9.最近どう?
外宇宙航行船というのは、燃料補給の不要な対消滅反応炉による潤沢なエネルギーを用いてベクターコイルを回し、インフレート・インヴァイターで星から星へと跳びます。
星系内航行船ではベクターコイルで航行するけど、インフレータは装備しません。
しかるべき第三者に仲裁をお願いする、というのは、最も平和的な選択肢の一つだ。グラハムが平和的な解決法を模索し、メルファリアもその為の助力を希求するだろうことはローレンスも承知している。
他方で、平和的とは言い難い選択肢もまた、対応できるようにだけはしておかねばならない。同盟側の真意を推し量りつつも、ローレンスは戦闘時あるいは継戦のための準備も並行して進めるつもりだ。
珈琲の残りを口に入れるとローレンスはお替りを望み、レオンにも同様に次の一杯をすすめた。
「まずは全体的なパトロールの規模を徐々に縮小するとともに、編成とローテーションも変えていかねばならぬ。戦力を整えておきたいが、海賊対策をおろそかにするような印象は、なるべく与えたくないからなぁ」
相手は外宇宙を航行する艦隊戦力だ。対峙するには一定水準以上の艦艇などである必要があるが、いま即応できる数はやはり限られてくる。
海賊対策のパトロールといえばレオンも一時的に関与したことがあり、その時は海賊船にまんまと逃げられていた。海賊どもを逃がさぬようにとの追加の指示は、あるいはレオンがきっかけだったのかもしれない。
「編成と管理が大変そうじゃないですか。どうせ落ち着いてきているんですから、いっそのことパトロールを全撤廃しては?」
「なんだと?」
「治安状況に合わせて徐々にパトロールを再編する、とかなんとか口では言っておいて、全部引き上げるんです。どうせ周りは気づきません。あらゆる宙域の動向を統計処理などしても、気付くのはずっと後になるでしょう」
ランツフォート宇宙軍のパトロールしている宙域はずいぶん広い。どこから眺めても、一度に全部を見渡せる筈もないのだから、全部引き上げたことなど誰にもわかりようがない。ローレンスや幕僚など一部の者たちが口を閉じていればいいだけのことだ。
「貴様、ずるいな」
「いえ、それほどでも」
「褒めておらん。が、検討しよう」
ま、嘘は言っていないし。宇宙軍の将兵たちの編成に余裕が生じて、ちゃんと休暇を取れるならば幸いなことだ。こんな提案は、下から挙がってくることはないだろうなーとは思う。
「ところで、話は変わるが」
「はい」
わざとらしく、ローレンスがひとつ息を吐いた。
「レオン、最近メルファリアとはどうだ?」
「ぶっ、げほっ、……ど、どうだとは一体?」
珈琲をこぼしそうになって、ひとまずソーサーにゆっくりと置いた。
「貴様、動揺しているのか? 何か隠している事でもあるのか? どうなんだ?」
ローレンスは落ち着く間を与えずに畳みかけてきた。
「い、いえ。隠している事なんてありませんよ。と言いますか、隠しおおせるとも思えません」
「そうか……………………」
「……」
ローレンスは、じーっとレオンを見つめた。
鬼の形相ではなかったが、レオンは見えない大きな手に今にも握りつぶされそうな、そんな気持ちになった。後ろめたいことなどないが、それでも嫌な汗がにじんでくる。
「ひ、一つだけ、ローレンス様が気にかけている事と関連するかは分かりませんが……」
「何だ?」
「マイケル・リーです。マイケルが死亡したということを、俺は疑っています。疑っていますが、メルファリア様には疑っていることを伝えていません」
ローレンスはあからさまに、なーんだそんなことか、という顔をした。
「あー、それな。こちらで調べた限りでは、死亡しているな。……なにか気になるところがあるのか?」
「いえ、単に信じられないだけ、といいますか……」
あんな、自分以外の全員を犠牲にしてでも一人だけ生き延びそうな奴が、と思うが、人にその思いを伝えるのは難しい。
