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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第三部 第一章

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第四百五十三話 アドリアンの心配事(3)

 翌日、オヅマはヨナーシェクが置かれている立場について、ざっとアドリアンに説明した。


「ヨナーシェクの論文を盗作……?」


 アドリアンはハヴェルの行いに対し、嫌悪とあきれを同時に吐き出した。


「そんなことをして何になるっていうんだろう? 意味もないのに」

「意味はあるさ。他人から認められて、すごいすごいと褒められて、いーい気分になる」

「馬鹿馬鹿しい。それだって、結局自分が褒められているんじゃないことは、当人が一番わかっているだろう。虚しいだけだよ」

「まともに考えりゃそうだろう。でも、そういう奴ってのはいるもんさ。他人の手柄でのし上がって、堂々としていられる。そういうふてぶてしいのに限って、幅を利かせる」

「それで貴族の生徒への試験ではカンニングまでまかり通ってるって? 冗談じゃない」


 アドリアンは憤然として言ってから、しばし考え込んだ。


「なんだ?」


 オヅマが首をかしげると、ボソリとつぶやいた。


「…………『(エ・ルター)』に入ろうかな」

「へ? なんだって?」

「『(エ・ルター)』だよ。貴族の生徒だけで作ってるアカデミー内での代表取次機関みたいなものだ。生徒らの声を吸い上げて、アカデミー側に改善案だとかを出すらしい。今は名目だけになってるけど」

「へぇぇ。なんかハヴェルとかやってそー」

「あぁ、入ってたみたいだよ。ヘルフリッド公子にも、それで聞かれたんだ。僕は興味なかったんだけど……」


 ヘルフリッドによれば、元々は有志の者たちによって生徒らの学習環境の充実を求めるといった、きちんとした活動も行っていたようではあるが、今では自らの権威を誇示するための、一部の有力貴族子弟らの肩書き(アクセサリ)になっている。ほぼ有名無実化していると言ってよかったが ――


「『(エ・ルター)』で発言権を持てば、ある程度、貴族の生徒にも、アカデミーに対しても、そうした優遇を改めるように言えるかもしれない」


 相変わらず真面目でお堅いアドリアンに、オヅマはあきれたように言った。


「そんなもん、誰が従うんだよ。貴族のお坊ちゃん連中だって、アカデミーの貧乏学者だって、お互い利益があるから成り立ってるってのに、それを止めようなんて……どうせ反対されるさ」

「それは……そうかもしれないけど。でも、そんな悪習がいつまでも続いていいわけないだろう?」

「俺としちゃ、わざわざそんな面倒なことに首をつっこむ必要もないだろ、って思うだけだよ。どっちからも不満は出る。それでもって喜ぶ人間がさほどいるとも思えない。そりゃ、ヨナーシェクさんみたいに真面目に勉強してきた平民からすりゃ、噴飯ものだろうさ。でも、あの人もあの人で、お貴族サマには逆らえない、ってことはわかってて、諦めてもいるんだ」


 それは常識だった。平民は貴族よりも卑しく、時に虐げられる。そのことでの不満は燻っていたが、それでもある程度、許容して生きるしかなかった。民にとっては毎日を生きることが、まず考えるべきことで、自らの身の上を恨み、貴族を羨んでも、食い物にありつけるわけではない。


「毎日の食い物があって、冬を乗り切れるだけの家がありゃ、人生の半分は幸せだ…って、薬師の婆さんが言ってたぜ。それ以上のことを望むな、考えるな、って」

「普通であれば、そうだろうね。僕も、そんなものだと考えてた。でも、君の話を聞いて……ちょっと公爵夫人の言葉を思い出してね」

「公爵夫人? え? まさかお前の母さんのこと?」

「そう。リーディエ・グレヴィリウス公爵夫人のことだよ」


 アドリアンは平坦な口調で、自らの母の名を呼んだ。


 マティアスの母であり、リーディエ信奉者のブラジェナ・ブルッキネン伯爵夫人は、侍女時代にリーディエと話している中で気になったことなどを日記帳に書き留めていた。その中からいくつかの言葉を抜き出して『リーディエ言語録』というべきものを個人的に作成しており、アカデミーの道途シュテルムドルソンに立ち寄ったときに、アドリアンも読ませてもらったのだ。


「公爵夫人は危惧していたんだ。アカデミーにおいては平民であっても、優秀な人材が数多くいる、と。彼らは皇府(こうふ)の役人になったりして、今は帝国の官吏として働いているけど、いつか貴族と自分たちの能力にそう差がない、なんであれば優位であるかもしれないと気付いたら、そのときには()()が起きるかもしれないと」

()()? なんだ、それ」


 聞き慣れない言葉に、オヅマは首をかしげた。


 このとき『革命』という言葉は、いわば神聖帝国からパルスナ帝国に変わったように、王朝が変更するといった意味合いで使われていた。だが、アドリアンはリーディエの(のこ)した言葉から、より辛辣で恐ろしい警世を受け取っていた。


