15.自由浮遊惑星
ぼっち惑星って、結構たくさんあるらしいです。
たとえば、恒星間宇宙船にそれらを利用する、ってアリじゃないですかね。
まあ、それを動かす推力を用意できれば、ですけどね。
スピンクスとの合流を果たして戦闘態勢は解除され、メルファリアに対しては撃破後の報告だけが行われた。そこで戦闘結果の報告とともに、メルファリアの身柄が狙われていることも伝えられた。
同盟側がランツフォートからヤシマへの特使を狙っているとするなら、それがメルファリアでなくとも狙われるだろうが、特使が彼女であればこそ、その身柄の確保はより重要度を増す、と同盟側が考えた可能性はある。
「船長、敵の正体は明らかですか?」
「共和国同盟のひとつ、ビョンデム宇宙軍の駆逐艦チョボゴムです。スピンクスが得たデータ、それからラーグリフの観測結果でもそれが裏付けられています」
レオンとアリスが揃って頷くと、隣に控えるリサがメルファリアに話しかけた。
「ビョンデムが……、ならば、カメウラを狙っている、という話と関連するのかもしれません」
考え込むメルファリアの代わりに、アリスが確認を望んだ。
「カメウラ? 自由浮遊惑星のカメウラですね?」
「そうです。ヤシマの運用する無人観測基地があるだけの、主星を持たない惑星です」
「はぐれ星、ってやつか」
銀河内には、というよりこの宇宙には、主星つまり太陽に従わずぽつんと単独で存在する惑星がある。これらは大抵、どこかの星系から惑星同士の重力の干渉などによりはじき出されてしまった星で、レオンがつぶやいたように、世間ではよくはぐれ星と言われる。
そういった星の一つが今回のフライトで通過する難所の手前に位置していて、ヤシマではカメウラと呼ばれていた。その自由浮遊惑星カメウラに、同盟に属する一つである、ビョンデム民主主義人民共和国が食指を伸ばしているというのだ。
今回のフライトに先立ち、メルファリアはヤシマとそれを取り巻く情勢についてはひと通りの復習をしてきていた。
「ヤシマは、同盟につかず離れず、よく距離感を保ってきていると思います」
同盟は、同じG7のひとつであるヤシマと表面上は友好的な関係をこれまでずっと維持してきた。その一方で、同盟に属するビョンデムとヤシマとの間には、自由浮遊惑星カメウラの領有権争いが存在している。
「今回の衝突は同盟が、というよりもビョンデムが画策しているものなのでしょうか……?」
誰に言うともなく、リサがつぶやいた。
見当はずれ、と決めつける事はできないし、まだわからないことばかりだが、それでもメルファリアから言えることはある。それが解決につながるかは別にして。
「同盟の盟主ズーユウも、そしてその同盟に属するビョンデムも、どちらもランツフォートの勢力が伸張することを、快く思っていないのは確かでしょうね。そして、ヤシマとランツフォートが関係をより強化することも、同様に快くは思わないでしょう」
海賊対策を持て余したエルブリカが、交易関係のあるランツフォートに助けを求めたのは不思議な事でも何でもない。ただ、同盟としては自分たちを頼ってほしかった、という事なのだろうが。
ただしそもそも、エルブリカを困らせたのも実は裏で同盟が画策したことではないか、と言われている。そんなことを考えて、メルファリアはレオンたちに思いを伝えた。
「……であれば、ランツフォートも側杖ですが、わたくしに頼られたヤシマは更に迷惑かもしれませんね」
それでもなんとか、戦争は回避するよう努めなくては。
「いいえ。ヤシマとしても、近隣で大きな戦があることを決して望まないと思います」
リサが勝手にヤシマを代弁して、メルファリアの手を取った。ヤシマが戦争を望まない、というのはレオンもそうだろうと思う。だから、こういった状況となったからには、仲裁の依頼はヤシマが動くための丁度良いキッカケでもあるはずだ。
「そうね。騒乱を望まないのはヤシマもランツフォートも同じ。そう信じます。そうだからこそ、こうしてお願いに行くのです。もしもそれでも足りなければ、次はステイツやユニオンにも、わたくしがお願いに参りましょう」
