25.オペレーション・ヘビーレイン(4)
オウムアムアを追跡観測する計画があるそうです。
こんなチャンスめったにないもんね。
凄く期待しています。
ビョンデム宇宙軍外征艦隊旗艦である戦艦ティエンリ―、そして同型艦のグウォンリ―の二隻は大型の宇宙戦艦であり、進行方向に向けて長大な射程距離を持つ。威力もあり、はっきり言って、この場面において十分にアストレイアの脅威たり得る。
「やらせるわけにはいかない。なら、やるしかないさ」
ラーグリフは光学迷彩に覆われたまま、さっそく作り出したアーク・ネビュラスのホログラムに隠れて、追撃部隊に狙いを定める。この大型艦二隻をどうにかしないと、アストレイアの安全は確保できない。ホログラムでどこまで誤魔化せるかわからないが、それでも、やるしかないだろう。
「……」
「手加減なし、ですね?」
アリスが質問する間にもラーグリフはジェネレータの出力を上げ、砲口は照準を合わせている。問われたレオンが無言のままにはっきりと頷くと、その瞬間にアーク・ネビュラスからは最大出力のビームが放たれた。
◆
忽然として現れたアーク・ネビュラス(のホログラム)は、躊躇なく自分よりも大きな二隻の戦艦に向けて動き出す。ビョンデム艦隊の指揮官グエン提督は、ランツフォート軍司令ローレンス・ジェラルド・ランツフォートの乗艦とされる戦艦が突然現れたことにも動揺したが、その最大射程とされる距離よりも随分遠い所から砲撃されたことに驚いた。
「いったいどこから現れた? なぜ攻撃が届く? 距離と位置を精査せよ。」
ついさっきまで、偽のビーコンに方位を狂わされていたことを意識せざるを得ない。
ビョンデム宇宙軍外征艦隊の象徴たる大型艦二隻は、艦隊機動の中核をなすべく建造された艦で、艦前方だけでなく満遍なく装甲を施して、側方や後方へも大型の艦載砲が多数搭載されていた。その上で艦首にはクラス50の大型砲も装備され、最大射程であれば俄かに現れたアーク・ネビュラスに対しても優勢だ。
「針路はそのまま、後方の敵に対し砲撃準備。有効射程まで接近次第、砲撃開始せよ」
司令官が座乗する艦ならば、やみくもに突撃してくるようなことは考えにくい。
その筈であるが。
アーク・ネビュラスとその僚艦トリエルテのあまりにも唐突な登場に、単なるダミーか囮ではないかと疑った矢先、思いもしないアウトレンジからの強烈極まりない光の槍が突き刺さった。そしてそれは絶え間ないほどに撃ち込まれ、まばゆい光芒が彼らの視界を覆いつくしていった。
ティエンリ―とグウォンリ―はまだこの時点では、アストレイアを追いかけようとアーク・ネビュラスには背を向けていた。背後から投射されたエネルギービームは、ビョンデムの誇る戦艦ティエンリー、グウォンリーの最大投射量をもたやすく上回り、次々と表面構造物を焼いて内部にまで被害を拡大させた。
「ばかな。こちらの攻撃は届かない? FCSに異常があるのか!?」
「シールド出力上げ、回避機動!」
「システムの健全性を確認せよ。ロワイリーンを呼び戻せ!」
グエン提督とその幕僚たちは、目の前に広がる光景の、あまりに不可解な戦力差に混乱し、結果的に後れを取った。
◆
プロミオンのブリッジから、ティエンリ―が破損する様を光学センサー越しに注視したレオンは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「先手必勝だな。しっかし、この距離ですらこの威力か」
「エネルギー投射力なら、ラーグリフは単艦でも敵戦艦2隻の合計を大きく上回ります」
「敵も、自慢の戦艦が一方的に攻撃されてる現状に困惑というか、混乱しているだろうな」
ビョンデムの外征艦隊旗艦ティエンリーはそれでも百数十の被弾に耐えたのち、艦体後部を破損、炎上して火器管制機能を停止した。残るグウォンリーは辛うじて回頭を済ませ、シールドを最大にまで展開したが、絶え間なく突き刺さる光槍への防戦一方になる。
艦隊を構成する他の艦艇はしかし、自艦の有効射程の遥か遠方からの強烈な砲撃に対してどうする事もできない。そのうち、ひとつの光槍が駆逐艦ティンダレーを掠めたが、そのシールドは威力を充分に減殺できず装甲を溶かし、誘爆したミサイルが内側から穴を開けた。
「攻撃停止」
