17.宇宙を漂う宝箱
宝箱って、一体中に何が入っているのか想像するところからが価値ですよね。
存在自体が。
そのためには「宝箱ですよ」って自己主張が必要です。
でも主張しすぎるとむしろ嘘っぽい。
カメウラの観測基地の上空で遊弋している間じゅう、MAYAは三重連星も含めた周囲を精密に観測し続けた。濃密な星間物質の分布や安定状態、それからカメウラそのものを観察して、これまでの観測データをそっくり頂いて分析した方がより良い解析が可能との判断に至り、MAYAは特に躊躇もせずに観測基地にアクセスした。
そして、そこには機械的に収集された膨大なデータが眠っていることを見出した。UNが管理していた遠い過去からそうなのか、記憶容量いっぱいの観測データが蓄積されていて、新たな観測データが随時一番古いデータを上書きしているようだ。それから、カメウラ自身の自転や軌道の変遷、希薄な大気の組成や引き連れている衛星の観測データもあった。
「この無人観測所のセキュリティは脆弱ですね。あまり重要視されてはいないのでしょうか?」
「今はもう灯台代わりがメインのようだからな、仕方ないだろ。……って、アクセスしたのか?」
「更新したアンチセキュリティシステムを試してみようと思いましたが、セキュリティが弱すぎて、満足な演習にはなりませんでした」
無表情のまま、アリスは興味を削がれたように、つまらなそうに呟いた。
「そんなつまらなそうに。むしろ強化して差し上げなさい。……って、そうだ、頼みがある」
「なんでしょう」
「アクセスしたのなら、得られた情報も使ってカメウラにどんな価値が見出せるか、分析してくれ」
「それは、ビョンデム民主主義人民共和国にとって、ということですか?」
「それもあるけど、もっと普遍的に。どんな価値なら見出せるのか、知りたいね」
ビョンデムからでは遠すぎて戦略的な要地とはいえない。物流も少ないし、観光資源としてもまだ未知数だ。ヤシマへの嫌がらせ以上の価値があるのかどうか、ほんとに疑わしい。
「いつもながらザックリですね」
「頼むよ」
アリスはこくりと頷くと、その後レオンが珈琲を入れてギャレーから戻ってくるまで微動だにせずその場に立ったままだった。そういうところは、やはり儀体なんだなと改めて認識させられる。
珈琲を入れたマグカップを手にレオンが近づくと、アリスは止まっていた時が再び流れ出すように予備モーションなしで動き始めた。レッドライト・グリーンライトをやらせたら、きっと最強だろう。
「レオン、興味深い事実を見出しましたよ」
「ほお。なんだ?」
「レオンには隠し事を見抜く嗅覚とでもいうのでしょうか、計算しがたいものがありますね」
「うーん、あんまり褒められている気がしないなー」
「その、ヒトの持つ第六感的なところとでも言いましょうか、そういうのは羨ましいです」
アリスには、ヒトに対する憧憬みたいなものがあるみたいだ。
「それはともかく」
「ああ、本題に移ろうか。興味深いってのは、どんなことだ?」
§
MAYAは、近年になり改めてカメウラの調査を行ったというヤシマの資料を掘り起こした。といっても分析結果ではなくて行われた調査の生データだが、それがカメウラの観測施設に残されていて、MAYAはそれを得て、自ら観測したデータと合わせて独自に分析を行った。
なんといってもラーグリフは元々が全銀河探査船であり、その使命は可住惑星の候補探しだったわけだから、そりゃあもうお手のものだ。
「カメウラには、重金属や希土類が豊富に含まれています。それから、貴金属や宝石となる鉱石の類も」
「あー、なるほどね。そういうことか。わかりやすい価値だな」
レオンはアリスを伴ってラウンジへ行き、腰を落としてまずは一口含んだ。我ながら良い香りだ。
「続けて」
「はい。詳細な成分はボーリング結果を踏まえての類推になりますが、ダイヤモンドなども相当量含まれますね」
カメウラは元来どこかの星系に属する岩石惑星だったが、はじき出されて以降は照らす熱源がないため急速に冷えて、今はもうコアに熱量は殆んど残っていないと思われる。いくらでも深くまで掘り進められるというわけだ。
アリスはまじめな顔でレオンを見つめる。
「問題は、その莫大な量です。相当な価値、相当な金額になりますよ、これは。つまり、紛争の種になります」
「MAYAがそう見積もったのなら、ほんとうに相当なものなんだろうな」
ダイヤモンドは知ってのとおり炭素でしかないが、”天然”ダイヤモンドは今でもやはり貴重であって高値で取引されている。それに、比重10を超えるような金属類や、まして希土類はその名の通り全宇宙的に見て希少だ。
「こりゃあ、カメウラが属した元々の恒星系を探すのも面白そうだな」
