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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第三章

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第六十話 オヅマとアドル(1)

 初めてレーゲンブルト騎士団の朝駆けに参加したアドリアンは、なだらかに続く丘陵の中途でいきなり止まった一団の中で、首を傾げた。


 ここで終わり? 随分と中途半端な気がする。

 まだ、ようやく馬の足がのびのびと動くようになってきた…ぐらいなのに。


 隣でオヅマも当たり前のように馬首を東に向けるので、同じようにしてアドリアンは並んだ。

 それから一列に並んだ騎士団は静まり返って東の空を見つめていた。


 まだ太陽が昇る前の朝焼けの空は、澄んだ空気の中で朱色や紫の雲が空に滲んでいた。頭の上ではまだ星が光っている。朝と夜が交代しようとしている隙間の、静かで、美しい変貌の時間。

 やがて山と地平の間から、眩い光がカッと閃いたかと思うと、真っ赤な塊が現れる。


 ふと、隣からの視線を感じて向くと、オヅマが見ていた。

 目が合ってニヤと笑ってから、真面目な顔になって太陽の方へと向き直り、頭を下げる。

 見れば、オヅマの向こうに連なる騎士達も太陽に向かって頭を下げていた。まるで礼拝するように。


 アドリアンは不思議な光景を見ているように思った。

 馬の嘶き、小鳥の囀りですらも、この儀式の一部であるかのようだ。

 自然と自分も太陽に向かって頭を垂れる。

 誰の命令でもない。自由意志とも違う、何らかの、ただただ感謝を捧げたくなる静謐で豊饒なる時間。


 幼いアドリアンはそこまで難しく考えられなかったが、後になってこの時のことを思い出すと、そんなふうに評した。


 終わりも特に誰が号令をかけることもなく、騎士達は再び馬首を目的地へと向けて走り出す。


 オヅマは隣で走っているアドリアンを何度か窺った。

 なるほど、確かにヴァルナルの言った通り、馬の騎乗には慣れているらしい。


 領主館を出て、町を静かに走る時もまったく上体がブレることなく、初めて乗る馬をうまく操縦していた。城門を出て麦畑の間の道を早駆けしていく時も、全く遅滞なく()いてくるし、長く走っているのに姿勢が崩れない。


 馬の方も慣れている人間だとやはり疲れない。体重移動が上手なので、走る馬に負担がかからないからだ。アドリアンの乗る馬は人によく馴れた馬ではあったが、それでも最初にオヅマが乗ったときよりも楽そうに見えた。嘶きも少ない。


 今日はサジューの森に入って、アラヤ湖で軽く休憩した後に戻るコースらしい。

 オヅマのかつて住んでいたラディケ村に行くためには、この辺りの小さい山々の峠道を三つほど越えていかねばならない。ヴェッデンボリの山々の手前にあるので、小ヴェッデンボリとも呼ばれるが、高さも含めた峻険さにおいては、国境を隔てる本家の山々とは比較にもならない。


 サジューの森はそうした小ヴェッデンボリの一つ、ゴゴル山の山裾に広がる森だ。騎士団の演習用にある程度の整備がされているので、馬を思い切り走らせることが出来る。


「なかなかやるじゃねぇか」


 アラヤ湖で()()()()()休憩に入ると、オヅマは水の入った革袋をアドリアンに投げつけた。


「ちゃんとついてきたな」

「当然だろう」


 アドリアンは澄まして答えてから、袋の結びを解く。

 しかし、実のところはあまり余裕はなかった。


 さすが神速をもって鳴るレーゲンブルト騎士団だけあって、町中はともかく、丘陵に入ってからの速さと言ったら……。

 普段、公爵家の直属騎士団と一緒に朝駆けを経験していても、どうにかついていけた程度だ。


 しかもあの速さでありながら、ヴァルナルの指揮で途中、編成まで変えていた。

 例の黒角馬などは、森の中に入って勾配の厳しい坂をあっという間に駆け上がっていった。

 普通の馬でついていくのすら必死であったのに、これで黒角馬を操ってあの速さを制することなどできるのだろうか。


 手が震えていたせいか、うまく革袋を持てずに、飲もうとした水がバシャリと顔にかかった。


「あーっ!」


 オヅマが声を上げる。


「なにやってんだよ、お前! ヘッタクソ!!」


 アドリアンはカチンときた。

 いつもならそれでも表情を変えないのだが、やはり昨日レーゲンブルトに来てから、どうにも感情の制御がうまくできない。


「いつもはちゃんと出来るんだ!」

「どうでもいい! 服、濡れちまったろうが。とっとと脱げよ」

「これくらいどうってことない!」

「その狸の毛皮は俺んだろうが!」

「あ……」


 アドリアンは気付くと、静かに謝った。「すまない」

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