レオンの指示で直ちに射撃は止まり、ビームが途切れるとまた闇が訪れ、元々音のない世界には更なる静寂が顕れた。ラーグリフはあやうく排熱が追い付かなくなる所だったが、攻撃を停止しても戦艦グウォンリ―からの反撃はなかった。アストレイアに迫ろうとした巡航艦も停止し、プロミオンを追っていた部隊も今はもう旗艦ティエンリ―の救援に向かおうとしている。
退去を求める警告をもう一度送り、アーク・ネビュラスに化けたラーグリフは後退する。四方へ煙幕弾頭を射出して、自身は光学迷彩を纏い、戦艦二隻の最大射程範囲から離脱すると針路を変更した。向かう先は自由浮遊惑星カメウラだ。そこでプロミオンとの合流を試みる。
「艦尾動力部を破損した旗艦ティエンリ―は、撃破と判定して差し支えないでしょう。固定砲台としてならいざ知らず、艦隊運用上の機動は行えませんから、退却せざるを得ません」
「ビョンデム外征艦隊の編成に、ドック船はいないからな」
ティエンリ―の機能停止と共に組織的な動きが消えたことから、一時的にせよ指揮系統が機能しなくなったのは間違いない。レオンの狙いは、あくまでアストレイアが逃げ切れるだけの時間の確保だ。ティエンリ―の撃沈ではない。目的さえ達成できれば、ラーグリフの暴露は最低限度にとどめておきたいのだ。
「切り札は使っちまったが、これで全部とは思われないように、ごまかしておきたいね」
あわよくば正体不明のままでいられるようにと、ラーグリフは慎重に後退してからノイズに紛れた。
アストレイアは、今はもうキリガノ回廊へと突入できたはずだ。
追撃を断念させた立役者である七機のガンシップは、追手との距離が確保できたことを確認してから、貨物船に向かわせた。軽量で高機動なガンシップだが、回廊の中で既に先行している貨物船に追いつけるかどうかは分からない。勝手に使ってしまったのはお叱りを受けそうだが、バトルプルーフを提供することで評価してもらえることを期待しよう。
「全部回収できるといいな。そうすればお叱りも少なくて済むんじゃないか?」
「全部は無理ですよ。体当たりした一機は漂流中です。ダメージコントロール実行中ですが、制御が回復できるかまだ不明です」
そうでした。突撃させたのでした。
「その一機はもう回廊へは向かえないだろうな。可能ならラーグリフに収容しよう」
それだって機密の一つだ。収容できないなら、少々もったいないが自爆を指令することになるだろう。
§
先に逃げ出して既にトップスピードまで増速していたプロミオンは、一足先にカメウラへ到達して、先般無力化して漂流中の二隻のビョンデム軍駆逐艦の状況を確認した。カメウラの観測施設にアクセスして、二隻の駆逐艦のプロファイルデータを与えて追跡を指示しておいたわけだが、彼らは漂流し続けており、カメウラにはその後の軌跡がしっかりと記録されていた。
「アプローチしてきた船は今のところないようだな。相変わらず微速前進中だ」
「まだまだノイズの多い宙域ですからね。今後も果たしてどなたかに探してもらえるのか、むしろ危ぶまれます」
いまだに船体のコントロールはMAYAに握られていて、行動は逐一連絡されてくる。外部に開いたエアロックがそのままなので、その為船内各所の隔壁は閉じたままになっている。いまや二隻は自らの意思で通信することもできず、それぞれにお互いの存在を確認することもできない距離にまで隔たっていた。
「ビョンデム軍にいつまでもウロウロされるのは嫌だから、ランツフォート宇宙軍に対応してもらおうか」
「彼らも今は忙しいですから、嫌がられるかもしれませんね」
「同盟軍連合艦隊の実情を伝えてあげよう。艦艇の三割はダミーですよ、ってな。そうすりゃ、戦力を融通する余裕もできるかもな」
レオンも本当はメルファリアと一緒にヤシマを訪れたかったが、今となってはそうもいかない。回廊の向こう側は完全にヤシマの防衛識別圏だから、もう心配はないだろうという判断でもある。となればあとは、回廊のこちら側で敵対的な行動をとるビョンデム軍をどうにかしたい。もう少しはっきり言うと、メルファリアに対して危害を加えられそうな範囲から、排除したい。
「だから、大急ぎでエルブリカへ向かおう。そして、ローレンス指令に知らせよう」
「大急ぎで? 承知しました」
アリスがにやりとした、ような気がした。
「ああ。……俺、なんかおかしいこと言ったか?」
