26.回廊の向こう側で
チャットなんちゃらと言う原始的なAIが21世紀の地球を騒がせています。
著名人たちが騒ぐ、その内容が「AIを制限せよ」というものなんだよね。
は~、つっかえ。(深いため息)
ビョンデム艦隊の追撃を振り切ってキリガノ回廊へと突入したアストレイアは、その後回廊内では全く他の艦船に出会うこともなく、細長くそして光の少ない安全地帯を難なく潜り抜けた。
結果的にレオン達を囮にしてアストレイアと貨物船だけが回廊に突入した形になり、その状況を確認したメルファリアは傍目にも明らかにうろたえた。しかもそれを隠そうとする努力は失敗していて、アストレイアのメンバーだけで作戦の成功を祝うのはちょっと後ろめたい、そんな雰囲気になった。
わざとらしく、
「レ、レオンは騎士としての職務を全うした、或いは遂行中ということですものね。しかた、ありません。いずれ無事な姿を、見せてくれる、ことでしょう」
などと、いつかのリサの言葉を復唱したりして、ぎこちない。
リサはメルファリアの狼狽えっぷりにも萌えたが、一方で少し妬ましくもあり、
「まあ、騎士レオンにはしぶとさとずぶとさはありますから。それにアリスさんもついています。余程の大怪我でも大丈夫でしょう」
と言ってみたところ、メルファリアは考え込むように黙ってしまった。
大怪我という言葉は良くなかったかもしれない。
もしかしたら、アリスさんもついています、がいけなかった可能性もある。
「お優しき姫様。心中お察しいたします。でもご安心くださいまし。わたくしが、精一杯お慰め致しますから……」
瞳を潤ませて、情感たっぷりにリサがメルファリアの手をぎゅうっと握った。
こうなったら当分の間はレオンがいない。恐らくひと月か、或いはそれ以上いないだろう。
当面は私のターンですね。
惑星ノアでの事業展開など、メルファリアは最近は何かとレオンに相談することが増えたような気はする。けれど、レオンなどいなくとも姫様は立派にやっていける、不可欠なものではない、という事を再認識してもらう良い機会です。
と、リサのやる気はいやがうえにも盛り上がり、両手で握ったままだったメルファリアの手を自分の胸に押し当てた。
「私がついております……」
§
アストレイアと共に回廊に突入した貨物船ラゴンダ087は、回廊内にある進路変更ポイントで牽引テザーを切り離すとともに、自動帰還プログラムに従って追いついてきたガンシップを収納した。
全部で八機のうち七機は無事に帰還し、突撃を行った一機はやはり回収できなかった。帰還したとはいっても貨物船ラゴンダの外装はそこかしこが破損して、コンテナ扉も失った部分があり、主に船体前方を破損していて見てくれは幽霊船さながらだが、元来無人であるし後方の動力部関連は損傷もなく、さしあたっての航行にも支障はない。
ついでに積荷も宇宙空間に暴露されても問題にならない物なので、そのままヤシマへと引き渡すことになるだろう。失った予備機は、後日改めて手配させていただく事になる。
アストレイアとラゴンダの二隻のみになってしまった特別訪問船団は、回廊を通過して虚な星の海に再び漕ぎだしたところで早くもヤシマの歓待を受けた。メルファリア訪問の連絡を受け取ったヤシマが急ぎ準備してくれて、護衛の艦隊と共にヤシマの外務大臣を遣してきた。
国家の中枢を担う外務大臣を遣したのはメルファリアがランツフォートの全権特使と知ってのことでもあるが、リサ・フジタニの存在も関係しているであろうことは想像に難くない。おかげでアシハラ星系へ到達するよりもずっと前にメルファリアはランツフォート家の依頼を伝えることが出来たばかりでなく、速やかにヤシマの協力を取り付けることができた。
もとより同盟とランツフォートが争ったところでヤシマにとって得るものなどなく、なおかつ仲裁の依頼はむしろランツフォートへと貸しを作る絶好の機会でもあろう。ヤシマ政府のフジタニ外務大臣はメルファリアからの依頼を快諾し、なんとその場から直接に同盟へ向かって船を進めることとしてくれた。
「大臣はこういう展開になることを想定して、わざわざ足を運んでくださったのでしょうね。ありがたいことです」
