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深淵のアリス4 月は無慈悲に  作者: 沢森 岳
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14.赤帯に金星

金星といってもVenusではないです。

ゴールドスターですかね。

赤地に金字って配色が好きな人は一定数いますよね。私も嫌いじゃないです。配色は。

 ビョンデム宇宙軍に属する駆逐艦には、深紅の帯状のラインが前後に引かれ、一部重なるように金色の星形が描かれている。ビョンデムに限らず、同盟に属する国の軍用艦艇には必ずどこかに赤いラインと金の星形がペイントされていた。


 所属の明確な駆逐艦はやはりスピンクスを攻撃しようとはせずに、ただ一方的に停船を命令して近づいた。ちなみに、赤帯に金星を誇示する艦艇は、海賊船や領域侵犯船などに対して容赦をしないことでも知られている。


 人を探しているからにはいきなり攻撃したりはないだろうが、それでも不安は拭いきれないので、エマリーはレオンに対して危険手当を請求しようかと考え始めた。

「ここは公宙域だけどさ、ランツフォートの船と認識したうえで停船を要求するだなんて、キナ臭いよね」

 隣りに控える頼れる相棒に目線を送る。

「ああ。ランツフォートの船と見なされた方が安全だと思っていたんだがなぁ……」

「あたしにも、そう思ってた時がありました!」

「そうかよ」


 あっけらかんとしたエマリーの隣で、マルコ・ガリアッティが難しそうな顔をして腕を組む。スピンクスもそうだが、データマイナーは時として、紛争の行方を左右するほどの情報をも扱う。が、紛争そのものからは最大限遠ざかりたいものだ。


 メルファリア・ランツフォートという、およそ望みうる限りの上客をつかまえてみたものの、な~んとなく、面倒ごとに関わることが多くなっている気がしないでもない。

 正直そう思うが、我らがリーダーはむしろ状況を楽しんでいるとしか思えない。キャプテンシートに掛け直したエマリーを横目に、マルコ・ガリアッティは小さくため息をついた。

「仕方ない。せめて俺が、ひと通り心配しておこうか」



 ビョンデム軍の駆逐艦はスピンクスを脅威とはみなしておらず、居丈高な要求を突きつけながらゆっくりと減速し、およそ三十キロメートルほどの距離でほぼ停止した。ロケットモーターで飛翔する対艦対物ミサイルならば十分に迎撃できるが、ビーム砲ならば的を外しようがない距離だ。ただし、砲口はスピンクスに向いているようだが、今のところはノイズの増大も温度上昇もない。


 慌てた様子を見せてアームローダーを回収するスピンクスに対し、駆逐艦からは乗員名簿と積荷の申告が再び求められた。

「それから、素直に指示に従わない場合には、臨検を行うってさ。強制的に、って事だろうね」

 エマリーは肩をすくめて、そっくりそのままレオンに伝えた。


 先方からの尊大な要求に対して、スピンクスからは幾つかに小分けした名簿が提供された。大急ぎで用意します、用意しました、てな感じで。

 その、提出された乗員名簿の二つ目には、幾つもの人名の中に、なにげにメルファリア・ルイーズ・ランツフォートとリサ・フジタニの名が載っている。


 一つ目の名簿に何ら反応を示さなかった駆逐艦は、少しだけ時間をおいて送られた二つ目の名簿のその内容を確認するや、スピンクスに対して乗員全員を拘束する旨の通達を送りつけてきた。

 抵抗するならばうんたらかんたらと、お決まりの文句が続けて並んでいたが、そこらへんはもうどうでも良かった。スピンクスは続けて三つ目を送ろうとするが、それを待たずに駆逐艦はゆっくりと動き出していた。


「あー、やっぱり、姫さんを探していたんだろうねー」

「ははあ。そうするとやはり、お嬢様の身柄を確保したいか、もしくは、ヤシマに向かわれるのは都合が悪いって事か」


 マルコ・ガリアッティは駆逐艦の動きを気にかけながら、息を潜めるアストレイアへの連絡を、エマリーに促した。提出した乗員名簿はと言うと、メルファリアとリサの名前以外は全部、適当にでっち上げた偽名である。

 そして、そんなやりとりは全てアストレイアと合意の上だ。


「船ごと接収するって言ってるけどー、どうする?」

 エマリーはまるで他人事のように(他人事だが)レオンに投げた。

「目的の人名がなければないで、どうせ臨検するって言いそうなものだよな」


 通信そのものは既にアストレイアのブリッジには伝わっていて、レオンはただキャプテンシートに座るデニス船長に視線を送る。

「やはり。とはいえ、メルファリア様を捕らえようなどとはな。……許さぬぞ」

 ゆっくり近づく駆逐艦をメインスクリーン越しに睨め付けて、デニスは腹の底から声を絞り出した。

「同意です」


 そういう可能性があるとは思っていたが、メルファリアを捕らえようなどとは、どうやら同盟側はずいぶんヤル気のようだ。もちろん、それを座して眺めているわけにはいかない。同盟側は彼女の身柄に交渉材料としても大きな価値を認めているのだろうが、それはランツフォートをわかっていない。


 そう。まったくもって、ランツフォート家というものを、わかっていないのだ。


 もしもメルファリアが捕らえられた、などということになったら、戦争を避けようという機運はたちまち消失し、ランツフォートは、同盟を決して許さないだろう。少なくともローレンスは、最大限好意的に見積もったとしても、ビョンデム民主主義人民共和国の存在を絶対に許さないだろう。


