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深淵のアリス4 月は無慈悲に  作者: 沢森 岳
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29.はぐれ星ふたたび

カメウラは漂う星なので、照らす恒星がなくて目視は難しいのです。

けれど三重連星からの電磁波は浴びていて、大気もないので反射を捕捉できます。


 プロミオンは加速しながらラーグリフと合流し、キリガノ回廊ではなくて惑星カメウラを目指して、十分に加速してからiフライトへと移行した。エルブリカ近郊宙域へと急行したルートを逆に辿るが、今回はカメウラへと到着する前に漂流している駆逐艦二隻の所在を確認した。


「ほぼ予定通りの座標に二隻とも確認できました。救難要請信号を発信しているように見せかけているので、乗組員もおとなしくしているようですよ」

 実際は発信していないんだけど。

 ランツフォート軍に確保されるまで、今しばらく騙されていてもらおう。


 駆逐艦二隻はそれぞれ既にかなり離れて漂流していて、まだビョンデム艦隊の捜索に引っ掛かってはいなかった。つまり、ビョンデム艦隊はまだカメウラ近傍に散開して捜索を続けている可能性が高い。もしくは捜索を打ち切って退却してしまったか。


 旗艦ティエンリ―は損傷しているのだから、さっさと退却することも十分あり得るが、レオンとしてはそれでもかまわない。ヤシマへの航路が安全なら、それでいい。ローレンスは悔しがるかもしれないが、それをなだめる努力のほうが戦争よりは全然いいと思えた。現役駆逐艦を二隻丸ごと鹵獲できれば、分析にも取引にも使えるだろうし、留飲を下げることも出来るのではないだろうか。


 漂流する駆逐艦の最新位置と今後の移動予測を司令部宛に伝えて、プロミオンは改めてカメウラへと近づいて行った。ビョンデム艦隊の存在が確認できなければ、あとはもう、レオンはヤシマへと向かうことになる。


 わりと本気でそうであってほしいと願ったが、ラーグリフはカメウラ近傍の宙域から、識別可能なノイズを複数確認した。

「なんだ、あいつらまだいるのか……」

 プロファイルの照合結果にレオンは明らかにがっかりして、舌打ちすらした。


「不明艦の捜索中であることを理由にカメウラ付近に居座っている、のでしょう。ヤシマへ向かう前に、ひと仕事片付けねばなりませんね」

 レオンはプロミオンをそれ以上カメウラに近づけず、ビョンデム軍艦艇を静かに偵察しながら、ローレンスが到着するのを待つことにした。


 三重連星からの不規則かつ強力な電磁波にさらされるこの宙域では、相対的に微弱なノイズを追うのは難しい。しかし、微弱なノイズ源とはいっても外宇宙航行艦船ならば、それ相応の動きを伴う。

 移動時の加減速を継続的に観察できればその質量もある程度範囲を絞れるし、カメウラからは継続して観測データを取得している。それらデータから、ラーグリフはビョンデム艦艇の半数以上の所在をおおよそ特定した。


「ビョンデムは、観測基地には手を出してはいないんだな?」

「物理的には。ですが、不正アクセスを試みていますね。許しがたいことに」

 自分のことは棚に上げて、アリスはご立腹だ。


 我物にせんと欲するならそのくらいは当然やるだろうし、逆にそうであれば致命的な打撃を与えようとはしないだろう。丸ごと乗っ取ることが出来れば使い道は大いにあるわけだから、そうなるとこちらとしては面倒だ。


「観測基地のセキュリティは危険な状態か?」

「現時点の解析で、私が設置したサンドボックス五百十二個のうち百七十三個までを停止させています」

 ここで言っているサンドボックスとは、簡単に言うとシステムを模造して不正アクセス者を迷わす為に隔離するダミー空間だ。


「いつの間にそんなものを設置したんだ?」

「前回アクセスしたときですよ。レオンがやれと言ったじゃないですか」

 そういえばそんなことも言ったような。


「限定的ですが反撃機能のあるタイプのダミーを新たに千二十三個ほど追加しておきました。定期交信を装って」

 時間稼ぎには、きっと有効なんだろう。

「履歴からすると、あちらさんは、データを勝手に暗号化して取引に利用しようとしているようです。同じ手をカウンターで返すように仕掛けてみました」


 以前のアクセス時にMAYAは既に特権管理者権限を取得していて、既知の脆弱性を繕うと共に幾つかの強化策を施しておいた。それで何とか不正アクセスを凌いでいる。MAYAは、そこへ障壁となるものを並べて補強し、更にはカウンターまで仕込んだ。観測施設の演算能力次第だが、ビョンデム側からの攻撃の手を鈍らせることにはなるだろう。


