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深淵のアリス4 月は無慈悲に  作者: 沢森 岳
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18.キリガノ回廊

人、だけでなくて生物が宇宙空間で生存するためには、様々な電磁波などから自身を防護しなければなりません。

気持ちよく日向ぼっこしていると、そんな事は忘れてしまいますね。

 三重連星からの電磁波や重力波にさらされながらも、カメウラの発するビーコンを頼りにキリガノ回廊へと向かうと、重層的に漂う濃密な星間物質が乱反射させて、回廊に近づくほどにより一層、各種センサーの感度は低下した。


「なるほどこれは確かに難所といえますね」

「光学センサーが一番マシか。ジャイロも怪しくなるし、ビーコンがなかったら、自船の位置を特定するのに苦労しそうだ」


 電磁遮蔽性能の低いセンサーユニットなら、ゴーストが見えてしまったり、はたまたブラックアウトなんてこともあり得る。民間の運搬船や客船が遠慮したくなるのもうなずける。そして、そうだからこそ希少な光景に出会えることが、観光資源として見出されることにもなる。……だそうだ。


 まるでオーロラのごとく淡く妖しく揺らめく光が、広く幾層にも重なりながら行く手を遮っている。


「回廊内はかなり精緻に測量されていますし、むしろ突入してしまえばノイズは軽減するようです」

「それじゃあ、さっさと通ってしまいましょう」

 そう言ってレオンがアストレイアのデニス船長との通信をいったん切ろうとした矢先、アストレイアとラーグリフはほぼ同時にアンノウンを感知した。 


「レオン君、通信はそのまま維持だ。警戒態勢に移行する」

「はい。ラーグリフはとりあえず現在の位置に停止します」

 貨物船が帯同するためもともと速度を絞って回廊入口へと向かっていた一行は、さらに減速しつつ船陣を整えた。アストレイアの後方に貨物船が連なり、プロミオンに隠れるようにスピンクスが位置を変えてアンノウンに正対する。


 アンノウンはアストレイアから見て回廊入口方向、ほぼ真正面にある。

「アリス、アンノウンは何者なのか、わかるか?」

「はい。観測結果のプロファイル参照から、アンノウンをティエンリーと判定。ビョンデム宇宙軍外征艦隊の旗艦であり、ティエンリ―級戦艦のネームシップです。クラス40の大出力砲を側方や後方にも備えた、重武装を売りとする戦艦ですね」

 と、アリスが解説を加えてくれた。


 お国柄なのだろうか、同盟に属する国の艦艇は、重武装を売りにすることが多い。当然というべきか、その威容の舷側には鮮やかな紅い帯のペイントに、これまた更に鮮やかな金色の星が描かれている。威圧感を与える為でもあるそのペイントだが、判別しやすいというその一点のみはありがたい。


「いきなり大物だな。まさか単艦か?」

「ま、そんなわけがなかろうな」

 と、同じ情報を聞いたデニス船長がつぶやいた。

 戦艦というものは、その大きなエネルギー投射能力を行使するために運用する。または敵戦力を押しとどめる為の壁として使う。もしくは、その存在感で相手を威圧するために誇示される。より小さな船を追いかけるために使うものではないので、この目立つ見せ札の他にも手札はちゃんとある。はずだ。


 デニス船長からは、全船に停船の指示がなされた。

 まだ戦艦とは距離があるが、こちらには足の遅い貨物船がいるのだ。用心に越したことはない。ビョンデムの戦艦は、いかにも待っていましたと言わんばかりに、キリガノ回廊を背にしてこちらを向いている。


「待ち伏せか。先を越されていましたね」

「こちらにいくらか制約があったとはいえ、ビョンデムはずいぶんと動きが早いな。まるでこちらの動きをあらかじめ予測していたかのようではないか」


 自由浮遊惑星カメウラへと寄り道したのが間違いだったのかもしれない。が、今更しかたない。デニス船長の言葉を聞いて、まさか、とは思ったが、レオンの脳裏には某自称預言者の面影がよぎった。

 ……。

 いやいやまさか。ほんとくだらない。


「待ち伏せるとしたら、まあココですよね」

「恐らく私でも、そうするだろうな。しかし、実際どれほどの戦力なのかは正確に確認したいところだ」

 デニス船長は、通信先のレオンに分かるように大きめに頷いた。



 こちらが停止したことを見て、ビョンデムの戦艦からは通信電文が送られてきた。

 臨検の要求だ。

 誰かは知らないが(すっとぼけ)、人を探しているのだろう。


「先ほどデニス船長も仰いましたが、まずはビョンデムのそろえた戦力を確認しましょうか」

「たのめるか? レオン君」

「やってみます」


 臨検要求への返事の代わりに、プロミオンからレオンの名義で、戦艦ティエンリ―に対して逆に臨検の要求を送り付けた。臨検を受け入れるか、さもなくば早急にこの場から立ち去り、しっぽを巻いてビョンデムに逃げ帰るように、と付け加えた。貴様こそが臨検を受け入れなければならない立場なのだ、という意味合いを強調してみた。


