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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第三章

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第七十三話 母と領主様(2)

「領主様の稀能(キノウ)は何なんですか?」


 ヴァルナルの心配も知らず、好奇心旺盛なオヅマは尋ねてくる。


「私か……」 


 ヴァルナルは一瞬迷った。言えば、きっとオヅマは教えてくれと言ってくるに違いない。しばしの躊躇の後に、ヴァルナルは結局話した。


「わたしの稀能は『澄眼(ちょうがん)』と呼ばれる」

「『澄眼』? どんなものですか?」

「うーん…有り体に言えば、相手の動きを読むんだな」

「………どう動くかを予測するってこと?」


「そうとも言える。周りから見ると、そうなのかもしれない。だが、私からはただ相手が()()()()に見えるというだけだ」


()()()()見える?」

「カールの千本突きを見たことがあるか?」


 オヅマに剣を教えてくれているカールは、稀能とまではいかないが、凄まじく早い突き技を連続して行う千本突きの名手でもある。

 オヅマ自身が相手をしたことは勿論ないが、何度かその技を他の騎士相手に繰り出しているのを見たことがあった。

 目にも留まらぬとはあのことで、隣で暇な騎士達が何度突いているかを競って数えていたが、あまりの速さに誰もが途中で数えるのをあきらめた。


「あのカールさんの攻撃も、『澄眼』を使えば、()()()()見える…ってことですか?」

「あぁ。まるで蝶が舞ってるみたいにな」

「じゃあ、あの高速の攻撃をすべて凌げるってことですか?」

「そうだな。何度か立ち合ったが、今のところ突かれたことはないな」


 オヅマは今更ながらヴァルナルの凄さに感嘆した後、やはり予想通りの行動をとった。


「教えて下さい!」


 ヴァルナルはかすかなため息をついた。


「とりあえずは、体力だ。お前はまだまだ基礎体力が足りない。しっかりとした土台がないと、どんな技能も身につかないからな」 


「もっと走れってことですか? もっと速く走れるようになって、剣の素振りを毎日二百回、いや三百回したら…」


 焦ったように言うオヅマに、ヴァルナルは頭を振りながら笑って、ポン、と肩を叩く。


「今のお前に必要なのは、身体の成長だ。つまり、よく食べて、よく動き、よく眠る。そうすれば勝手に大きくなって、充実していく。ただし、一朝一夕には出来ない」


「………」


 ヴァルナルの前でなければ、オヅマは舌打ちしたい気分だった。

 結局、子供だから駄目なのだ。いつだってそうだ。子供であるから許され、子供であるから禁じられる。

 自分はもっと早く、強く、大きくなりたいのに…!


 オヅマは急に黙り込むと、一歩後ろに下がった。

 今更になって、ベージュのショールが目に入ってくる。プイと、そっぽを向いて、冷たく尋ねた。


「どうしてこっちに来たんですか?」

「……来てはいけなかったか?」 


「領主様に駄目なことなんてありません。でも、早く帰った方がいいんじゃないですか? せっかく風邪をひかないようにって……そのショール…」


 ヴァルナルは苦笑した。

 やはり見られていたか、と。なんとなくミーナとの会話の途中で視線を感じて、彼女が去った後に人の気配を辿って来たら、オヅマがいたのだ。


 正直、多感な時期の少年には見たくないものだったかもしれない。

 オヅマが母と妹のことを誰より、何より大切に思っていることは、ヴァルナルも承知している。家族思いの少年には、男女のことはあまりに異質だろう。ましてそれが自分の母であれば、尚の事、拒否反応が出ても不思議はない。


「オヅマ…誤解しないでくれ。ミーナには時々、話し相手になってほしいと頼んでいただけだ」


「嫌いだったら、そんなこと頼まないでしょう?」

「ま…それはそうだな」


 オヅマのすげない態度にヴァルナルは少し戸惑った。

 いつもは騎士見習いとして、可愛がっていた存在が、急にとてつもない壁になった気がする。


 オヅマは真っ直ぐにヴァルナルを見つめて尋ねた。


「好きなんですか、母さんのこと」

「………ああ」


 ヴァルナルは緊張しながらも目を逸らさなかった。

 ミーナと同じ薄紫色の瞳は静かで、なんの感情も見えない。

 しばし互いに見合ってから、ふっと、目線を下に向けたのはオヅマの方だった。


「……マリーとオリヴェルは……きょうだいになれるって喜んでました」

「きょうだい??」


 ヴァルナルはいきなり話が飛躍して、思わず聞き返した。

 オヅマは怪訝にヴァルナルを見る。


「だって、俺の母さんと結婚するなら、きょうだいになるんでしょう? 俺とマリーと、オリヴェルは」

「いや! 待て! まだ、その…結婚だとかは考えてない…というか…」


 ヴァルナルは慌てて否定したが、それは余計な誤解を招いたようだ。


 オヅマはギュッと眉間に皺を寄せてから、また視線を逸らせてどこか軽蔑を含んだため息をつく。


「あぁ、そうですね。領主様ぐらいのご身分の人が、母さんを()()()()()()()()()になんかしないですよね。なんて言うんだっけあれ…二番目の…妾っていうの?」


「馬鹿を言え! そんなつもりは毛頭ない!」


 ヴァルナルはさすがに強硬に否定した。

 しかしオヅマの顔は暗く翳ったままだ。


「俺は子供だから…大人のすることに口出しはできないけど……」


 オヅマは少しかすれた声で低く言ってから、ギロリとヴァルナルを睨みつけた。


「マリーと、母さんを不幸にするなら、領主様であっても許しませんから」


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