詳細は伏せて、スピンクスに依頼してみようか、なあんて欲望がちょっぴり膨らんだ。
通常はその恒星系が宇宙誕生以来何世代目かというあたりから惑星の組成を予測し、次に分析しやすい小惑星や衛星の組成を調べて星系の可住適性ひいては埋蔵資源などを推測するものだ。その点、カメウラには周囲を巡る小さな衛星が幾つもあるが、それらは大抵S型小惑星に分類されるもので、岩石質ではあるものの重金属の含有率は低かった。
だからこれまでカメウラの地下にお宝が眠っているなどと推理する者はいなかったろうが、実のところこの小さな衛星たちは、惑星カメウラとは成り立ちが一緒ではないのだと思う。カメウラが本来所属していた母星系から重力干渉などで弾き出されて以降、これまでの放浪の途中のどこかで取り込んだりしたものなのだろう。
だから、衛星を調べてもカメウラの内部を類推することにはならなかったのだ。
「恒星系に含まれる惑星であれば、恒星や他の惑星との相関からその質量や比重も算出できるけど、はぐれ星のカメウラではそうもいかないからなー」
過去にUNから管理を任されたヤシマも、実はぎっしり詰まった宝箱だとは思わなかったのだろう。
「これは、今となってはヤシマも当然知っている情報と見るべきでしょう。そして、一切公表はされていない、おそらく極秘扱いです」
「それを知ってしまったわけだな、俺たちは」
「それから、もうひとつ重要なことが……」
ヤシマは、観光資源化を進めるにあたり改めてカメウラを調べた、という話だったと思うが、MAYAが見つけたカメウラ調査の生データは、観光資源化の話題よりもずっと古かった。
だから、時系列は逆である可能性が高い。
「つまり、ヤシマはカメウラに埋蔵されているお宝の存在を隠したまま、観光資源化するって言い出したわけだな」
「おそらく、そうです」
そうであるのに、知ってか知らずかビョンデムが領有権を主張してきた。
ヤシマとしては驚いたかもしれないが、驚いた様子など見せるわけにはいかないだろう。だから慌てて確保したりといった目立った行動には移さずに、淡々と実効支配を目指して着々と進めているのだ。
「このとんでもないお宝の存在を、誰かがビョンデムにリークしたんじゃないかな?」
「ビョンデム民主主義人民共和国が大きく動いたのも、それなら理解できますね」
レオンは、カメウラに対するこの分析結果をメルファリアに伝えることにした。
リサに伝えるかどうかは、メルファリアにお任せする。
彼女はこれから、ヤシマのお偉いさんとの折衝に向かうわけだから、手持ちの情報は多い方が良いだろうし、使い方によっては、その際の持ち札として効果を発揮できるかもしれない。アリスが試算したお宝の価値は莫大で、ヤシマという中規模国家の財政を、相当年数にわたり大きく潤すことが出来る程のものだ。
メルファリアがそれを欲しがることは無いだろうが、だからこそ情報として使い道があることを理解してくれるだろう。できればビョンデムがどこまで知っているのかを探りたいところではあるけど、それを確かめるのは今の時点では難しい。
ランツフォートが他者同士の争いに積極的に関与することはないし、レオンもランツフォートの一員だが、カメウラがもしもビョンデムに帰属するような事になると、ランツフォートにとっても都合が悪いような気はする。惑星ノアからヤシマへ向かおうとするなら、このキリガノ回廊を通るルートが一番早いというのもそうだし、ヤシマと仲の悪い勢力が我々との間に挟まると、色々とスムーズでなくなる。
ヤシマがカメウラの調査の結果、埋蔵資源のことを一切公表しないのは、無用な争いを避ける為でもあるだろう。正直いって、MAYAの推計が確かならば国家が目の色を変えるほどの金額でもあるから、その動きは正しいと思う。結果的には思わしくない事態が進行しているが、ビョンデムもまたカメウラの埋蔵資源については何も語っていないので、真相はまだ明らかでない。
ビョンデム側も、概略の推計と、今はまだあくまで可能性として認識しているのではないか。こういった情報こそ、データマイナーが宇宙を駆け巡ってまで追い求めるものであり、案外ビョンデム側も、どこぞのデータマイナーからこの情報を購入したのかもしれない。
貴重な情報は独占権と共に売買されることもあり、データマイナーは自らの信用と共に高値を付ける。情報を手に入れた側としては、速やかに真偽を確認したくなることだろう。
この際だから、ビョンデムの動きからカメウラの埋蔵金のことを推察した事にでもして交渉に臨んでみてはどうか、とメルファリアには伝えよう。
オウムアムアって恒星間天体があったじゃないですか。
ただ眺めるだけじゃなく、捕獲して実態調査できるぐらいに科学が発展したら面白いのに。
重金属よりもむしろロマンの塊です。