「ちなみに、データに関しては、前回アクセス時にバックアップをラーグリフに確保してあります」

「じゃあ、奴らの攻撃が成功して例えばデータを消去されちゃっても、損害は少ないな」


 ならば、慌てることはない。ローレンスが戦力を引き連れて来るまで、黙ってじっくり敵の出方を観察しよう。場合によっては、ローレンスが到着する前にビョンデム艦隊が捜索を打ち切って退却することもあり得るが、そうであればレオンは黙ってやり過ごそうかと考えた。

 ローレンスへの言い訳をどうするか、そうなったら考えよう。


 §


 そんなわけで、アリスの予想よりも随分早くローレンスが到着しても、高揚感はなかった。それどころか、ローレンスの揃えてきた戦力を見てむしろ不安を覚えたと言っていい。


 戦艦クラスはアーク・ネビュラスと僚艦のトリエルテのみで、あとは巡航艦六、駆逐艦十四という陣容だ。数だけ見れば同程度だが、いまだ大型戦艦三隻を擁するビョンデム外征艦隊と戦力を比較するなら、その内容は大きく劣ると言わざるを得ない。


 しかも、

「駆逐艦クラスのうち半数以上の八隻は、通常編成から外れた退役間近の予備役艦を、無人のまま連れてきていますね」

 となれば、さすがに疑問符がつく。数合わせにしても程があるんじゃないだろうか。

「おいおい大丈夫か? ラーグリフをあてにしている、なんて事にならなきゃいいが」


 ビョンデム外征艦隊の陣容は、ラーグリフが確認した内容を正確に伝えてあるし、『俺の仕事は敵より多くの戦力を揃えることだ』というのがローレンスの言葉だったはずだ。

「まさか、すぐに動かせる戦力をかき集めてみたらこれだけだった、なんて言うんじゃないだろうな」


 しかも、ローレンスの艦隊はここに来るまでに既にビョンデムの駆逐艦に遭遇しているそうで、今やもう、こちらが戦力を揃えて近づいたことを知っている。それによって捜索活動中だったと思われる各艦艇が再集結し、ビョンデム艦隊はカメウラの衛星軌道上で戦闘態勢を整えつつあることが確認できている。


 戦うならば、情報収集力の優位を生かして先制攻撃と各個撃破を狙うべき、と考えていたレオンとしては少々残念だが、まあ仕方ない。


 接近してきたアーク・ネビュラスと状況確認の連絡を取ると、

「すぐに動かせる戦力をかき集めてみたら、これだけだった」

 とローレンスは臆面もなく口にした。

「そ……、そうですか」

 ははは、と笑うわけにもいかない。


「問題ない。むしろこれぐらいのほうが、敵も逃げ出さずに臨んでくれるのではないか?見てみろ、奴ら応戦のために陣形を整えつつあるぞ」


 動力部を破損した戦艦ティエンリ―と隕石の直撃で大破した巡航艦、先に撃破した駆逐艦チョボゴム、行方不明状態の駆逐艦タルスィーとアッセル、これら五隻が戦力外となりビョンデム艦隊の正面戦力はいま二十五隻だ。


 対するローレンスの率いる艦隊は二十二隻で、プロミオンを含めても数では及ばない。そして更に質で比較するならば、いまだ戦艦級三隻と巡航艦十五隻を擁するビョンデム艦隊のほうが圧倒的だろう。


 宇宙空間における戦闘では、敵に勝る有効射程距離を備えることが大きなアドバンテージになる。順当に正対して接近しつつ砲撃戦を行うなら、こちら側に勝ちは見えない。そんなことは当然ローレンスも理解しているはずだ。


 が、

「敵がまとまったところで仕掛ける。なにしろ、同盟側に対して我らの実力を見せつける丁度良い機会だからな」

 ローレンスは、こちらから仕掛ける気だ。

「追い払うのではなく『戦う』と言うのは、それなりの理由があるからという事ですか」

「無論だ」


 停戦や和平のために戦いが必要という図式もなんだかおかしいと思うが、交渉というのは相手があるからこそのもの。無視されたままでは何も進まないので、相手にまずは振り向いてもらう必要があるが、そのための手段がこの戦いというのは、残念な現実ではある。


「とはいえ、貴様にばかり武勲を立てさせるわけにもいかんのでな。今回は、プロミオンはあくまで予備戦力としておとなしくしていてもらう」

 ローレンスは、ラーグリフどころかプロミオンも使わないつもりらしい。むしろ立ち去りたいぐらいのレオンは、おとなしくしていることに異存はない。


「勝算はおありなのですよね?」

「無論だ」

はたしてレオンは傍観していられるのでしょうか。


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