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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第三部 第一章

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第四百五十四話 アドリアンの心配事(4)

「え? どうして?」


 妙に深刻そうな様子に、アドリアンはキョトンとしてしまった。

 オヅマの眉間に神経質な皺が寄る。


「……お前の立場上、ある程度、仲良くしなきゃいけないのはわかってるけど、皇太子とはなるべく距離をとったほうがいい。たぶん」

「オヅマ。君、皇太子殿下と会ったこと……ないよね?」

「ないけど、なんか……嫌な感じがするんだよ」


 かすかな嫌悪を滲ませるオヅマに、アドリアンはふと忘れていた疑問を思い出した。


「そういえば君、以前に皇宮(こうぐう)のことについて話していたけど、どうして知ってるんだ?」

「は……? なにが?」

「前に……君がズァーデンへ修行に行く前だよ。帝都の話になったときに、北宸宮(ほくしんきゅう)の話をしていたじゃないか。どうして君、知っていたんだ?」


 皇宮の中でも、最もプライベートな空間である北宸宮に、足を踏み入れられる人間はごくごく一部。ほとんどの人間は、その宮の名前すら知らない。

 その時にはまだ帝都に行ったこともないはずのオヅマが、やたらと帝都や皇宮について詳しく語ることに、アドリアンはひどく違和感を覚えたものだった。今、思い出して、また疑問が再燃する。


 だがオヅマの反応は鈍かった。


「そんなこと話したっけな? 覚えてない」

魔除けの花(シファルデリ)のことだって、言ってたろう?」

「知らん」


 あまりにもずっぱりと言い切るオヅマに、アドリアンは唖然となった。あそこまで言及しておいて、知らないわけがないだろう、と言いたかったが、オヅマは鬱陶しげにその話については打ち切った。


「ともかく俺としちゃ、あんまり皇太子殿下には近付かないほうがいいと思う、ってだけだ。その宮殿とかにも、一人で行かないほうがいい」

「それは……わかってるよ」


 アレクサンテリについて『嫌な感じがする』のは、アドリアンも同様だった。

 感情の読めない紺青(こんじょう)の瞳同様に、何を考えているのかわからない。そのくせこちらについてはすべてご存知といわんばかりの態度で、アドリアンをおちょくってくる。警戒しないはずがない。


「相手はいっても皇太子殿下なんだから、そうそう気安くなんかできないよ。一人で会うといっても、向こうには常時お付きの人が控えてるんだ。見える場所にも、見えない場所にもね」


 安心させるために、いつもアレクサンテリと会うときの状況を説明したが、オヅマの顔は晴れなかった。

 ボソリと、陰気につぶやく。


「…………そんなのは意味ない」

「え?」

「いや。まぁ、エーリクさんも一緒なら、あの人がお前を一人になんかさせないだろうし、心配してないけど。あ、それよりヨナーシェクさんのことだ。俺、これからあの人と月に一回、飲みに行くから」

「はあぁ??」


 いきなり話が変わって、アドリアンは目を剥いた。思わず大声で聞き返す。


「ヨナーシェクと飲みに行く? ……どういうことだ!?」

「休校日があるだろ。その前日の夜にダモスダ(*帝都で有名な盛り場)で酒を奢ることになってさ。ま、ハヴェルの話とか色々聞きたいこともあるし、ヘルのオッサンも出掛けるらしいから、あの人とも話そうと思って。酒が入ると、たいていの人間はよく口が滑るからな」

「……情報収集ってこと?」

「そんなもんだ。そうじゃなくても、普通に親交を深めるのは悪いことじゃないだろ」

「普通に親交を深めるなら、寮でだってできるだろう」

「ハッハー! ま、そこはそれ。下々の者たちなりの、仲良くなる方法ってのがあるんだよ」

「ヘルフリッド公子は貴族だろ」

「あのオッサンは例外。お前だってよくわかってんだろ」

「それは……そうだけど」


 否定できなかった。

 ヘルフリッドが少々、貴族の枠組みから外れた人間であるのは、話すたびに感じることだ。オヅマも警戒しつつ、なんだかんだとヘルフリッドと話すのは楽しいのだろう。

 だが……


「……君、酒を飲む気か?」


 アドリアンが心配するのはそこだった。

 レーゲンブルトでの騎士見習い時代、多くの二日酔いの騎士たちを見てきた。飲酒に対しては、あまりいい印象を持てない。

(ちなみに帝国において未成年の飲酒禁止は明文化されておらず、同席・提供する大人の良心に任されている)


