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深淵のアリス4 月は無慈悲に  作者: 沢森 岳
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1.夜空を見上げる

月というものを知れば知るほど、地球は奇跡みたいな星なんだな、って思います。


 人類域における各可住惑星には、ある程度以上の大きさの衛星が必ず存在する。

 星系の主星である恒星が、可住惑星に住んでいる住民からは太陽と呼ばれるように、可住惑星をまわる大型の衛星は、月と呼びならわされた。


 人々が暮らす住環境を安定して維持するためには、月の存在は欠くことのできないものだ。可住惑星の自転軸や自転周期が安定するのも、海洋が適度に撹拌されて住みよい環境であるのも、月があればこそ。さらには、惑星に降る隕石を防ぐ盾としても月は重要な役割を担う、なくてはならない存在だ。


 惑星ノアは地球によく似た環境を持つ可住惑星だが、月の大きさは地球のそれに比してやや小さい。それでも惑星に対する衛星としてはずいぶん大きい方で、おかげで惑星ノアの住環境は安定している。

 ただ、太陽系や地球からすればアルラト星系はまだ随分若く、そのためノアの月はまだ自転周期と公転周期が一致していない。だからノアの月は、見るたびにその表情を少しづつ変えていく。



 レオンはあえて室内の照明を消したまま、窓枠に手をかけて月を眺めていた。

 きっかけは、単に壁際のスイッチに手が触れて室内照明が消えた、些細な出来事でしかなかった。そうして不意にあらわれた暗がりで帷の隙間から零れる月の光がやけに明るく感じて、そのまま窓際まで吸い寄せられて遮光布を捲ってみた。


 曇りなく磨かれた窓越しに見上げた夜空には、少しだけ欠けたノアの月が高くあり、太陽の代わりのように薄雲を白く浮き上がらせていた。

「船から見るのとは、見え方が違うんだよな……」

 どう違うのかを、レオンの文才ではうまく説明できそうにないが。


 屋敷の目の前に広がる庭園にも、その冴え冴えとした薄明かりが降り注いでいる。そういえば、月明かりに照らされる庭園なんぞ、レオンはしみじみと眺めたことなどは無かった。


「おや、どうしました? 月夜を仰ぐだなんて……何か悩み事でも? それとも悪だくみの最中でしょうか? いずれにせよ似合いませんよ?」

 隣室から現れたアリスが、ほんの少しだけ心配そうにレオンの表情をうかがった。


「あー、なんならもう少しで素敵な詩を吟じるところだったが、残念だ。……って、悪かったな、似合わなくて。随分月が明るいなーと思って、な」

「そこはひとつ、”今宵は月が綺麗ですね”とか言って下さい」

「なんだよそれ」


 ジャガード織りの分厚いカーテンを戻して、レオンはアリスに照明を点けるようお願いした。見た目はクラシックな窓も、室内の照明が点くとそれに合わせて遮光率を可変させ、外から室内は見えなくなる。

「で? なんか用か?」

「はい、例の名物料理の件ですが……」



 以前から考えていた、惑星ノアの名物となり得る料理を考案しようとメルファリアに話を持ち掛けたところ、ランツフォート家のルーツを辿ってネタを探してみてはどうか、ということになった。そこで、過去の文献などから候補を幾つかピックアップするように、アリスにお願いをしていたところだ。


 ただ、メインにノア産の食材を使用する必要があるので、最終的には今後の産業振興計画も絡めての検討になる。そして、アリスがその候補となるメニューをまずはひとつピックアップしてみた。