「ふむ。俺の得ている情報ではな、マイケルは乗り込んだ船のシステムトラブルで死亡している。船内で乗員全員が一酸化炭素中毒により死亡し、そのまま長期間経過したことで遺体は原形を留めぬ程だったと聞いている」
「うわ」
それについては、想像しないように気を付けよう。
「他の乗組員の遺体も含めて、最終的には皆DNAで個人判別を行ったそうだ。それから、それ以降マイケルの活動記録はどこにも現れてこない」
「それ以降の、と言いますと、死亡したとされた後も動向を探っているという事ですね?」
「そういうことだ。で、俺ももう(死亡したと認めても)いいかなと思っている」
自分に言い聞かせでもするように、ローレンスは両腕を組んで背もたれに寄り掛かった。
「なるほど。ローレンス様も気にはなっていたんですね」
「ああ。この手でぶん殴る機会を切望していたのだがな」
現代医学においては、直せない部位などないほどに再生医療は進歩発展している。だがそれでも再生医療はあくまで再生だ。死亡して長期間を経たなら、もはや適用できるはずもない。ゾンビやフランケンも無理だ。
どうやら、マイケル・リーに関してはこれ以上心配する必要はなさそうだ。
「そうですか。私も、やっと安心しました」
「では安心したところで、話を戻すが」
「も、戻すんですか?」
「不満か? であれば尚更に、戻さねばなるまいなぁ」
うわ。まだ解放してくれそうになかった。
「貴様はあれか? 美少年が良いのか?」
「え? ……い、いえ、そういう訳ではないです」
そうか、とどちらともつかない反応でローレンスはいったん目を閉じた。
「で?」
再び開いた両の眼がレオンを見た。眼光の鋭さに、それこそ見えない槍で貫かれるかと思った。
息が詰まる。
「……」
立場の強い者がよく使う、意地悪な質問の仕方だ。
沈黙がなぜか耳に痛い。レオンだけが呼ばれた理由が分かったような気がした。
ほんの数刻、レオンなりに必死に考えたが、どんな受け答えが正解かはわからなかった。
だからもう、いろいろ考えることはやめて、心の中をそのまんま声に出してみた。
「私は……いや、俺は。メルファリアさんのことが、大好きです!」
「ほう、それで?」
「できれば、ずっと一緒にいられたらいいなと思っています! 強く!」
「ほほう。それが許されることだと思っているか?」
「まったくわかりません!」
レオンはもう、目をつぶっていた。目をつぶって、やっと言い切った。
言ってしまってから、頭の中で急速に不安が膨らんだ。
俺はこのまま、メルファさんの騎士でいられるのだろうか、いさせて貰えるのだろうか、と。
「……ですが、俺の全てを賭して、必ずお守りします! ほかの誰でもない、俺に! 警護役をお任せください!」
「おー、よく言った。かっこいいぞ」
ぱちぱちぱち、と力を抜いた拍手があって、レオンが慄きながら目を開けてみると、ローレンスのにやけた顔がそこにはあった。
「貴様の本心にできるだけ近いところを聞きたかったんだが、少し意地が悪かったかもしれんな」
「は、……はあ」
とにかく、ローレンスは何かレオンを咎めよう、責めようとしているわけではないようだった。レオンの立場に、とりあえず変化はない、のだと思う。
どこかでピッ、と小さく電子音が鳴った。
そして、ローレンスがにやにや、というより、笑いをこらえながらスレート端末を手に取った。
「折角だから、貴様のさっきの宣誓は六方向からの映像をすべて保存しておく。三百六十度どこからでも再生できるが、どうだ、見直してみるか?」
映像……。
「……え?」
俺の人権はちゃんと尊重されるんですよね……?
レオンは美少年が良い、というわけではないようです。
ではローレンスは?
どうなんでしょうね。ランツフォート家はお堅くないようですよ。