「ヨナーシェクさんがどれくらい飲むのか知らないけど、君がつき合って具合を悪くしたらどうするんだ」

「俺は飲まねぇよ。心配しなくっても、俺だって騎士連中の酒飲みにつき合ってきたんだ。酔っ払いのあしらい方は心得てるさ」


 オヅマの言葉に、アドリアンは不承不承ながら頷いた。

 実際、オヅマと一緒に騎士らに誘われて酒場に行ったこともあるが、酔っ払いに絡まれても、オヅマは上手くかわしていた。二日酔いの騎士には、薬草を煎じて飲ませたりして、介抱したりもしていた。


「月に一度……か」


 アドリアンはそれでも慎重だったが、自身の状況を思い返してハタと気付く。

 そもそも休校日には、自分もまたランヴァルトに会おうと考えていたのだ。オヅマの申し出は、むしろ奇貨とすべきなのかもしれない。


「わかった。まぁ、君もずっと寮にいるのも気詰まりだろうしね」


 アドリアンは了承した。

 オヅマの為ではなく、自分の為に。

 今はアドリアンが会いに行く『友人』が皇太子であると勘違いしているようだが、時々鋭いオヅマのことだ。少しの違和感を嗅ぎ取って、自分も行くと言い出すかもしれない。そうならない為には、オヅマの不在時に行くというのが一番良い。


 一方、オヅマもまた、別の理由でホッとしていた。


「おぅ。勉強ばっかしてたら、体がムズ痒くなってきて、大声上げそうになるからな。息抜き、息抜き」


 軽口を叩きながら、素早く算段を組む。

 ヨナーシェクの飲みにつき合って、いい頃合いで別れ、適当な安宿を見つけて毒を()んで一泊、できれば二泊。月に一度だから、体がなれるまでには時間がかかるだろうが、これでひどい禁断症状が出ることはないだろう。


  ―――― 毒がなれるまでの間は、最低でも月に一度は毒を取り入れること。


 ()で、化け物道化(ヴィンツェンツェ)が言っていた。

 脳裏に浮かび上がる忌々しい老人の姿は、エラルドジェイに結びつく。


 あの()を見たあと、エラルドジェイに事情を聞きたかったが、生憎と仕事で不在だった。ラオも詳しくは知らないようだったが「帝都に向かったから、向こうで会えるんじゃないか?」と言っていたので、帝都方面ではあるのだろう。ヨナーシェクにつき合って夜街をうろついていたら、どこぞの娼館の前ででも、バッタリ出くわすかもしれない。……


 オヅマの思惑など知らず、アドリアンは釘を刺す。


「うん。でも、入学してからだ。一般の試験が終わってから。どうせ今月は休校日はないはずだろう?」

「あぁ。俺らは一般の入学試験だし、ヨナーシェクさんたちは年末考査だろ。っとに、どいつもこいつも血走った目しちゃってさ。俺、アカデミーって、もっとのほほーんとしてると思ってたのに、なんか殺伐としてるよな。あの出歯鼠公子(=オットー)も、最近じゃ嫌味言う気力もないみたいだしさ」


 寮に来たときから、何かしらアドリアンらに突っかかってくるニーバリ伯爵家のオットーも、差し迫ってきた大考査(ダスタルガス)と課題提出で忙しいらしい。馬鹿にしていた小公爵が、貴族試験で文句なしの一位という結果を出し、かなり驚いたようだ。

 そんな大層頭のよろしい小公爵様は、クスリと微笑んで、少しだけ気の毒そうに肩をすくめてみせた。


浄闇(じょうあん)の月は試験ばかりだからな。それでもまだマシさ。夜会に出ることに比べたら」

「夜会?」

「そろそろグレヴィリウスの夜会が開かれる頃だ。ティアからも手紙が来てた。公女としてお披露目があるみたいだ……」

「そういやそうだったな……お前、やきもきしてんじゃねぇの? ティアが鬱陶しい奴らにいじめられるんじゃないか、って」


 オヅマは少し茶化して言ったが、アドリアンはふっと柔らかな微笑を浮かべた。


「……いや。あの子は僕より数倍、賢い子だ。きっと上手くやるさ」


 アドリアンはティアの姿を思い浮かべながら、窓の外に青く広がる空を眺めた。

 数ヶ月前は、初めて会う異母妹に戸惑うばかりであったのに、既にアドリアンの中で、ティアはたった一人の大事な妹となっている。


「ティアは優しくて、(つよ)い子だ」


 その声には(ティア)への確かな信頼があった。

 オヅマは思わず目を細めた。

 どうやら不器用な兄と妹は、本当の()()になれたようだ……不器用な父を除いて。


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……ふとおもったんだけど酒は毒判定ならないのかな??
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