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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第三部 第一章
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第四百四十九話 グレヴィリウス寮の面々(5)

 夕食前に談話室に寮生が集められ、互いに自己紹介の場がもたれた。

 現在、寮にいるのはアドリアンとオヅマら近侍、ヘルフリッドを除くと十三名。

 当然ながらグレヴィリウス家門の子弟がほとんどであるので、評判の芳しくない小公爵相手に警戒する者が多かったが、思ったより剣呑とした雰囲気になることもなく、その場は終了した。これはヘルフリッドの軽妙な進行によるところも大きかったが、それ以上に彼らは彼らで切迫した事情を抱えていたせいもある。


 緑清(りょくせい)の月に入って間もないこの時期 ―――


 アドリアンらも貴族子弟入学前考査(通称:貴族試験)を前に勉強に忙しかったが、在学生はそれ以上に必死だった。というのも、来月の浄闇(じょうあん)の月末にはアカデミーにおいて年に一度の年末学力考査(通称・大考査(ダスタルガス))が迫っていたからだ。


 アカデミーでの成績は日頃の学習態度 ―― 提出物や自由研究 ―― などに加え、この年末に行われる学科試験において最終評価がなされた。この試験結果と同時に、アカデミーにおける成績習熟度を示す【(ヨウ)】の授与も行われる。

 卒業要件である【五葉】以上の取得がまだ達成できていない、しかも年明けには成人(十七歳)を迎える者にとっては『卒業』か『自主退学』かの分かれ目となるので、正直なところ、アドリアンらに関わっている暇はなかったのだろう。

 まだ在学期間に余裕のある人間も同様で、試験前の大事な時期に無用の騒動に関わることを恐れてか、気忙しく夕食を食べ終えると、皆早々に食堂を出て行った。


「まったく……こんな時期に来られるから、まともに挨拶もできぬのですよ」


 閑散となったテーブルを見回して非難してきたのは、オットー・ニーバリだった。彼は試験よりもアドリアンに嫌味を言うことのほうが重要であるらしい。

 隣に座っているラドミール・オルグレンはもっともそうに頷き、その横のリヒャルト・フリーデルは気まずそうにアスパラガスをもしゃもしゃ食べる。

 食堂の大テーブルに残っているのは、この三人のほかにはアドリアンとオヅマら近侍達、それに卒業など遠い先の未来(さき)へと追いやってしまったヘルフリッドだけだった。


「普通は卒業者が出てから入ってくるものだというのに……緑清の月も終わらぬうちに入ってくるなど……」


 フン、フンといちいち鼻息を荒くして、オットーは文句を言ったが、アドリアンは取り合わなかった。

 確かに本来であれば新入生が寮に入るのは、二ヶ月後になる虔礼(けんれい)の月半ば、卒業式前後であった。

 もっともこれはアドリアン側にも事情があった。

 貴族試験が行われる今月(緑清の月)二十日あたりは、新年の上参訪詣クリュ・トルムレスタンの為、帝都公爵邸は人でごった返す。貴族試験については合格が決まっているとはいえ、その十日後には一般入学者学力考査(通称:一般入試)が控えている。例年、年末の帝都公爵邸の喧噪を知っているアドリアンとしては、とてもではないが落ち着いて勉強などできそうもない。そのため、あらかじめ早くから寮に移って、十分に勉強に打ち込みたかったのだ。


「しかしまぁ……一般入試までお受けになるとは、まったくもって小公爵様も物好き……あ、いやいや、勉強熱心でいらっしゃることです」


 ヘルフリッドはちゃっかり近侍の輪の中に入ってきて、気安く声をかけてくる。案の定、既成事実を作りにかかっているヘルフリッドの思惑を感じつつも、アドリアンは丁寧に答えた。


「僕に限らず、現公爵様も一般入試は受けておられます。ハヴェル公子もそうでいらっしゃったと思いますが」

「あぁ、まぁ……ハヴェル公子は、そうですねぇ」


 ヘルフリッドは意味深に笑い、チラと食堂の隅にある小さなテーブルで食事をしている男に声をかけた。


「ヨナーシェク、お前はよく存じ上げているんじゃないか? ハヴェル公子は、勉強熱心でいらっしゃったかな?」


 ヨナーシェクと呼ばれた灰茶の髪の男は、呼びかけられた途端にビクッと震えて、持っていたスプーンを落とした。カチャンと響く耳障りな音に、オットーが怒鳴りつける。


「みっともない真似をするな! まったく、これだから平民などと一緒に食事を取るのは嫌なのだ」

「あの人、平民だから俺らと別のテーブルなのか?」


 不思議そうに問うたオヅマに、フンとオットーが卑しむように嗤った。


「そう言えば、オヅマ公子は元は小作人の()()()でいらっしゃったかな? 義父のヴァルナル・クランツ男爵も、卑しい商家の出であったことだし、()()()()()()()()同士、あの者とも話が合うのでは?」


