表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昏の皇子  作者: 水奈川葵
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/500

第五十二話 白蛇と大公

「……グレヴィリウス公はなんと?」


 ヴィンツェンツェ老人は、大公の身体に刺した鍼を一本一本、丁寧に抜きながら尋ねる。


 寝台にうつ伏せになりながら、ランヴァルト大公はグレヴィリウス公爵からの書翰(しょかん)―――こうした形式的なものであれば、それを起草したのも書き綴ったのも、おそらく補佐官あたりであろう―――を投げ捨てた。


「他愛も無い。此度の詫びと、息子を公爵邸からしばらく追い出すそうだ」

「………ほぉ?」


「北部の辺境の地で、しばらく騎士としての修行をさせるらしい。念のいったことだが…これは罰なのかな? ピクニックに行くのと変わらぬ気もするが…」


いささかおかしな罰ではありますが、ひとまずこちらの顔は立てた…と、いうところでありましょう」


 ヴィンツェンツェ老は喉奥で笑みながら、慎重に鍼を抜いていく。


「それで、こちらの()鹿()はどうしている?」


 大公は枕の上でとぐろを巻いて眠る白蛇をゆっくりと撫でながら、煙管をふかせた。

 大公の言う()鹿()というのは、息子であるシモン公子のことだった。


「北の塔に閉じこめましたが、すぐに御方様(おんかたさま)の手の者によって()けられた由。今、あそこにいるのは替え玉として連れてこられた乞食にございます」


 大公は長く煙を吐いた。

 口元にはあきれた笑みが浮かんでいたが、紫紺の瞳は脳裏に浮かぶ息子と妻の姿を冷たく見ている。


「まったく母子(おやこ)揃って……ヴィンツェ」

「は?」

其方 (そなた)、あの阿呆共を多少なりと、まともにできる薬でも作れぬか?」

「ホッホホ!」


 ヴィンツェンツェ老は声を上げて笑った。ゆっくりと最後の鍼を抜いて、「終了致しましてござります」と静かに告げる。


 大公が起き上がり衣服を整えていると、寝ていた白蛇がゆっくりと動いてその背を這っていく。


「シモン公子もあれで、目端のきくところもございます。『割れた皿も使いよう』と、申すではありませぬか」


「フン…いつまでも母離れできぬ幼子のごとき男に、何の使い勝手があるのやら…。本当に我が息子かと疑いたくなる」


「残念ながら、公子様のご容貌は瞳の色を除けば、若き日の殿下によく似ておられます。御方(ビルギット)様の不貞は認められませぬな。……現在(いま)はともかく。先だっても、寝室にてホガニ子爵の令息とマルッケンダント伯爵が鉢合わせして、色々と騒がしかったようでございます」


「……男狂いが」


 大公は吐き捨てると、ヴィンツェンツェ老に命じる。


「その替え玉の乞食とやら、殺さずにおけ」

「おや? よろしいので?」

「割れた皿より使い道があるやもしれぬ」

「………かしこまりました」


 ヴィンツェンツェ老は深く辞儀をして、その場を去った。


 大公は煙を吐ききると、窓を開けてバルコニーに出た。

 既に夜は深く、ザザザと葉を渡る風の音と共に梟の啼声が聞こえてくる。


「つまらぬな……レーナ」


 大公はバルコニーの柵に手をついて、首元に絡まる白蛇に話しかけた。


「最近になって、やたらとお前の()のことを思い出す。お前が夢でも見せているのか?」


 チロチロと白蛇は赤い割れた舌を動かした。

 首から腕を伝って下りていくと、バルコニーの柵を這っていく。

 音もなくスルリスルリと端まで行き、そのまま闇に消えたかと思うと、キキキッと小さな鳴き声が聞こえてきた。

 しばらくすると、喉を太らせて戻ってくる。


 大公は満足気に微笑んだ。


美味(うま)いか? 皇居の鼠は」


 ビクビクと蛇の喉の中で、鼠が動いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ミーナと響き似てるなぁ……大公の妻の妹かぁ……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