「ノアでの一次産業は漁業の他、牧畜と果樹の栽培を主としています」

「それは承知してるけど……、あ、そういえば珈琲の木も果樹かな?」

「知りません」

 知ってるくせに、突っ込むのが面倒な時、アリスは知りませんと言う。


「それはともかく、水揚げの多いニシン類と、既にそれなりに収量のあるオリーブを使って、大皿でパイを焼きます」

「ほうほう、ノアの食材だねぇ」

 海流の関係だろうか、スチュアート島の近海では特にニシン類の確認生息数が多かったため、この水産資源が有効活用できるのならば、それは良いことだ。


「パーティーの席などでお出しするのに適していると思います」

「そうだね」

「その名も、スターゲイザーパイ」

「おおっ、なんだか随分カッコイイ名前じゃないか!」

 ニシンとオリーブからはちょっと想像できない名前だし、名前だけでは一体どんなパイなのか、レオンにはまるで思いつかない。


「そうなんですよ、良い名前でしょう? 見た目も格好いいですよ。ぜひ食べてみてください!」

「見た目も格好いいんだ。へー、食欲の前に興味がわくね。よし、アリス隊員、早速作ってみたまえ!」

 レオンが片手を腰に当てて、もう片方の手でアリスをビシッと指差すと、アリスは踵を揃えてビシッと敬礼して見せた。

「イエス、サー!」

 二人ともノリノリだった。この時は。


 §


 惑星ノアには黄道面に対して明確な地軸の傾きがあり、そのおかげで季節の移り変わりがはっきりとある。先だっての戦いで右舷を損傷したしたプロミオンの修理が完了するまでには、その遷移が実感できるほどの日々を数えた。その間に試行錯誤を重ねたレシピがついにメルファリアに披露されたのは、ちょうどプロミオンの修理が完了し、出渠したその日だった。


 しばらく空いていたアストレイアの隣に、見慣れたシルエットが収まってレオンは少しほっとした。アリスは、自身のメンテナンスのために、もう軌道ステーションまで行かなくとも良いことにほっとした。


 船から降りてきたレオンとアリスを出迎えて、メルファリアはきれいに洗浄されたばかりのその船体を一瞥していたのだが。

「プロミオンはその……、何も変わらないのですね。いえ、別にそれで構わないのですけれども」


「メルファリア様。どこぞのレオンと同じようなことを言うのはおやめください。プロミオンはこれで良いのです。と言いますか、同じでないとラーグリフにキチンと収まりません。強化パーツやツノが付いたりはしないのですよ」


「どこぞのレオンって誰だよ」

 というつっこみは、アリスにもそしてメルファリアにも無視された。

「いえ、ツノといいますか、カラーリングやグラフィックで模様替えをするのも良いのかな、と思ったものですから」


 おそらくメルファリアお嬢様は、自室の模様替えと同じような感覚で仰ったに違いない。

「ああ、カラーリングですか。そうですね、リペイントは検討の余地がありますね」


 再び専用スペースにアストレイアと共に並ぶこととなったプロミオンは、船体各所の煤をきれいに払われてさっぱりした。アリスがシステムに改修を加えるとしていたが、それは見た目には影響を及ぼさないので、メルファリアから見て代わり映えしないと感じるのは、まあそうなのだろう。



「それはともかく、メルファリア様。試作メニュー第一弾は、こちらになります。題して、ノア風スターゲイザーパイ、です」

「スターゲイザーパイ、ですか。初めて聞く名です」

「原型は古く、地球時代に食されていたものですが、現代では、どうやら廃れてしまったレシピのようです。ですから、見たことも聞いたことも無いのは当たり前といえますし、だからこそこれからの、ノアの名物には良いかと思います」


 リサがカートに乗せて運んできた大きなパイ皿からは、焼きたての香りが漂ってくる。

 恭しく蓋を取るとそこにある、……その見た目に奇異さはない。

「”見上げた星空”をモチーフにしました」

「まあ。それでスターゲイザーパイなのですね」


 こんがりと焼きあげられたパイの表面には、天の川と星や星雲を模してオリーブとセサミ、チーズが散りばめられている。


「ノア産のニシンのオリーブ漬けに下ごしらえをしてから、他の具材と共に包んで焼き上げました」

「ちゃんとこの星の食材をメインに使用しているのですね。喜ばしいことだわ」

「他の具材は卵、ジャガイモ、ベーコン等とホワイトソースです。オリーブ漬けニシンに臭みは殆どありませんので、万人受けする仕上がりかと思います」


 リサが切り分けると、メルファリアは楽しそうに眺めまわしてから微笑んだ。

「食欲をそそる、いい匂いね」

 メルファリアの顔がほころぶ。そうすると、それをみてリサも微笑む。

「温かいうちに味見してください。私はお茶を淹れてきますね」



 一口含み、笑顔のまま、メルファリアはレオンとアリスに視線を向けた。

 一次試験はパスした、と思えてレオンも頬が緩む。

 この時のレオンは、どうやらいつになく神妙な面持ちだったらしい、と後からメルファリアにからかわれたのだ。


 見た目がカッコイイ方の、古来からのスターゲイザーパイも、名物としては良いんじゃないかとレオンは思ったが、より多くの人に喜んでもらう為にという事で、リサの意見を取り入れてノア風にアレンジすることにした。


 そのアレンジの方向性にもいくらかの不安があったが、ノア産の漁獲物が有効利用されることをメルファリアは随分気に入ってくれて、早速にもゲストハウスでの晩餐に供されるメニューへの組み入れを試すことになったのだった。


でも、この銀河系だけで数千億もの恒星つまり星系があるわけで、

地球に似た星もたくさんあるんじゃないかって期待しちゃうんですよね。

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