 そうすると、それはやがてランツフォートと同盟の全面戦争にまで発展する可能性がある。よりによってメルファリア・ルイーズ・ランツフォートの身柄を拘束しようとする、その事の重大さ。そこらへんを、同盟側はちゃんと理解できていない。


「従わなければ実力を行使する、と言ってましたね。従えませんから、実力を行使されてしまいますね」

「そうだな。一方的に実力を行使されるわけにはいかんな。ならば、こちらとしても対応せざるをえまい」

 始末する理由ができた。そして、始末するしかなくなった。


 レオンがアリスに目配せすると、程なくラーグリフによって周辺宙域には部分的な通信障害が発生した。ベクターコイルを全停止しているプロミオンはほとんど漂流状態で、今はもうずいぶんとアストレイアから離れたが、その適度な距離は着弾観測をするにはもってこいだ。


「ビョンデム艦艇からの発信は、ほぼ相殺できています」

 アリスがそう告げると、ミッカ・サロネンからはアストレイアとの位置関係が報告された。

「スライヴァーの有効射程に到達するまで、現状のままならおよそ五分です」

 アストレイアのブリッジは静まり返り、ロナルド・デニス船長の号令を待っている。


 レオンもアリスもおとなしくあてがわれたシートに座りなおし、光学センサーからの映像をじっと見つめた。そうしてアストレイアのブリッジクルー全ての視線を集めながら、ビョンデム宇宙軍の駆逐艦はゆっくりとスピンクスに近づいてきている。


 抵抗はないが反応もしない貨客船に対しては、少しだけ警戒しているようだが、その耳目たる各種のセンサーには、残念ながらアストレイアもプロミオンも、ましてやラーグリフなど微塵も見えてはいない。


 アストレイアの長射程砲はそのエネルギーをキャパシタに溜め込むとともに、ジェネレータはいつでも出力を最大化できるよう整えて待機している。レオンが目を閉じると、ブリッジの足元から伝わるわずかな低周波は微妙な変化を伝えてきていた。


 アストレイアのブリッジが静まり返っておよそ五分後。

 無音のまま、メインスクリーンでは彼我の距離が有効射程内であることを示す表示に切り替わった。


「撃て。バッファが空になるまで撃ち続けろ」

 デニス船長が静かに告げ、応答の代わりに裂光が虚を斬る。

 敢えて射線をずらした初弾は、確りと駆逐艦の上下を掠めてその姿かたちを浮き上がらせた。それを確認した後のビームは、全てが駆逐艦のシルエットを捉え、そしてその形質を溶かしていった。


 アストレイアに二門備わる長射程砲は、文字通り射程は長く戦艦クラスの主砲にも匹敵するが、さすがにその威力までは及ばない。それでも十二連射計二十四発のエネルギー弾は殆どが有効打として叩き込まれ、駆逐艦は火を噴き煙を巻いてもがくことになった。


 目の前に佇む貨客船は静かなままで、こちらの要求に従おうとしている様であり、駆逐艦内では臨検の為の人員編成に取り掛かったところだった。何もないと思っていた宙域から忽然と発した閃光に照らされ、駆逐艦はシールドを展開するより早く幾つもの外装を捥がれてのたうつばかり。


 複数の爆発光が見られた後、回避機動すら行われずに船舷を晒したままになった駆逐艦からは、通信波も途切れた。

「敵艦は沈黙。反撃ありません。ダメージ判定中ですがスライヴァーはリチャージします」

 戦闘に勝利するだけならそれで事足りるところだが、デニス船長は次の指示を出す。

「対艦ミサイル発射」


 標的の迎撃能力を削いだうえで、ロナルド・デニスは確実に葬るために核融合弾頭を指定して号令した。もはや敵艦に継戦応力のないことは明白だったが、そのまま放置するという判断はない。八基のミサイルが尾を引いて標的に吸い込まれ、その全てが違わず着弾すると、小さな太陽に炙られて駆逐艦は最早なすすべなく、赤帯に金の星形をペイントした艦体は、幾つかの火球となって散華した。


 その様が映るブリッジは静かなままで、歓声は上がらない。

 皆じっと見つめて口の中でだけ小さく「安らかに」と呟いたのみだ。

 ただ、レオンも頭の中で理解はしている。メルファリアの所在も含め、敵方に情報を与えるわけにはいかないし、かといってここで捕虜など確保しても、自分たちの今後の活動に支障をきたすことは明らかだ。


 遭遇戦の結果、敵艦は爆散轟沈して生存者は望めない。そういうことだ。異論をはさむ必要はない。ビョンデムが軍艦を動かしてまでランツフォートの動きを妨げようとするのは何故なのか? その理由は確かめる必要がある。しかしそれでも今は、こちらの動向を掴ませない事こそがまずは優先される。



 スピンクスはその様を至近から観察しながらも速やかに回避に移り、漂流状態だったプロミオンが合流する頃にちょうどランデブーを果たした。

 開口一番、

「危ないじゃないかも―、危険手当を請求するよ?」


 エマリーからはやんわりと抗議を受けたが、対処せざるを得なくなった要因はスピンクスにもあるわけで。アストレイアとしては、遭遇しないままヤシマへと辿り着けたならば、それでも良かったのだから。むしろエマリーは、自分達を追いかけてくる鬼の退治をこちらにやらせようとしたのではないか、とまでレオンは考えた。


「じゃあ、こちらからは救援手数料を請求しますよ?」

「むむむ、うーん。……相殺しよっか」

「そうしましょう」


少し長くなってしまいました。

二分割したほうがいいんでしょうか。

金星がわるいんです。


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