§
この度のフライトでは、どこへも立ち寄らず速やかにヤシマへと向かう手筈だったが、ビョンデムの動向を踏まえて、自由浮遊惑星カメウラへと立ち寄ることとなった。
惑星とはいっても星系の一員ではなく、おそらく遠い過去にいずれかの星系内からはじき出されたものであって、少なくとも今現在は可住惑星ではない。従うべき太陽が存在しない以上、今後も可住環境が整えられることは、きっと無いだろう。
そしてそのカメウラにある無人の観測基地は、およそ3光年ほど離れた宙域にある三重連星を観測監視する目的で設置されていた。
難所が存在する要因ともいうべき三重連星は、強烈な電磁波を発する中性子星と褐色矮星が七日ほどの周期でお互いを周り、更にその外側を赤色超巨星が百日ほどで巡る。
だから視覚的には、三重連星には見えない。
中性子星は超高速で自転しながら電磁波をまき散らすが、その自転軸はお互いを回る褐色矮星との公転軸とはずれていて、なおかつ外側の赤色超巨星の楕円軌道と相互に影響してぶれながら強烈なノイズを周囲に放射する。星間物質を引き付けて漂わせている大きな重力もまた、船舶のセンサーを狂わす厄介者だ。
そんな難儀な宙域に、自由浮遊惑星カメウラは今現在たまたま浮いている。
主星を持たないからこそ観測作業には適しているとも言えるが、もともとUNによって建設された観測基地は、時を経て今はヤシマが維持と管理を行っている。なぜヤシマが維持管理しているかといえば、それはヤシマへと続く航路にある難所に近く、灯台としての役目も担うから。
今回の航程ではレオンたちも通過しようとしているその難所とは、濃密な星間物質の中に見出された細長い安全地帯で、発見者の名にちなんでキリガノ回廊と呼ばれていた。
三重連星に照らされた星間物質が重層的に漂う宙域において、奇跡的に存在する歪なトンネル状の空虚な空間。この回廊を抜けた先で見出されたのが惑星ヤシマを含むアシハラ恒星系であり、発見後しばらくは、既存の人類域からヤシマへ到達するにはこの回廊を通過するしかなかった。
だから、航路の安全性向上を目論んでカメウラに観測基地が置かれたのは、ヤシマに人が定住するより古い。以来ずっと三重連星の監視と、回廊の状況を観測し続けたが、やがて人類域の更なる拡張と共にヤシマへと延びる航路が他にも開削されると、回廊の重要度は大きく低下した。
それでもヤシマにとって三重連星は比較的近い宙域に存在するリスク物件であり、回廊の出入りに資することもあり、UNから引き継いで以降もずっとカメウラに観測基地が置かれている。
「俺、キリガノ回廊は通ったことないんだよな。レオンは?」
「俺もないな」
ミッカ・サロネンはランツフォート宇宙軍属だが、ヤシマへ赴いたことは無いのだそうだ。まあ今どきは、赴くことがあってもキリガノ回廊は通らないのかもしれないが。
レオンも、あまり長くない国際郵便船乗組員時代も含めて当該回廊を通過したことはない。三重連星からの複雑で強力なノイズは、回廊の周囲に広がる星間物質によってその殆どが遮られるため、向こう側に位置するヤシマの星空に輝くことはない。だからこそヤシマには可住環境が保たれているともいえるわけで、単なる邪魔者ではない重要な存在だ。
「回廊を通過中はずっと警戒態勢になるからな、パーティーも開けない」
「そうか、そりゃ通りたくないな」
「だからレオン、なんか面白いことをやってくれよ。内容は任せる」
「なんで俺が」
とはいえ、アストレイアの警戒態勢中に、いちばん手が空くのはきっとレオンだろう。特段のトラブルなどがなければやることがないのは、レオン自身もわかってはいる。
……。
「よし、わかった。じゃあ俺が、食事の用意をしてやろう。絶対に完食しろよ?」
「うへえ、アリスさんじゃなくてレオンが作るのか? それは却下だ。おまえは珈琲だけにしておけ」
地球の衛星である月は、地球へ移民してきた恒星間宇宙船だ、って説がいつかどこかにありました。
そうだったらどんなにワクワクすることか。
……ワクワクするの、私だけじゃないですよね?