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深淵のアリス4 月は無慈悲に  作者: 沢森 岳
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20.静かな前哨戦

同盟軍 と言えば、民主主義の守護者 なんだとか。

民主主義という言葉の定義は様々みたいですけどね~。

「こちらを追跡してきているのは、ビョンデム外征艦隊所属の駆逐艦タルスィーと、同アッセルであると同定しました」

 同盟に所属する諸国は伝統的に、軍事演習等における自らの雄姿を見せたがるというか、自分凄いアピールにとても熱心だ。過去のそういった情報に二隻も登場していて、容易に特定できただけでなく、これまでに発生したトラブルや改修に関する情報も幾つか拾うことが出来た。


 どちらも同盟内では複数の国で採用されている同型艦の多いモデルであって、漏れ出てくる情報も比較的多い。そうでなくとも例えばスピンクスであれば、データマイニングの結果としての軍事機密に関する情報もあるいはストックしていたかもしれず、そのようなデータマイナーから情報を買う、という選択肢だってある。


 レオンやデニス船長はメルファリアの護衛としての職務を全うするため、ランツフォートの押さえているデータへのアクセスはかなりの部分まで許されており、MAYAの収集癖によって集められたデータと共に、特にシステムセキュリティ関連を詳しく探った。


「現実よりもカタログスペックの方がずいぶんと勇ましいのは良くあることですが、軍用艦艇でそれはいただけませんよね」

 まあそれは一般論だが、サブスクリーンに映る二隻を揶揄したようでもあった。


 ちなみに、アストレイアは拡販を目指すものではないので、公式スペックは現実よりもかなり控えめに記してある。それでも少しずつ運用実績などが情報として出回り、スライヴァーの有効射程距離などは割り出されてしまっているようだ。



 追ってくる二隻の駆逐艦タルスィーとアッセルは、つかず離れず、アストレアとプロミオンを捕捉し続けていた。もう回廊の入り口からはずいぶんと離れていて、やがて自由浮遊惑星カメウラが見えてくるところだ。この二隻はいつでも離脱できるよう、アストレイアとプロミオンからは十分な距離をとって監視役を遂行している。


「あの二隻は目障りですね。かといって今の時点で撃破してしまうのは、その後の対応が面倒になります」

「そうだな。……であれば、どうする」


 デニス船長は、わりと自由にレオンのやり方を認めてくれる。レオンが何をやらかそうというのか、といつも興味を持って聞いてくれるだけでなく、必要なところはしっかりと押さえてくれる。

「アリスからの提案なんですが、ラーグリフとアストレイアが連携して電子戦を仕掛けるのはどうかと」


「駆逐艦のシステムを乗っ取るということか?」

「そんなところです。二隻の駆逐艦に存在するセキュリティの脆弱性をそれぞれ幾つも確認したそうです」


 追跡のために派遣された駆逐艦二隻は、ビョンデム海軍の中にあって新鋭艦というわけでもない。むしろベテランの域に達する艦艇であり、出回る情報が多い分だけシステム上の綻びを見出せる可能性は高い。


「アストレイアも使うのか? いや、断るわけではないがな」

「はい。ラーグリフは少し離れているので、演算能力をある程度お借りしたいです。プロミオンはもちろん全力です」


 プロミオンも損傷した右舷の修理の際にシステムの部分的なアップデートは行われたが、ラーグリフとの連携が前提であって、もともと単艦での電子戦能力は限定的だ。

「勝算はどれほどか?」

「こちらで見出した脆弱性がすべて埋められていることはないと思います。入り込めれば後は演算能力の勝負に持ち込めますので、その際に確実に勝てるように」


 多数の艦艇が連携して戦闘行為を遂行する艦隊戦闘であれば、電子戦に多くの演算能力を割くことはお互いに難しいが、射程距離外の睨み合いでは、飛び交うデータが実弾ほどに効果を発揮する。

「わかった。しっかり使ってくれ」



 アストレイアとプロミオンは、追跡してくる二隻の駆逐艦との距離を測りつつ、幾度かの進路変更を行った。二隻の駆逐艦タルスィーとアッセルがそれにつられて動きを変え、惑星カメウラの陰に入り込んで一時的にせよ敵本隊との通信が途絶する瞬間を待った。


 こちらを追いかけてくることが分かっているから、二隻の駆逐艦の予想進路上には電子戦を助ける通信ポッドもばら撒いた。

「アリス、先に許可を出しておく。チャンスが来たら直ちにアタックしてくれ」

「わかりました。五分ほど頂きます」


 既にどういったパターンでどの脆弱性を攻撃するかのコマンドセットはアストレイアとプロミオンに準備済みで、ラーグリフからは様々なパターンのその後の手数が順次配信されてきている。先方の反応次第で次の一手を変えるそのパターンは数万通りにもなるし、また、二隻の駆逐艦は同型艦ではないので、そのシステムの違いなどに合わせてそれぞれに攻め手は別に用意された。


