30.カメウラ宙域の戦い
宇宙での戦いというのも、結局何かしら目印のある所が戦場になります。
人であれば、何もない所に陣取るのは大変です。
ボイドで遭遇するのは幽霊船くらいでしょうかね。
ビョンデム艦隊は、比較的密集したままきれいに並んでカメウラの上空六千キロほどに浮かんでいる。対するローレンスの艦隊は、無人の駆逐艦部隊を分けてプロミオンを左右からから挟むように布陣した。そしてそのまま無人艦部隊はプロミオンと共に留まり、ローレンスの本隊十四隻のみがゆっくりと、散開しつつ前進する。
「両軍合わせて五十隻にもなるのはそれなりに大きな戦だが、これが和平交渉のためというのだからな」
笑える、という言葉は嚙み潰してローレンスは戦闘開始を号令した。
プロミオンは動かず、無人艦部隊も動かないが、無人艦は既に八隻全てがダミー艦艇に置き換わっていた。どうせほとんど動かないという事で、その正体は精巧なホログラムを投影するのみのドローンだ。これらは戦力としても防護壁としても全く役には立たないのだから、プロミオンは孤立しているようなものだが、敵艦隊からの距離は十分にあって、いざとなれば退避できるだけの余裕はある。
本物の無人艦は、もうだいぶ前から別行動に移っていて、カメウラから見てビョンデム艦隊とは反対方向へと移動している。この動きはビョンデム艦隊からは三重連星の在る方向と重なり、なおかつカメウラの陰へと隠れる方向でもあり、無人駆逐艦部隊はプロミオンと共に布陣していると思わせることに成功している。
成功していない場合は、まずもってプロミオンが狙われることになるだろうが、今のところ大丈夫。これまでの実測により蓄積したプロファイルを基に、カメウラの観測結果からビョンデム艦艇の真贋をかなりの確率で判別できる一方で、こちら側のダミーは少なくとも当面は、機能するというのは有利なところだ。
「敵より少ない戦力をさらに分けて、いったいどうするんだろうな?」
他人事のように、手持ち無沙汰なレオンがアリスに聞いた。
「誘っているのか、あるいは必要以上に警戒させようとしているか、でしょうか」
敵がこちらの戦力を正確に把握しているなら、ゆっくりと前進するローレンスの本隊を全戦力で叩くのが正しい。その場合の数値上の戦力比は二倍を超えていて、常識的に考えれば結果は見えている。だからこそ、あえて微速前進を続けるローレンスの艦隊が何を企図しているのか、それを意識せざるを得ないだろう。
予備戦力という体裁で後方に控えるプロミオンからは、両軍がただ睨み合ったままでいるように見える。
「ローレンス様の艦隊が、こちらの予備戦力と連携しにくい距離まで離れたところで、敵は動くかな」
「もしかしたら、アーク・ネビュラスだからと余計に警戒しているのかもしれません」
先の戦闘でアーク・ネビュラスに偽装したラーグリフが、敵旗艦ティエンリ―に痛撃を与えたことをアリスは指摘している。敵旗艦ティエンリ―は動力部を大きく破損し、現時点でもう戦線を離脱していた。母港へと回航中か、あるいは航行不能なほどの損害で、自沈処理と相成ったのか。
いずれにせよ短期間で再戦力化できる程度を超えて損傷していて、この局面でこちらの作戦遂行の妨げになることはない。そして敵艦隊は司令部機能を他の戦艦のどれかに移して軍事行動を継続している。それはつまり、カメウラに固執する理由があるからだろう。
「ビョンデムの奴らはランツフォートという虎の尾を踏んでしまったことを後悔しているか、それとも……、これも想定内なのかな」
弱腰、もとい平和主義のヤシマに睨みを利かせるつもりが、ランツフォートの注意を引きつけてしまったのを誤算或いはミスと認識しているだろうか。
レオンは目を閉じたまま戦術速報を確認し、「せっかくここまで遠征してきたからには、カメウラを確保したいでしょうね」というアリスの言い分に賛成する。ランツフォート軍の接近を見ても後退はせず、ということならこの会戦にも勝機を狙ってくるだろう。
「ビョンデム軍に、援軍はあると思うか?」
「MAYAは否定的です。ビョンデム以外の同盟側各国においても、ビョンデムの行動を黙認することはあっても、協力的な行動はないでしょう」
ビョンデムの独断、あるいは外征艦隊の勇み足という可能性も捨てきれない。うまく行けばその判断と行動は称えられることになるのかもしれないが、そうでなければ切り捨てられるのがオチだ。カメウラを巡る争いに、ランツフォートがこうも直接に関与すると予測が出来たのかは、やはり疑わしい。
§