「挑発ですか? 乗ってきますかね?」

 アリスが怪訝な顔をしつつも、レオンの言ったとおりに電文を送り付ける。

「もっと、どぎつい言葉のほうが良かったかな?」

「いえ、そういう意味で言っているのではありませんから」


 念のためにと、レオンがもっとどぎつい言葉を考え始めると、返信の代わりに件の戦艦がじわりと動きだした。自分たちの圧倒的優位を示してやろう、とか思ったんじゃないだろうか。

「挑発に……乗ってきましたね」

「だろ?」


 通信スクリーン上のデニス船長は小さく笑っているが、それでもなおアリスは釈然としないようだ。

「ばかめ、と言ってやりますか?」

「……ん? なんで?」

「いえ、なんでもありません、忘れてください」



 誘いに乗って、かどうかは実のところ分からないが、動き出したのは戦艦ティエンリ―だけではなかった。回廊の入り口を網羅するように散開していたと思われる艦艇らしき移動体が他にも、総勢三十個ほども一斉に動き出してこちらに向かってきた。


 相変わらずのひどいノイズの中ではあるが、一斉に動き出す直線的な軌跡が三十個確認できて、居場所が特定できれば、光学的に捉えることでそれらの詳細を分析できる。ノイズや発振する電磁波はあてにできず、多角的な光学観測が頼りだが、その場合は大きい個体のほうが識別はしやすい。


「ティエンリ―級グウォンリ―、改ティエンリ―級のロワイリーン、同じくコンジャーンを同定しました」

「それって、ビョンデム軍外征艦隊の主力艦たちだな……」

 そう呟いたレオンの顔に余裕はない。

 駆逐艦チョボゴムとの交戦後、レオンはビョンデム軍の陣容についてひと通りの資料に目を通してあった。アリスに促されて。


「以下、いずれもビョンデム軍外征艦隊を構成する艦艇たちです。輸送艦や揚陸艦などを除いた正面戦力の全てです」

「ずいぶんな戦力だ。まずいじゃないか」

「まずいですね。直ちに動いて距離をとるべきです。このままでは囲まれます」


 貨物船ラゴンダとスピンクスも共に後退しつつ反転回頭、全速で現宙域からの離脱に移る。全速、なのだが、貨物船ラゴンダの加速は察しのとおり穏やかで、思うように距離をとれるかはかなり難しいと言わざるを得ない。


 デニス船長が、識別済みの敵戦力一覧を眺めたうえで優先順位を再確認した。

「これほどの戦力をそろえているとはな。できれば駆逐したいところだが、ヤシマへ向かうことが優先されるな」

 ほんの少しだけ残念そうだった。


「あれ? ちょっと待てよ。さっき、正面戦力の全てって言ったか?」

 レオンが質すと、アリスはその意図を理解して説明を追加した。

「すべてと言いました。いま光学センサーに駆逐艦チョボゴムが確認できますが、当該艦は先般撃破しました。それは確実です。つまり今見えているのは、精密なダミーと推定します」


「すると、他にもダミーがいるのかもしれないな。けど、それを確かめる余裕は今はなさそうだ」

「駆逐艦チョボゴムは単艦で別行動をしていましたから、彼らはまだ当該艦が沈んだことを認識していないのでしょう」


 光学映像ばかりに頼ってしまうこの宙域なら、ダミーは有効な欺瞞の手段となる。道を塞ごうとするには使えるアイテムだ。目障りなことに。

「……ということは、エルブリカ近傍にいるはずのビョンデム艦隊のうち、おそらく幾つかはダミーってことだな。にらみ合ってるだけなら、ダミーでも構わないからな」


「そういうことなら、ビョンデム艦隊の早すぎる動きも理解できる。ただ……」

 デニス船長の声は一旦途切れた。

 ただ、こちらの動きが読まれているのではないか、どこかから情報が洩れているのではないか、という疑念はまだ残る。


 それでも、人探しをしているからには、そこまでの情報は得ていないとも思える。ならばこちらは、一度退いて所在を掴ませないようにすべきだろう。相手方に、やらなければならない事を増やして差し上げるべきなのだ。


光学映像も電磁波ではあります。

だからその電磁波を発しなくすることはできるんですけど、ただの黒色になっちゃうんですよね。

背景がオーロラでは、かえって目立っちゃうかもしれません。

ところで、至高の暗黒シートって結構すごいよね。

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