ですよね。うん。


「それから、仲裁の依頼も快く受け入れられて、早速動き出してもらえた、という連絡も矢継ぎ早に届いた」

 ローレンス様は大変喜んでおられる様子だ。目の前で大きな戦闘を進めながらでも、ずいぶんと余裕じゃないですか。


「これら連絡が届いたということは、もうすぐだな。プロミオンはそのまま待機」

 ……ん? ちょっと話が見えないような?

「もうすぐ、とは何でしょうか?」

 と質問を投げかけてみたが、どうやらお忙しいようで、答えてはもらえなかった。


「貴様が目印だからな、動くなよ」

 と言い残して、一方的な通信はやはり一方的に切れた。


 目印、と言われたのはプロミオンのことだ。


 プロミオンは確かに、他にはない珍しい形状をしている。およそ百年前に流行した可変機構を取り入れて、ラーグリフに収まるときはコンパクトに。大気圏内飛翔時には空気抵抗を加味して前映投影面積を最小化すると共に左右に安定翼を広げる。また、低重力下の空間戦闘モードにおいては、兵装ブロックを左右に張り出すと共に、後部動力翼をエックス型に展開して三次元での機動性を向上させる。


 現役の戦闘艦艇とはもはや世代が違うし、そもそも同型艦の存在しないユニークな存在だ。光学センサーに頼ることになるこの宙域なら、確かに目印にはもってこいだろう。


「ローレンス様がもうすぐ、と仰られたのが気になってより広域を走査したところ、接近する飛翔体を幾つか確認しました」

「どれどれ。あーほんとだ、たくさん来たな」


 飛翔体として捉えたそれらは次々に増えて、プロミオンの周囲に近づくまでには外宇宙航行艦艇であることが明らかになった。


 いずれも各地に配置されていたランツフォート宇宙軍所属の商業航路警備隊を構成する艦艇で、小さいものはフリゲート艦から、大きいものでプロミオン程度の巡航艦まで多種多様。ラーグリフからは、次々と新たな光点が現れてプロミオンの周囲に集まるさまが見てとれた。


ヤシマではカミカゼアタックという言葉は使われません。

軽々しく使っていい言葉ではないので、とリサ・フジタニが言ってました。

それ以降、レオンもアリスも口に出さないようになりました。


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