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深淵のアリス4 月は無慈悲に  作者: 沢森 岳
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16.三重連星

我らが銀河系だけじゃないと思うんですけど、恒星は連星を成すことが多いそうです。

太陽は少数派かも知れませんし、中には三重連星も結構あるそうです。

重力波も発生しそうですし、そういった星系に可住惑星が存在するのは難しいかもしれませんね。



 ようやく合流できたデータマイナー”スピンクス”は、ランツフォート所属の船が狙われている現状を憂慮したメルファリアの意向で、ヤシマまで同行することになった。


 エマリー・グリーンウェルが右腕と頼むマルコ・ガリアッティは、むしろ一緒のほうが危険が増すのではと内心では危惧したが、エマリーを翻意させることはさっさと諦めて従うことにした。

 ちら見して、レオンはそんなマルコの胸の内がなんとなくわかった気がした。


「まあ、スピンクスなら足手まといにはなりませんよ。……そうですよね? エマリーさん」

「もちろんさ。必要なら囮に使ってもらってもいい。……でしょ?」

 デニス船長がうむ、と頷いて船団は四隻となり、揃ってカメウラへと向かうこととなった。


 途上、難所へと向かう間にスピンクスからは現時点で得られた情報の提供がなされたが、エルブリカ近傍でにらみ合う同盟側連合艦隊には、ビョンデム宇宙軍駆逐艦チョボゴムの姿が確認されていた。

「同じ船が、あっちにもこっちにも存在するってことはないよな。駆逐艦チョボゴムは確かに撃沈した。ってことは、同盟軍連合艦隊にいるのはダミーだろうか?」


「アストレイアが撃破した艦はダミーではありませんから、連合艦隊の編成に在る方がダミーでしょうね」

「ってことは同じように、他にもダミーを繰り出しているのかも知れないな」

「人を、……メルファリア様を探しているのであればやはり、他にも何隻も動員しているでしょうね」


 こちらを探しているのであれば、今後もそれらの船に遭遇する可能性は大いにあるが、できることなら会いたくはない。警戒を怠らないようにしながらもなるべく速度は落とさずに、レオンたちは自由浮遊惑星カメウラへと向かった。そして、カメウラよりも先に、まずは三重連星のひとつである赤色巨星の姿をとらえた。


 その複雑な動きから重力波や電磁波バーストが断続的に発生するために近傍宙域ではノイズが多く、そんな中でカメウラの観測施設から一定時間毎に発信される位置情報信号は、近隣を航行する船からは重宝されている。とはいえ、今どきはこの信号を受け取る船もまばらで、もっぱらヤシマ所属の巡視船などが時おり通る程度のようだ。


 その、無人灯台レベルの扱いである孤独な星カメウラに大気はほとんどなく、直径約六千キロメートルほどの岩石惑星の周囲には、いびつな形の衛星が大小多数回っている。カメウラが可住惑星であったなら、これらも惑星の住民からは月と呼ばれたかもしれないが、ここに観測基地が置かれてからこれまでの間には、地表への落下によって観測基地が被害を被ったことが何度かある。遮るほどの大気がないので、今後も落ちて何かを壊すことがあるかもしれない。


「ビョンデムの船は見当たりませんね」

 ラーグリフによって特定範囲走査を行った結果をアリスが伝えると、アストレイアでもその内容を確認した。続けてラーグリフからは、カメウラの裏側にあたる部分までを観測した結果が示されてきた。


「カメウラとその観測基地に対して、他者からのアプローチは特にないようです。杞憂でしたか?」

 これまでのところ、ビョンデムからのアクセスや接近記録等の痕跡は見当たらない。油断はできないまでも、ここでひとまず休憩をはさんで状況を整理することになった。


 §


 カメウラから進行方向、ヤシマの在る方向を見るなら、そこにはさながら巨大な壁のように星間ガス雲が立ちはだかる。そしてこれを三重連星の赤色巨星が淡く照らすことでその存在を誇示している。


