22.オペレーション・ヘビーレイン
大きく重い船は、宇宙空間ではなかなか止まれません。
これが海の上とは大きく違うところです。
方向転換にも大きな力を必要とし、時間もかかります。
大きいことは、いいことばかりではないです。
プロミオンとラーグリフは、珍しく前後に連なって今、キリガノ回廊を目指している。
非常にノイズの多い宙域だが、カメウラのビーコンを頼りに、それよりも目立つエマージェンシーコールの発信源をめがけて加速を続けていた。
「目標は捕捉できているな?」
「はい。あとはタイミングですね」
「アストレイアは大丈夫かな」
とはいえ、デニス船長が指揮を執り、ミッカが舵を握る船だ。問題なんてないんだけど。
アストレイアとはしばらく前から別行動で、一連の作戦のためにもうしばらく通信も行っていない。それに、作戦がうまくいけば、しばらくの間はメルファリアに会えなくなる。
……。
なんかだんだんと腹が立ってきた。
「お仕置きしてやる」
「は? 誰に言ってるんです?」
「ビョンデムの奴らにな。ぎゃふんと言わせてやる」
ラーグリフのサンプルコンテナを開けて、その中から岩塊を取り出す。
正確に言うと、コンテナの側面扉を開けてラーグリフが自身を横にスライドさせることで岩塊は外に出る。プロミオンとラーグリフはいま、通常航行状態で光速の約三パーセントほどで直進しているところだが、コンテナから外に出た岩塊は、そのままラーグリフの隣に漂っている。
レオンから見れば漂っているだけだが、それは確実に秒速一万キロメートル以上の速度で空間を移動している。
「それぞれ目標をセットしたら、ミサイルもリリースして」
「はい。準備完了です」
アリスはあらかじめやる事が分かっていて、準備は万端。レオンが指示をした次の瞬間には作業は完了していた。
「それじゃあ、そろそろ通信電文を送ろうか」
プロミオンから、レオンの署名にて、貨物船ラゴンダを鹵獲した不届き者に対して電文は送られた。曰く、速やかに貨物船を解放しその場を退去せよ、さもなくばこちらの航行を妨げたものとして実力行使もやむなし。
あえて不届き者と呼び、ビョンデムの名は出さなかったが、当のビョンデム艦隊は貨物船ラゴンダを中央に据えて以前と同じまま、そこに布陣していた。貨物船ラゴンダを、レオンたちをおびき出すための餌にできると考えていたかもしれない。
当の貨物船は海賊などに襲われた時と同じ対処を延々と実行中で、すべての隔壁を固く閉じてトランスポンダと救難信号を発信し続けていた。ラゴンダの航行システムAIは、ビョンデム艦隊からの停船命令には従ったが、それ以外のアクセスはすべて拒否している。
そんな状態であっても、ビョンデムとしては無抵抗の商船を破壊する決断を下すのはかなり難しい。貨物船内に人が居たままである可能性も無視はできないし、スピンクスやアストレイアを取り逃がしている以上は、様々な証拠が残っているのだから。
すぐに、不届き者からは「貨物船の乗員と積荷を明らかにせよ」とだけ返事が来た。
レオンはアリスと顔を見合わせる。
「やはり俺たちを通す気はないな。知ってたけどさ。じゃ、作戦は続行だ」
アリスはひとことだけ、はい、と応えた。口に出す必要もないのだけれど。
ビョンデム軍の、というより同盟諸国軍の特徴のひとつとして、上級指揮官へと権限が集中する傾向がある。旅団なら旅団長、師団なら師団長の指示がなければ軍団全体が動かない。統制が取れているとも言えるが、現場の機微な判断では動かないのが初動の遅さに繋がることもある。
軍団の規模が大きければなおさらそうだ。それを期待して、レオンからは見当違いの返事をテキトーに返すよう指示をした。無視するよりも攪乱できるかもしれないから。
プロミオンとラーグリフは、ビョンデム艦隊から見てぴたりと三重連星の方向に合わせて接近していた。キリガノ回廊入口に陣取る不届き者から見ると、自由浮遊惑星カメウラとはだいぶ方向が違うし、赤色巨星と重なると光学観測も難しいため、プロミオンからの通信電文はかなり唐突に感じられたろう。
三重連星から放射される電磁波、重力波、そして周囲に溢れる雑多なノイズ、それらに紛れておよそ百万キロメートルまで近づいたラーグリフが、急制動を掛ける。予めコンテナ内からリリースしてあった積み荷たちにはブレーキは掛からず、そのまま光速の3%程の速度を維持して飛んでいく。