 §


 レオンは座るキャプテンシートの背もたれを倒して目を閉じる。

「”行方不明”にできれば一番いいな」


 追手の二隻は、これまでのところ、アストレイアの航跡をそのままトレースするように進んでいるようだった。その二隻共にカメウラの陰に入るそのタイミングを、ラーグリフは俯瞰して静かに待つ。まずは膨大な数の雑多なリクエストを送り付けるなどして、標的の演算能力を削ぐところからだ。


「いま攻撃を開始しました」

 アリスと繋がるナノマシンによって、目を閉じたレオンの脳裏には電子的な浸食が模式図化されて映し出される。二隻の駆逐艦のそれぞれの、システムごとに分けられたエリアが次第にそして急速に青く塗りつぶされていく。


 タルスィーのほうは、イレギュラーなアクセスになかなか気づかず、乗員が違和感に気付いたときには、もうソフトウェア的な遮断指示すら受け付けず、わずか二分ほどでフライトレコーダー以外はアリスの支配下となった。


「一丁上がり。いくつかの外部隔壁を開け放しにして、身動き取れなくしてしまいましょう」

 アームローダーや連絡艇などが並ぶ格納庫の外部ハッチと、タラップ、点検ハッチの幾つかが解放され、通路など与圧エリアの空気が散逸すると、外部空間用気密服を着ないことには船内の移動すらままならなくなる。


 戦闘指揮所はシャットダウンされ、火器管制システムは各所で接続が棄損して寸断された。船内各所のドアや隔壁は手動で開けることは不可能ではないが、機敏な連携や対応はできないし、空調は停止したままだ。艦体にダメージは全くないが、もはや戦力としての役には立たない。


 一方で、アッセルはセキュリティシステムがアクセスを検知、侵入を許した八か所のうち六か所までを封止したが、そこまででセキュリティシステムそのものの動きを阻害され、以降は演算力の争いになった。


「こちらは中々やりますね。それでも私の敵ではありませんが」

 とアリスが文字通り口だけを動かしたあと、ゆっくり瞼を閉じた。


 駆逐艦アッセルのセキュリティシステムは現実を精密に模したダミーを用意していたが、アストレアからの攻撃は実機とダミーを同時に浸食してそれでも処理能力で圧倒して、セキュリティシステムを停止に追い込んだ。


 その時点で艦船維持のベースシステムが既に切り離されてプロテクト状態にされていたが、むしろ好都合という事で、それ以外の航法関連データ、火器管制システム、通信ネットワークシステムなど、その殆どを消去または無効化した。二隻の駆逐艦は戦闘態勢を解いて通常航行時用の灯火を点け、そのまま漂流状態に入る。


「やはりアストレイアの協力を頂いて正解でした。逃げ出そうとする前に取り押さえることが出来ました」

「よし、じゃあ適当にここから離れてから、救難要請信号が出せるようにセットして放り出そう」


 ここまで約五分だった。

 アリスの予告通りだし、一応のところ双方ともに人的被害はゼロだ。これがうまく行かなければ、ビョンデムと同じように撃破することを考えなければならなかった。今回は、かなりのところまで駆逐艦のプロファイルデータを得ることが出来たのが幸いだったし、分析をする時間もあった。


 ほっとしてアリスの方を向くと、彼女はじっとレオンの方を見ていて、ばっちり目が合った。何かを言いたそうに見えたのは、レオンに撃破を躊躇う思いがあったからだろう。また甘さが出たんじゃないですか、と言われたような気がした。


「なんていうか、自己満足かもだけど。斃せばいいってものでもないだろう?」

「ま、良いんじゃないですか」


 AIに同意を求めて自分をごまかすなんてどうかと思うが、それでもやっぱりいいんじゃないですかと言われただけで少し気持ちが軽くなる。アリスはそんなレオンに合わせて、わざわざ言ってくれているのかもしれない。


 ラーグリフの存在は隠せているし、駆逐艦二隻の耳目は塞いで手足を縛って、通信を遮断したことで無力化できた。沈めなくてもいいさ。今後の作戦遂行の邪魔にならなければ良いのだ。


「ところで、どうして私からの提案だなんて言ったんですか?」

「勝手に名前を借りて悪かったよ。アリスからって言った方が説得力あるような気がしてさ」


「まあいいですけど」

 そんなことはないだろうにと思うけれど、頼りにされるのも悪くないので、アリスはそれ以上口に出さなかった。


バニシングリアクタによる膨大なエネルギーでベクターコイルを動かしても、

それだけではやはり光速を超えることはできません。

インフレータを封じられては、助けを願うことしか出来なくなってしいます。

宇宙は広いですね。

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