 あからさまな侮蔑に対してマティアスが咎めようとするのを、オヅマは腕を掴んで止めた。


「まぁ、否定はしないよ。オッチョーさん」


 オヅマはわざと名前の末尾を崩してからかったのだが、オットーは単純に言い間違えたのだと思ったらしい。


「馴れ馴れしく呼ぶな! それにオットーだ。オットー・ニーバリであるぞ。言い間違えをするなど ―― 」

()()()()()()()()に相応しい無作法だろう? オッチョーさん」


 自分の言った嫌味を突き返された上に、またもふざけた名前で呼ばれて、オットーはムッと言い詰まった。


「あぁ、もう。やっぱりこうなるよ……」


 テリィが小声で嘆息する。その横でエーリクは黙って(きじ)肉のローストを食べ、マティアスも渋い顔ながら止めることなく、アドリアンはもはや平然としていた。

 この手のことでオヅマの口舌に叶う者など、そうはいない。


「生憎と俺の先祖は、服着て歩くような()()()()()()()()じゃなかったみたいでね。少々の無礼も、口の悪さも、お貴族サマならではの鷹揚さでご勘弁下さい」


 痛烈な皮肉と、ふてぶてしい開き直りに、オットーはワナワナと拳を震わせた。


「クッ……」


 それでも容易に手出し出来なかったのは、自分よりも年下であるはずの少年の威圧感に逆らえなかったからだ。


「……まったく、小公爵様は誠に()()近侍を持たれたものですね!」


 忌々しげにオットーは矛先をアドリアンに変えたが、アドリアンはアドリアンで、その手の嫌味の対処は慣れたものだった。


「オットー公子のお褒めに与り恐縮です。オヅマ公子も嬉しく思うことでしょう。ねぇ、オヅマ?」

「そりゃあ、もちろん。嬉しくて嬉しくて、この先どのように()()をしたものか……」


 言いながらオヅマはじっとりとオットーを睨みつける。口元に微笑みを浮かべているのに、薄紫色の目は笑っていない。


「う……」


 獰猛な狼を目の前にした気分で、ゾクッとオットーの背筋が冷えた。

 またピリピリとした雰囲気になったところで、ハッハッハッとヘルフリッドの大笑いが響いた。


「やれやれ。まったく。公子方々の腹の探り合いに恐れをなして、ヨナーシェクは逃げてしまいましたよ」


 言われて隅のテーブルを見れば、元々の発端であった男の姿は消えていた。いきなり声をかけられただけでも吃驚(びっくり)したのに、まして貴族同士の言い争いになってしまい、巻き込まれてはたまらないとばかりに逃げ出したのだろう。


「そもそもオットー公子とラドミール公子は、小公爵様の近侍になる予定ではなかったのかな? 前にそんなことを言っていたじゃないか。うまく騙くらかしてやったとか何とか、自慢げに(うそぶ)いていたな」


 ヘルフリッドからのいきなりの暴露に、オットーの顔は真っ赤になった。


「なっ、そんな……騙くらかすなど……あのときは、本当に持病の発作が」

「持病? そんなものあったのか? ここに来てからお前さん、風邪だってひいたことないだろう?」

「こっちに来てからは…………治った」


 オットーの苦しい言い訳に、ヘルフリッドは肩をすくめ、オヅマはあきれた。


「都合のいい病気もあったもんだな」


 しかしアドリアンは、そのことについてはサラリと流した。


「気にしないさ。そもそもオットー公子が僕の近侍になるはずだったなんて、()()()()忘れていたし、今の近侍で()()()満足しているからね」


 まったく歯牙にもかけない様子のアドリアンに、オットーは悔しげに唇を噛みしめ、ヘルフリッドは苦く笑った。


「急に気分が悪くなったので、失礼する!!」


 オットーは苛立たしげに席を立つと、さっさと食堂から出て行った。よっぽど居心地が悪かったらしい。

 アドリアンは軽く溜息をついて、話を変えた。不毛な議論よりも、気になることがある。


月の進行は以下の通り。

緑清(りょくせい)の月→浄闇(じょうあん)の月→虔礼(けんれい)の月→新年を迎えます。

年齢は新年、皆一斉に一つ年を重ねます。なので『誕生日』という概念は基本的にはありません。

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