作戦開始早々にレオンはカプセルベッドで仮眠をとり、バイオデータテレメトリーの告げる最適な時間で目覚めた。アリスは不眠不休のままで、覚醒直後のレオンにビタミンドリンクと栄養補給ビスケットを差し出す。
「予備戦力といっても、作戦中はやっぱコレか……」
「勝利のために、食べておいてください」
「ああ、そうだな」
ローレンスが前進を指示してから、もう丸一日が経とうとしていた。
ローレンスの本隊と、プロミオンほか予備兵力との間には、明確な距離が開きつつある。光学センサーで捉えることのできる距離で対峙している以上、ビョンデム軍もそれは承知している。果たしてレオンが考えた通り、ローレンスの本隊がプロミオンよりも敵艦隊に近づいたあたりで、敵は全軍が一斉に動き出した。
それに呼応してローレンスの艦隊は前進を止め、次には間合いをはかるように後退し始める。しかも、プロミオンからは更に距離をとる方向へ。
「俺たちと挟撃を『演出』するなら、俺たちにも移動の指示が出そうなものだけど」
「特に何も、指示はありませんね。といいますか、私たちが動くのはリスクが高くありませんか?」
それもそうだ。
プロミオンは、この離れた距離からおとなしく戦闘の記録に徹しよう。
◆
ビョンデム艦隊は、ローレンス本隊の動きに合わせて陣形を微妙に変えていった。奥に控えるプロミオンと駆逐艦の部隊に挟まれないよう突出は避けたが、それよりもまず、背後から猛烈な速度で接近する複数の物体を感知した。
カメウラの陰から姿を現したそれらは、秒速百キロメートルに迫る相対速度で急速に接近してくる。カメウラの引力を利用しながら飛来するその軌跡は、ビョンデム艦隊そのものへの衝突コースだ。
複数の艦艇からの観測結果を統合して、これがランツフォート軍の駆逐艦部隊であることが速やかに提督に報告された。
「正面の敵部隊の妙な動きは、この別動隊を待っていたのだろうな」
前方のローレンス本隊とまさに戦端を開こうとしたこのタイミングで、戦艦グウォンリ―の戦闘指揮所がざわついた。惑星カメウラの陰から次々とランツフォート軍所属と思われる戦闘艦艇が現れて、それらは合計二十四隻にもなった。そこに戦艦クラスの大きな船影はないとはいえ、後方から接近されてはさすがに厄介だ。
しかも、前面に展開しているランツフォート艦艇と合わせると計四十七隻となるが、その戦力数はこちらの認識を大きく上回る。また、後方から接近する艦隊は惑星カメウラのフライバイを利用して加速したと思われるが、こちらに向けて尚も加速を続ける現状は、通常の艦隊運用とは明らかに異なっている。
後方や側方から高速で接近しての一撃離脱というのは良くある戦法の一つだが、それにしても、これだけ相対速度に隔たりがあると文字通り一撃のタイミングしかない。外洋艦艇ほどの質量ならば今更減速したところで状況はさして変わらず、そのくせその高速度から、あらかじめ目標に向けて直線的に進まねばならず、これは迎撃されやすい。
「艦隊運用としては粗すぎる。まさか素人でもあるまい」
グエン提督が訝しんだのも無理はない。各艦艇からの観測データを統合分析した報告では、全く同じと判別できる艦影が幾つも確認されており、前方奥に控える敵の別部隊と同一と判別できる艦艇も確認できた。これは、ダミーホログラムを纏わせた飛翔体または対艦実体弾頭の可能性が大きい。
この宙域は光学センサーに頼りがちだから、こちらもダミーを利用したし、ランツフォート軍もそれは同じだろう。なにより、ものの百秒ほどで後方からの飛翔体群(と思われる艦隊)はこちらに接触する。
人の感覚を大きく上回る速度でお互いが動く宇宙での戦いでは、正確な予測とそれに基づく速やかな判断が重要だ。ビョンデム艦隊は後方から迫る一群をミサイルと断じて各個に迎撃しつつ、前方のランツフォート艦隊の動きを注視した。
「こちらを混乱させようというのか? それにしては囮の見せ方も詰めが甘いな。ずいぶん早くここまで来たのには驚いたが、やはり現時点で十分な戦力を揃えることはできていないのだろうな」
前方に並ぶ敵艦隊こそが実体の戦力だ。ならば攪乱さえされなければ、こちらの優位は揺るがない。
旗艦ティエンリ―から司令部ごと移乗したグエン提督は、これまでと少し違う座り心地に身じろぎしたが、務めて平静に自身の分析を披露した。
実のところ、これだけ迅速に、そして本気でランツフォートが関与してくるというのは彼の持ち合わせる予測を超えていた。彼にもたらされたカメウラの機密情報は、ランツフォートが関知していないはずのものであったし、その上で、ランツフォートの動きを封じる為にも同盟全体を巻き込んでの睨み合いを演出したはずである。