  ――― 民衆によって、この帝国が打倒される『革命』が起きるかもしれない……


 読んだときには、アドリアンも『何を馬鹿なことを』と思った。

 貴族というのは、それこそ神聖帝国にいた『貴人』同様、昔から存在していて、この先も永遠に続くものであり、民は彼らの下で永遠に従属する存在。それは貴族においても、民衆側においても、当然の思想だった。

 だがさっきオヅマからの話を聞いて、アドリアンはリーディエの言葉を思い出し、ひどく薄ら寒いものが背をつたった。

 あるいは彼女はこの社会の不平等や理不尽を敏感に感じ取って、この先に起きうる貴族の凋落(ちょうらく)を危惧していたのかもしれない……。

 しかしアドリアンは、その不安について詳しく語ることは控えた。

 そんなことを口にしたら、よっぽど頭がおかしいと思われかねない。それくらい(リーディエ)の発想は突飛で、異質で、なんであればこの社会自体を批判していると捉えられかねないものだった。


「まぁ……『(エ・ルター)』に参加して、他の貴族子弟らと横の繋がりを持っておくのも有意義だと思うからね」


 アドリアンは自分の不安を打ち消すかのように、もっともらしい理由を言った。それは満更嘘ではなかった。実際、ブラジェナからもアドリアンが社交について消極的であるのを指摘され、その点についてハヴェルは優秀だと聞かされた。


「まぁ、私としてはハヴェル様にそうした外向きのことを任されて、小公爵様が内政の充実をはかる、ということでもよろしいとは思います。お二人でグレヴィリウスを支えていくのであれば、きっとリーディエ様も安心なさるでしょう!」


と、ブラジェナは自分の理想を語ったが、アドリアンは黙殺した。

 ハヴェルの幼い頃を知っているブラジェナは、折に触れて()であるハヴェルと協力して、公爵家を盛り立ててほしいと言ってきたが、アドリアンは曖昧に笑うだけで否とも応とも返事しなかった。

 ブラジェナがシュテルムドルソンの実質的な女領主として有能であるのはわかっている。だが彼女はあまりにもリーディエに心を寄せすぎていて、客観的な判断が出来ていないように感じた。


「横の繋がりねぇ……」


 アドリアンの思惑を聞いて、オヅマはポリポリと頭を掻いたが、ふと気になって尋ねた。


「それって、例の『素晴らしい友達』とかいうのにも、手伝ってもらうってこと?」

「え? ……いや、あの御……いや彼は、無理だと思う」


 不意に問われ、アドリアンは落ち着きなく視線を泳がせた。脳裏にランヴァルトの姿が浮かぶ。だがアドリアンが誤魔化す前に、オヅマはまったく別の人物を持ち出した。


「そうか。まぁ、そうだよな。皇太子がアカデミーに来るわけもないし」

「うん、そう……え? 皇太子?」


 頭の中の人がいきなり交替して、アドリアンは混乱した。

 どうして皇太子 ―― アレクサンテリの話になるのか? と考えて、エーリクが話してくれたことを思い出す。


 以前にアドリアンの()()の件について話し合うことがあり、マティアスの勘違いで『素晴らしい友人』=『皇太子・アレクサンテリ殿下』という結論になってしまったのだという。

 エーリクは謝ってきたが、アドリアンはむしろ好都合だと思った。

 確かにアレクサンテリであれば、大っぴらに友人であるとは言いにくい。

 ふざけたことばかりするが、あれで皇太子という身分なのだ。下手に()()などと吹聴して回れば、余計な詮索をする者、牽制する者、繋がりを持とうと媚びを売ってくる者も増えるだろうし、そもそも皇太子に対して()()など不敬だ! と糾弾してくる者もいるかもしれない。

 こと皇家(こうけ)との繋がりについては、多くの政治的な思惑が絡む問題になりかねないので、アドリアンがはっきりと言わなくとも仕方ない……と、思ってもらえたようだ。

 もっともアドリアン個人の考えとしては、アレクサンテリを友人と思ったことは一度もなかったが。


「あー……うん。そう、だな。……彼は、関係ないから」


 いかにも言いにくそうに、曖昧な返事をしておく。

 オヅマにランヴァルトのことを隠すのは、いつもどこか落ち着かない。自分が良からぬことをしているという自覚があるせいか……。


 そんなアドリアンをオヅマはしばらく鈍い目で見つめていた。不機嫌というのではないが、どこか暗く沈んだ表情だ。


「なに?」


 アドリアンが尋ねると、オヅマはひどく重たげな口調で言った。


「お前……あんまり皇太子……殿下に近付き過ぎないほうがいいと思うけどな」


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