 ここからでは、その巨大な壁を通り抜けようとする回廊はまだ小さな点でしかなくて、その向こうにあるはずの星々は全く見えない。遠い昔、このノイズのあふれる宙域でよくぞ安全な抜け道を見つけたものだが、見つけられなければ迂回せざるを得ない星間物質の淀みの濃さと大きさを考えるなら、なんとかしたいと思ったのには大いに共感できる。


 以来、長年の観測によって三重連星のリスクが予測できるようになり、以降カメウラには無人観測設備だけが残されるようになって久しいが、近年この眺望を観光資源化しようとする計画が浮上したのだとか。


 その為の寄港地なり拠点化することを考えて、ヤシマが改めて自由浮遊惑星であるカメウラの調査を行ったところ、その動きに触発されてか、ビョンデム民主主義人民共和国から、カメウラの領有権を主張する声が上がった。その内容はビョンデムが先にカメウラを発見したのだと言うもので、回廊の向こう側に見出されたヤシマよりも先に存在は知れていたのだから、それはそうなのだろうが。


「ははあ、そういうパターンか」

 レオンは顔をしかめながら、うんうんと頷いた。

 他人のものとなる、若しくはなりそうになる、すると俄然ほしくなる、というのはまあ有り得る。ゲスな話だ。


 しかしそれでも、ヤシマは表立った抗議などはせず、自国の公式見解を淡々と述べるにとどまっている。波風を立てず穏やかに済ますのがヤシマの美徳なのだそうだが、レオンにはその美徳はいまいち理解が出来なかった。


 その穏便に済ますための方策のひとつが、自由浮遊惑星カメウラの観光寄港地としての国際共同開発ということらしい。


 たしかに、ランツフォートからの技術供与と共に観光資源開発が進むことになれば、他者がカメウラへ手を出しにくくなるのは間違いない。ある意味ランツフォートはここでも他国に利用されているわけであるが、お互いにメリットがあるならば利用されるのもアリということ。


 国際社会なんて、えてしてそんなもんだ。


 カメウラを手に入れたいビョンデムとしては、ヤシマからの調停によりエルブリカにおける紛争が早期に解決する事以上に、ヤシマとランツフォートがより一層近づくのを嫌うということか。

 ヤレヤレだぜ、と内心思ってレオンは肩をすくめてみた。


「けど、そこまでして手に入れたいものなのか? カメウラは」

 視界の端にいたアリスは小さく肩をすくめるばかりだが。

「領有権問題というのは、いちど声に出してしまうと収まりがつかなくなります。損得だけじゃなくなってしまうんです」

 ヤシマの出身だからだろう、内情を知っていそうなリサが深いことを言った。


 そうは言ってもヤシマからすれば、キリガノ回廊という難所と三重連星というリスク物件を管理監視するのに適したこの星を、ただ欲しがるだけの輩に与えてやっても良いと思わないのは当然だろう。


 他の国家間に横たわる領有権問題に、ランツフォートは基本的に関与しないが、しかし、例えばビョンデムの戦闘艦艇がまた近づいてきたらどうするか。退去を求められるだけなら従うのもアリだが、メルファリアの身柄を求められたりヤシマへの航路を妨げられたりしたら。


 また、駆逐艦チョボゴムが行方不明となった真相をビョンデムが知ったら?


 メルファリアが難しそうな顔をしている間に、機先を制してレオンが口を開いた。

「メルファリア様を俺たちがヤシマにお連れする。それが最優先です。最低限、それだけは明確にしておきます」


 その際、なんにせよ理不尽な取引には断じて応じないという意思表示だ。例えばみんなの助命のためにとメルファリアが自分の身柄を明け渡そうなどとしないよう、あらかじめ釘を刺したつもりだ。以前にも同じようなことを言ったなあ、と思い出しながら。


「まあそんな事にはならないでしょうけど、念のためにです」

「うむ」

 異論は出ない。


 デニス船長とミッカ、レオンは三人で幾つか細々とした事を決めて、その後でレオンとアリスはプロミオンへと移った。難所と呼ばれる回廊のノイズの渦の中にあって、プロミオンのコントロールを確実にするために。


え? そんなに争うほどの物? って思うようなものを争っている例もありますよね、実際。

でも当人たちからすれば、重要なのです。

重要だから争うというより、争っているからこそ重要だったりして、困ったもんです。


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