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深淵のアリス4 月は無慈悲に  作者: 沢森 岳
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10.ヤシマヘ

日本という国は、いつまで存続しているだろう。

国家という体裁が必要なくなるまで存続しているかな。

してるといいな。


『ヤシマ』はG7のひとつであり、政治体制はともかくとして、価値観の近いランツフォート家とは昔から良好な関係を保っている。G7と見做されるようになったのは惑星ヤシマへの移民と星系運営が軌道に乗ってからだが、国自体は地球時代から存続しており、一説によると世界で一番長い歴史を持つ国家なのだとか。


 古くから文化立国を標榜しており、独特の衣・食・住や伝統、おもてなし文化の発信などを重視している。また、ナノマシンや義体、再生医療などの分野では常に最先端にいる技術先進国でもある。

 そんなヤシマは、『同盟』を構成する各国とも、少なくとも表面上は友好的な関係を維持している。同盟とランツフォートとの間を取り持つ仲裁役には、確かにうってつけだ。


 そして、それをランツフォートの側からお願いする、依頼に伺う特使として、メルファリアが訪問する。ということになった。


 惑星ヤシマの属するアシハラ星系へと赴くには、あたりまえだが幾つかのルートがある。速やかに案件を片付けようと思えば最も近いルートを選ぶべきだが、最も近いルートは最も古い航路で、いわゆる難所と呼ばれるポイントが途中に存在していた。


「メルファさん、どこを通ってヤシマへ向かうか、のルートなんですけどね……」

「最短でお願いするわ」

「……ですよね」

 隣ではリサが無言のままに深く頷いた。


「一触即発のような状態を長く続けるわけにはいかないの。リミットが決まっている訳ではないけれど、可及的速やかに進めたいわ」

「わかりました。そのように進めます」

 難所といっても、そこで船舶がトラブルに見舞われたのは航路開拓後すぐの時期が殆どだ。少なくともここ数百年レベルで大きな事案は発生していない。問題なかろう。


 訪問するにあたっての表向きの体裁として、ちょうどランツフォートからヤシマへ、要請を受けて提供するものがあるので、それらを運ぶ船団という形式をとる。無人の貨物船ラゴンダ087が貨物トレーラー、そしてアストレイアがそれを牽引するトレーラーヘッドとなる。


 牽引とはいってもそれはフライトプランを含めてのコントロールのことで、物理的に引きずるわけではない。貨物船をコントロールしているのは船舶管理用AIであり、アストレイアがマスター側としてスレーブ側の貨物船にすべてを指示する形になる。例えば、ひとつのマスターに対して複数のスレーブを従える船団というのも存在していて、一般的には広く運用されていた。


 今回、貨物船ラゴンダ087に積まれるのは、客船グロリアステラが搭載しているガンシップシステムの改良型となるもので、ヤシマが計画している観光旅客船に搭載することを予定している。グロリアステラが搭載しているものと比して、同等性能のまま小型化とコストダウンを実現しているが、全体を統括するコントロールシステムは最新のものになっている。


 今後さらに必要があればライセンスの供与という形になるのだろうが、ヤシマの当該観光旅客船計画はまだ2番船以降が確定していないので、一つめは現物を供与することになった。最新システムを快く供与するのは、ヤシマとの好誼を深めたいからだし、お願いごとをするのには丁度よかった。


「ヤシマのフジタニ外務大臣には、グラハム兄様から既にわたくしの訪問を伝えてあります」

 メルファリアが言うには公式に、ではあるが公に、ではないという。同盟側は早期決着を望んでいないとの観測から、何らかの妨害が行われる可能性を考慮してのことだ。


「フジタニ?」と言ってレオンはメルファリアとリサの顔を順に見た。

 たしかあの国は、ファミリーネームが数えきれないほどたくさんあると聞いたことがある。それでも同じという事は、リサは親族か何かだろうか。……とレオンの顔には書いてあった。


「ええ。ヤシマのフジタニ外務大臣は、私の祖父にあたります」

 リサがてらいもなく告げて、メルファリアがにこやかに頷く。父親の実家です、とのことだが、ずいぶん近しい間柄じゃないか。


「フジタニ家とは、以前から親交があるのよ」

 ねー、とメルファリアがほほ笑むと、ねー、とリサが満面の笑顔を返した。メルファリアの言う以前から、とは、十世代以上も前からということらしい。リサがメルファリアの幼いころからの友達だというのも、むべなるかな。


 なるほど、ヤシマへの全権特使として、メルファさんが遣わされるわけだ。


 §


 ランツフォート三兄妹の会合は終了し、グラハムとローレンスはそれぞれの自分の持ち場へと帰っていった。グラハムはトーラスへ戻り、ローレンスは睨み合いの場となっているエルブリカ近傍宙域へと赴くのだろう。


 ローレンスからは去り際に、

「くれぐれもメルファリアをよろしく頼む」

 と言われて握手させられたが、はっきり言って掌がつぶれるかと思った。額に脂汗が滲んだものだ。


 それにまた、騎士クーゲル・バレット先輩からは、

「事態を悪化させぬよう、デリケートな判断は慎重にな」

 などと釘を刺された。


 まあ、クーゲル先輩はローレンス様にも同じようなことを言い含めていたから、人生の先輩として後輩を教え諭すつもりで言ってくれたのだろう。


 アストレイアはメルファリアを乗せて、ガンシップシステムを格納した貨物船を受け取るために、綺麗に晴れ上がった空の更に向こうへと上がる。レオンは当然、整備されてピカピカになったプロミオンに乗り込んで護衛のために後を追う。


 ここのところ地上にいる日が長くなっていたが、これからしばらくはまた船上の人となり、惑星ノアから離れることになる。プロミオンのブリッジから離れ行く地表を眺めて、レオンは行き先のことを想った。


「ヤシマかあ。地上に降りたことは無いなあ」

「私もありません」

 でしょうね。

「……ですから、とても楽しみです。」


 アリスは人類域内のあらゆる情報を漁っているが、生データをこそ欲するので、様々な星へ足を延ばすのを喜ぶ。レオンとしては生データではなくて食事とか体験とかを欲するが、そういったチャンスはあるだろうか。


 ふと、些細なことが心の端に引っ掛かった。

「あれ? 俺は果たしてヤシマで歓迎されるだろうか? ……いやまさか大丈夫だろうとは思うが」

 リサを通してある程度の事柄が先方に伝わっているんじゃないかと思うんだが、レオンのことはどのように表現されているだろうか……?


「リサさんも、そこは弁えていると思いますよ。たぶん。おそらく。きっと……弁えて頂けていると良いですね」

 アリスがにっこり笑みを浮かべた。いろんな意味で作り笑いだ。

「ずいぶん頼りない言い方だな。笑顔で言われても、むしろ不安になる」


「……レオンだけ、入国審査に二週間ぐらい掛かったりして」

「お、俺だけ?」

「私は問題ないと思いますよ」

 まるで他人事のようだ。


「メルファさんに直談判しよう、その時は」

「直談判、できると良いですね」

 アリスがもう一度にっこりと笑みを浮かべた。

 まるきり他人事のようだった。

日本という国家が存続している間は、日本人気質的なものも残っているでしょうね。

残っているといいな。

人類みんなが均質化するのでは面白くないし、いろんな国のいろんな特徴が残っていった方がいい。

いいよね?


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