「おじいさまったら、やる気満々でしたわ。きっと、うまく行くことでしょう」
メルファリアの好意的な予想が当たっているかどうかはわからない。むしろリサのおじいちゃんは、遠くから訪ねてきた孫にいいところを見せたくて張り切っているのかもしれなかった。
思いがけず所期の目的は果たしてしまったわけだが、フジタニ外務大臣はヤシマ政府からの招待状を携えて来ていて、是非にとのお誘いを受けてメルファリアはやはり惑星ヤシマを目指すこととなった。
もちろんのこと、メルファリアも今回の訪問には仲裁の依頼以外にも目的がある。歓迎していただけるのならば願ったりで、単なるご挨拶ではない実利を求めての折衝を期待できそうだ。
「ヤシマへ行くのが、ますます楽しみね」
「ええ、本当に。私も久しぶりですが、姫様をご案内できるのがとっても楽しみです」
メルファリアは静かに野望に燃えていて、一方リサは、心の底から楽しむつもりでそう答えた。
◆
レオンとアリスを乗せてエルブリカへ報告に向かうプロミオンはカメウラを離れ、既に加速中のラーグリフに合わせるよう針路を調整した。そうした方が、カメウラで停止しているプロミオンにラーグリフが合流よりも、格段に効率が良い。
より早くエルブリカ近傍へと至り、さっさと報告を済ませて、そして早いとこレオンもヤシマへと行きたいというのが本音だ。
「メルファさん、俺が行くまで待っててくれるかな?」
当然、待っててくれると思って言っているわけだが。
「さあどうでしょうね。それにレオンは入国審査で引っ掛かるかも知れませんしねぇ」
「まだ言うか」
ヤシマへと思いを馳せるよりも、まずはローレンスへの報告が先だ。加速を続けるラーグリフに相対速度を合わせて接近すると、プロミオンを収納するための後部専用ハッチが大きく開く。プロミオンは宇宙空間用高機動モードから左右の安定翼兼センサー部を後方へと倒し、メインコイル部もXウイング形から水平位置にまで折り畳んでアプローチに入る。
加速をしながらも危なげなく収納とドッキングは行われ、専用ハッチが閉じると同時にプロミオンのブリッジではラーグリフからの情報に表示が切り替わる。針路前方を映す映像には、プロミオンとは違うラーグリフの舳先がずいぶんと遠くに見えた。
「一瞬、遠近感が狂うよな」
「人の感覚での遠近感なんて、宇宙空間では些末なことです。自らが操舵輪を握るわけでもありませんから」
「まあな」
ラーグリフには本来のブリッジも当然存在して、人が乗り込むように作られてはいるが、もう長いこと(百年以上!)使われていない。レオンの好奇心を満たすためだけに人の居住環境を整えさせるというのはなんだか気がひけるので、管理者となったレオンも、まだ行ったことがない。まあ特に必要性もないし。
おそらく一人や二人では広すぎて持て余すだろうし、そもそもブリッジへと移動するだけで嫌になりそうだ。船舶規定に則って、ちゃんとマニュアル操船用の諸々の装置も備わっているのだというが、使われたことは一度もないとか。
「こんなデカい船を自分の腕で操るだなんて、浪漫でしかないな」
「操船だけでも体験してみますか? 案外面白いかもしれませんよ?」
「うーん、……そういえば、舵輪で操るの? ロマンだな」
両手でぐるぐると回すジェスチャーをしてみた。
「まさか。言葉の綾ですよ。操船インターフェースはガングリップとトラックパッドです」
「そりゃそうか、三次元空間だもんな」
少しそそられたが、ラーグリフ側で前準備にそれなりの時間を要するのと、船内の移動が面倒なので、やっぱりやめた。レオンは結局、アリスに提供されるがままに食事をとり、いつのまにかiフライトレベル6に達したラーグリフに揺られながら、フライトプラン通りにエルブリカ近傍へと向かった。
いや、べつに、揺れたりはしないんだけど。
そういえば、日本ではAIに対して「人類を脅かす存在」ってイメージ薄いよね。(よね?)
対して欧米では、結構怖いイメージが先行してるのかな。
ハリウッドの影響の悪い面でしょうか。アリスもがっかりですわ。