そもそもこの宙域は、本来ランツフォート家の勢力範囲ではない。近くもなければ、定期航路もない、ランツフォートが食指を伸ばすことなどおよそ考えられないエリアだ。考えるほどに内心のいら立ちは募るところだが、戦況の変化がそれ以上の思考を許す暇を与えなかった。
「後方の敵部隊からミサイルが多数射出されました。数は、約三百、いえ、まだ増えます。接触まで三十秒!」
「ずいぶんと手の込んだダミーを用意したものだな。目障りにもほどがある」
グエン提督は重ねて迎撃の徹底を指示しつつ、あくまで前方の敵艦隊への砲撃タイミングを見測った。ミサイルを射出したなら、実体を伴う艦艇は回避機動を行うか減速をするだろう。虚実を判別し、実体であれば駆逐艦部隊に迎撃を任せることとして、砲撃主力の戦艦と巡航艦にはそのまま前方の敵部隊への対応を継続させた。前方の敵部隊は後退し続けているが、間合いは徐々に詰まりつつある。
一方で、指示のとおりに、ビョンデム艦隊各艦艇は飛来するミサイルを的確に迎撃した。近接・迎撃用に絶え間なく射出されるパルスビームは実体弾の弾頭を破壊し誘導を惑わすだけでなく、炸薬か或いは起爆機構そのものを破壊して無力化する。
ミサイルを追うように接近する駆逐艦には対艦攻撃用のビームを放つが、こちらはほとんどがすり抜けてしまう。それはやはり正体が駆逐艦を映すホログラムであるから当然か、と思いきや、ビームの幾条かはシールドに遮られて偏光し、或いは爆発反応を示して敵の艦体を破壊した。
ホログラムにはない手応えとでもいうべき感覚が、今は戦慄を誘う。
「ほ、本物の敵艦が……減速せずに……」
報告よりも先に、無人の駆逐艦の体当たりをまともに食らった巡航艦の一つが、激しい火球となりながら前方へ押し出されて、そして眩しくうねる光と共に爆散した。
対艦ミサイル程度の威力とは明らかに違う、巨大な質量同士の衝突だ。
「なにッ!?」
脳裏がざわめき、提督は思わず肘掛けを握りしめて身を乗り出した。
ホログラムダミーではない、実体のある駆逐艦の……体当たり攻撃とは!
散開・回避を命じる暇もなく、次に標的となったのは戦艦ロワイリーンとコンジャーンだった。ランツフォート軍はつまり、大きく当てやすい目標をめがけて体当たりを仕掛けてきたのだ。この宙域でホログラムと実体の区別を瞬時に行うのは困難で、たとえ区別できても肉薄する駆逐艦を排除するのは更に困難だ。
衝突前に撃破に成功した駆逐艦のひとつは、その破砕された船体破片がそのままの高速度でビョンデム艦隊全体に襲い掛かった。光学センサーを惑わす障害物が大量に発生し、あるいはセンサーを含めた表面構造物を傷つけ、それらに紛れるようにして更なる体当たりは行われた。
突撃してきた二十四隻のうち、実体を伴ったのは八隻で、うち二隻がロワイリーンに接触・衝突。初めの一隻はロワイリーンの船体の一部をもぎ取りながら爆発、二隻目は船体表面を大きく擦りながら通過して、そのまま飛び去った。
撃沈は免れたものの、兵装にも各動力部にも大きなダメージを受けると共に、ロワイリーンは一時的に電力を喪失して救難要請状態になった。その後のダメージコントロールによりジェネレータと一部配電が回復したものの、戦闘能力の低下は免れない。
コンジャーンに至っては、破壊しきれなかった駆逐艦が船体後部に衝突・突入して内部をえぐり、船体全体を大きく震わせて各所から火花と煤煙を吐き出すと、一切の通信が途絶した。あらゆる外部ハッチが内部からの圧力で吹き飛び舷窓は割れ、内装の構成材を周囲にまき散らし、そして沈黙した。
ロワイリーンの陰に位置して損傷を免れたグウォンリ―の戦闘指揮所では、グエン提督が己の指揮下にある艦隊の惨状に茫然と声を失った。
「な……、これはいったい、こんな戦い方が……承認されるものか……」
全ての灯火が消えて漂流を始めたコンジャーンを目で追う彼の耳に、矢継ぎ早に重なる悲鳴まじりの報告は入っていかない。嵐のような一群は通り過ぎて、体当たりできなかった二隻の駆逐艦はそのままの猛スピードで煤の尾を引きながら、二つに分かれたランツフォート艦隊の真ん中の何もない空間へと消えていった。
光学観測データも、突き詰めれば電磁波ですから、打ち消すことも出来るのかもしれません。
ノイズキャンセリングならぬ、オプトキャンセリングとか言うのかな。
きっとドラ○もんの世界では実現しているはずです。