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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第三章

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第六十三話 オリヴェルの羨望

 一方、この二人の訓練風景を見ながら、悶々とした気分になっていたのは、修練場で見学していたオリヴェルだった。


 木剣が飛んでこないように、建物の陰になったところから見ていたのだが、正直、他の騎士達の訓練など一切、目に入ってこない。ただただオヅマとアドリアンの立合う様子を睨むように凝視している。


「わぁ、あの子も強いのね」


 隣でマリーが無邪気に新参の見習い少年を褒めるのも気に入らない。


「オヅマの方が強いよ、全然」

「でも、お兄ちゃん……ホラ! また空振りした」

「オヅマはちゃんと攻撃してるけど、あの子は逃げてばっかりだ」


 オリヴェルはアドリアンが小公爵だとは知らなかった。

 ただいきなり父が連れてきた、騎士見習いの少年であるとしか聞いてなかった。

 オヅマと対番(ついばん)になったと父が話していて、その時点からあまり彼に対していい印象を持てなかったが、こうして目の前でオヅマとまともにやりあっているのを見ると、否が応にも自分の脆弱な身体と比べてしまって、苛立たしい。


「あっ!」


 マリーが声を上げる。


 オヅマに蹴られて、アドリアンが吹っ飛ばされていた。


「ひどい、お兄ちゃんってば。あんな不意打ちして」


 マリーが同情して言うのも、オリヴェルには面白くなかった。


「仕方ないよ。戦うって、そういうことなんだから」


 マリーはチラとオリヴェルを振り返って、じっと見てからプンと膨れ面になって横を向く。


「なんだか、オリー…怖い」

「怖い? なにが?」


 オリヴェルが戸惑って尋ね返すと、マリーが反対に尋ねてくる。


「あの子のこと知ってるの?」

「うぅん、知らない」

「じゃあ、どうして嫌うの? 何も知らないのに」

「嫌ってなんか……」

「嘘。嫌いって顔して見てるもの。駄目よ、オリー。あの子だって、ここに初めて来たばっかりで、きっと困ってたりするのに、そんなに冷たくしちゃあ。私と初めて会った時みたいに、ちゃんと優しくしてあげて」


 年下の子に諭されて、オリヴェルは恥ずかしくなって俯いた。

 マリーの言うことはもっともだ。ミーナがここにいても、同じことを言われるだろう。そのミーナはオリヴェルを修練場まで連れてきた後に、少し用があるからと戻っていってしまった。


 オヅマとアドリアンの間に立って、父が何か言っているようだ。

 アドリアンは立ち上がった。オヅマと父が話している。

 父が二人に背を向けて歩きだすと、止まっていた騎士達が動き出した。

 オヅマとアドリアンも稽古を再開する。


「………いいな」


 オリヴェルはつぶやいた。

 自分にはあんなふうに体を動かすことはできないだろう。

 きっと、この先もずっと。

 新しくオリヴェルを診てくれているビョルネ医師に言われた。


「君は、おそらく完治する…ということはできません。本来、体を守るべき働きが非常に弱い。他の人であればかなり無理しないと症状として表れないことでも、君の場合は少しばかりの無理で、症状が出ます。それが熱であったり、眩暈であったり、失神であったりするわけです。これらのことは、それ以上君が無理をしないための体の防衛本能ですから、無視してはいけません。この状態の場合はおとなしく今まで通りに体を休めて下さい。元気になれば、散歩などして徐々に体力をつけていく…繰り返すうちに、多少は改善されていくはずです。ただ、まったく普通の人と同じようになるのか、と聞かれればそれは難しいでしょう…」


 寂しそうに二人を見つめるオリヴェルを見て、マリーは少しだけ申し訳なくなった。

 自由の利かない体をかかえて、一番もどかしい思いをしているのはオリヴェルだ。きっと、オリヴェルはあの黒髪の少年が羨ましいのだ。本当はあそこで兄とやりあっているのが自分だったら良かったのに…と思っているに違いない。


「オリー」


 マリーが呼びかけると、オリヴェルが振り向く。


「そろそろ戻ろっか。私、ちょっと寒くなってきちゃった」


 オリヴェルは冬が近いのに、相変わらず軽装のマリーを見て笑った。


「そうだね。戻ろう」

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― 新着の感想 ―
虐待されてもこんな良い子に育ったのになんで自分は平気で兄を殴る設定追加したんだもったいない
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