「いいえ、全く。エルブリカへ向かうフライトプランを作成しました。大急ぎで確認ください。ラーグリフの合流も急がせます」
目を閉じると、レオンの視野にフライトプランが三次元展開されて、承認待ちのアナウンスが優しく脳裏に響いた。儀体を使用していた時の経験をもとに、アリスのサポートを前提とした情報共有手段をレオンは試行錯誤しているが、今はナノマシンの助けを借りて直接視神経に作用していて、視角の調整や拡大縮小なども任意にできる。精緻でない三次元視覚情報の扱いなら、十分に実用範囲だ。
レオンは目を閉じたままにやりとする。
「さすが、仕事が早いね」
エルブリカへと向かうために、最大限に直線を長くとった、ある意味単純なフライトプランが提示されていて、それはこれまで貨物船と共に過ごした日数とは比べ物にならない、ごく少ない日数での移動を表している。端っこの方に、インフレータ・フライトはレベル6に達することが、すごく小さく示されていた。
むしろ、レベル6に達することを目的としてルートを設定したってところだろう。
「ははあ、さては新記録を狙ってるな?」
「大急ぎとのことですから、仕方ありませんよね。ラーグリフとしても、最大限レオンに協力させて頂きます」
アリスは嬉しそうにそう応えた。
「なにが「協力させて頂きます」だってーの」
むしろ人体実験に協力しているのは俺の方じゃないかと、レオンは思わないでもない。
「まあ、いいだろう。承認する」
「……そこはもっとこう、やってやるぜ! とか言いましょうよ。ノリが悪いですね」
「うっせえ。それより、ラーグリフはどうだ?」
「もちろん、大急ぎでこちらへ向かっていますよ」
プロミオンはいま、カメウラの周りをまわる幾つかの小衛星や岩塊の軌道面を避けて遊弋していて、ラーグリフの専用格納スペースに収まるのに支障がないことを自己点検中だ。
三重連星を観察するのにちょうど良いからと使われていたこの小さなはぐれ星は、実は大量の重金属や希土類を含有していて、今や争奪戦は始まっているとみなして良い。そしてその本来の価値を、それを知る誰もが隠したまま、素知らぬ顔の裏でうごめいている。事態がカオスと化す前に、誰が所有者なのかがはっきりした方が良いだろう。
その為にも、レオンはこの場の状況を速やかにローレンスに伝えるべきと考えた。ただし、肝心のカメウラの埋蔵資源情報に関してはまだ伏せておこうと思う。ランツフォート家がカメウラの領有争いに手を挙げるようなことはないと思うが、念のため。
万一、ランツフォート陣営の中の誰かが欲を出すようなことがあれば、更なるカオスが顕現してしまう。ビョンデム宇宙軍だって、そういう欲望を惹起されたが故の動きなのではないか、と思っている。それくらいに莫大な価値が、カメウラには隠されている。
既にメルファリアに対しては分析資料と共に伝えてあるわけだが、それはヤシマに近しい関係であるメルファリアが、その友好国へと依頼に赴くこの状況下で、目先の利益に目が眩むなどという事はあり得ないと確信しているから。
そもそもメルファリアは、はっきり言って金銭欲に乏しい。ぶっちゃけ身近な金銭感覚もかなり怪しいと思うが、それはオフレコで。
星系の経営に責任を持つ立場にある以上その財務状況には当然ながら注意を払うが、他人の物を奪って優位を得るとか、限られたパイを独り占めしようとか、そういう俗物的な欲望には乏しくて疎くて、だからこそ支えたいなと思ったりもするわけだ。
「俗物代表として」
「……え? なんですかいきなり、気持ち悪いですね。というか……大丈夫ですか?」
アリスが怪訝な顔で頭をトントンと叩いた。
やばい、つい口から洩れた。
大丈夫ですか、と言いながらアリスの表情は関わり合いになりたくなさそうだった。
「俺のインターフェースとしての存在が、俺のことを気持ち悪い、とか言うな」
「む。……ま、まあ、そうですね。失礼しました」
よし、なんとなくごまかしたぞ。
「プロミオンは直ちに出発、ラーグリフが追い付き次第ドッキングして再度加速」
「はい。フライトプランには若干の修正を加えます」
「ああ、そうしてくれ」
地球から見て、星間物質が濃密でその向こうが見通せない方角ってきっとあると思うんです。
しかも結構そういう箇所って沢山あったりして。
電波を遮るわけですから、向こう側に異文明があってもなかなか気づかないかも。
とか妄想してます。常に。