その飛翔する岩塊が目標としているのは、貨物船ラゴンダだ。騒がしく救難信号を発していて、とても目立つ良い目印だ。そしてそのすぐ後ろから、プロミオンはせっかく補充してもらった対物ミサイルを惜しげもなくリリースする。
電子励起弾頭を34機射出し、それぞれに目標と定めた岩塊の大きさに合わせて2から5機を予め割り当てた。また、それらとは別に核融合弾頭を6機、合計で40機になる。プロミオンにとっては大盤振る舞いだ。
電子励起弾頭は岩塊のどれかを標的として、予定通りならば敵艦隊の5万キロメートル手前で着弾する。着弾時の距離は、多少ずれても構わない。かたや急制動を掛けたラーグリフは前方の敵艦隊がいる方向に向けて視認・通信妨害用の煙幕弾を射出した。これが敵艦隊から自身を隠し、そして同時に三重連星由来の様々な電磁波を一時的に遮る。
レオンが鼻歌まじりでせっせと吹き付けた電磁波吸収塗料の効果もあり、合計十五万トンほどのどす黒い岩石たちは貨物船ラゴンダにむけて、闇に紛れたまま予定の距離に到達。励起状態の炸薬は内包したエネルギーを解放して大小の岩塊を爆砕・破砕した。
一方で核融合弾頭は岩をめがけては飛ばず、敵艦に向かうわけでもなく、周囲に散開し順次起爆して目くらましの役目となった。核融合弾は、その膨大な熱量で岩塊をも蒸発させてしまうので、本来対物攻撃用に高威力を発揮する件の弾頭は、今回はまぶしく光ってノイズをまき散らす、単なる目くらまし用だ。
それらは敵の光学センサと電磁波センサを出来るだけ長い間無力化するために、時間差をつけて炸裂させた。 核反応の閃光と、煙幕のように拡散した遮蔽物に紛れてラーグリフは退避し、およそ五秒後には、秒速一万キロメートルの大小数千万個に及ぶ隕石のシャワーがビョンデム艦隊を襲った。
標的として定められた貨物船ラゴンダもろともに。
◆
ランツフォート家の護衛官名で退去を求める電文が届いたと報告があったが、グエン・ドン・ズァン提督は、この時まだ旗艦ティエンリーの指揮官室にいた。仮眠を中断させられた提督は、ひとまずこちらの要求を伝えさせ、着替えを済ませて指揮所へと向かおうとした矢先、複数の衝撃波に足元から突き上げられて膝をついた。
「返事のないまま仕掛けてくるとは、なんと無礼な! この船を傷つけるなど言語道断ぞ!」
彼は立ち上がり再度指揮所へ急ごうとしたが、照明は消え隔壁は閉じ、回避機動のあおりを受けていらぬ打撲をこしらえた。
「卑怯者め、いったいどれほどの戦力を差し向けてきたというのか」
レオンに卑怯者などと言われる筋合いはないが、提督にとっては、自身の準備が整わないままに戦闘が開始されるのは我慢のならぬ事のようであった。
「こちらは貨物船を確保しているのだぞ? それでも攻撃してくるとは、ランツフォートは常識を持ち合わせぬのか」
これまでの演習やシミュレーションでも、そんなイレギュラーなことはなかった。彼の幕僚ならばごもっともです、と言ってくれるだろうし、貨物船を確保していることで、こういった奇襲的な攻撃を躊躇わせるという思惑はあっただろう。
質的にも量的にも、それなりの大部隊を展開しているという自負もある。いつも日和見主義的なヤシマが動かなければ、にわかに同等の戦力を揃えるのは不可能だと読んだが、事実ランツフォート側が遣してきたのは巡航艦二隻のみだったはずだ。
それに、重要な積荷を運んでいる筈の貨物船の存在を軽んじるばかりか、あまつさえ諸共に攻撃してこようとは。
「ヤシマへの贈答品を積んでいるという情報だったはずだが。偽情報をつかまされた可能性もあるか」
折角の貴重なワインボトルを心配して背後を振り返ったが、指揮官室へ戻るのは何とか我慢して、前に向き直る。緊急事態により船内居住空間の疑似重力が半減緩和されたことで、体内の血流が変化したからか、顔がかっと熱くなった。
とにかく情報を得て、整理して、対応を検討しなくてはなるまい。そのためにも、彼は何とか指揮所へたどり着こうと壁に手を掛けるのだった。
21世紀でも、空輸されるヌーボーはペットボトルが増えているみたいです。
伝統的なガラス瓶自体がプレミアム性を持つようになっていくんじゃないでしょうかね。
地球はプレミアム性を売りにすることが多いようです。