第四百四十五話 グレヴィリウス寮の面々(3)
世嗣用の部屋はほぼ、七竈館のアドリアンの部屋と同じ造りであった。寝室と、普段の生活を送る次の間。違いは本棚が多く作り付けてあることぐらいだろうか。アドリアンの荷物のほとんどは、この部屋の掃除にきた公爵邸の使用人らによって既に運び込まれていたので、今回持ってきたものを片付ければ引っ越しは終了だ。
「近侍さんたちの部屋はこちらになります」
次にヘルフリッドが案内したのは、アドリアンの部屋と廊下を挟んだ向かいの部屋だった。
「少々手狭かもしれませんが……」
と扉を開けるなり、山と積まれた荷物に目を丸くする。
「なんだぁ、こりゃあ……?」
思わずつぶやいたヘルフリッドの脇から、テリィが部屋を覗き見るなり、声を上げた。
「あぁーっ! なんてことだよぉ、羽毛布団はすぐに紐を解いておくように言ったのにぃ。うわぁぁー、あの上着はすぐにクローゼットにかけておいて欲しいって……ちょっと、サビエル! 全然言う通りにしてくれてないよ!」
「申し訳ございません」
背後で控えていたサビエルはおとなしく謝ったものの、その目はやや冷たかった。
「チャリステリオ! 荷物は最低限にするようにと言っただろうが!」
当然のごとくマティアスの雷が落ちて、テリィは身を縮めながらもブツブツと言い訳する。
「だって最低限だよ……これでも」
「最低限……ねぇ」
ヘルフリッドは部屋の半分近くを占領する荷物を見て、フゥと溜息をついた。
「うーん。ここは四人部屋ですが……この分だと一人は別部屋になりますね」
「気にしなくてよいです、ヘルフリッド公子。半分は送り返しますから」
「そ、そんなぁ。これでも考えに考えて荷造りしたんだよぉ」
取り付く島もないマティアスに、テリィは泣きそうな声で訴える。
意外にも了承したのはオヅマだった。
「だったら、三人部屋にすればいいさ。俺は別のとこで寝る」
「何を言い出すんだ、お前は! 近侍たるもの、たとえ寮内であっても小公爵様のおそばにあって守るのが……」
「わかってるさ。ちょうどいいとこがあったろ、アドルの部屋の中に。不浄場の先の、ちょっと段になって下がってるところ。あそこ。なんかベッドもあったし、ちょうどいいだろ」
アドリアンの寝室の向かいには細い廊下を挟んで不浄場と、洗体場があるのだが、その廊下の突き当たり、三段ほど下がった場所に小さな空間があった。
寝室のクローゼットに入りきらなかった衣服や、その他の細々した荷物を置く物置部屋らしかったが、アドリアンはさほどに荷物が多くなかったので、案内されたその場所はガランとしていた。
「あそこでいいよ。どうせ俺の荷物なんざ、トランク一つだしな」
言いながらオヅマは積み上がった荷物の中から自分のトランクを見つけると、引っ張り出して、アドリアンの部屋へと向かおうとする。
アドリアンはあわてて止めた。
「ちょっと待て! 本気であそこで寝起きする気か? あんな粗末なベッドで寝るなんてこと」
「粗末ったって、昔の藁のベッドに比べりゃ全然マシだぜ。お前だってあれよりヒドイのに寝てたことあるじゃないか」
「それは……そうだけど」
在りし日のベッド争奪戦を思い出し、アドリアンは少し懐かしくなってしまった。苦笑するアドリアンの横から、マティアスがいつものごとく口を出す。
「馬鹿か、お前は! 貴族であるのに、あのような物置で寝起きするなど。使用人かと思われるぞ!」
「使用人でも何でもいいさ。そもそも俺がここに来たのは、貴族だからじゃない。俺が近侍になったのも、ここに来たのも、アドルのためだ。勉強も貴族の行儀作法も、アドルの側についているために、必要だからやってるだけだ」
きっぱりと言い切るオヅマを、アドリアンは少しこそばゆい気持ちで見つめ、マティアスとテリィは唖然とし、エーリクはいつものように無表情ながらもかすかに頷いた。
ヘルフリッドは興味深そうに近侍らの様子を眺めてから、またハッハッと笑った。
「いやぁ、素晴らしい近侍を持たれたものですなぁ、小公爵様。これほど忠義に厚い者がお側についておれば、安心でございましょう」
そこで一旦、マティアスらには自分たちの荷物整理をするよう言って別れ、オヅマとアドリアンは小公爵用の部屋に戻った。
アドリアンは部屋の中央に置かれたソファに腰かけると、当然のように従いてきたヘルフリッドに尋ねた。
「で、願いというのは?」
「は?」
「とぼけた顔してんじゃねーや。アンタが言ったんだろ、最初に。扉開けるなり『お願いします』って」
オヅマはあきれたように言いつつも、目は鋭くヘルフリッドを睨みつける。
しかしヘルフリッドはヘラッと笑うと、ペシリと自分の毬栗頭を打った。
「いやぁ、言い出しっぺがすっかり忘れておりました! 小公爵様とオヅマ公子の麗しくも熱い主従の交わりに、いたく感動してしまい……」
「ヘルフリッド公子。さっきも言ったように、僕は表面的なだけの礼儀作法に意味を感じないんだ。阿諛なんかは、その最たるものでしょう?」
にこやかに言いつつも辛辣なアドリアンに、ヘルフリッドは少し鼻白んだ顔で肩をすくめた。
「いやはや。なかなかに厳しい方でいらっしゃいますね、小公爵様。すべてが噂通りだとは思っておりませんでしたが、随分聞いていた印象と違います。やはりあの噂は多分に操作されたものであるようだ」
「さぁ、どうだろう? 噂通り、僕は我儘で鼻持ちならない、癇癪持ちの小公爵かもしれないよ」
「まさか、まさか。先程来のやり取りを見て、まだそんなことを申すほど馬鹿ではありませんよ、私も」
「噂通りであれば、君にとってはやり易かった?」
「まぁ、そうですね。舌先三寸で丸め込むのは、わりと得意な方ですので」
自負をにじませて、しゃあしゃあと語るヘルフリッドに、アドリアンはふぅと息をついてから、最初の質問に戻った。
「で、お願いというのは?」
ヘルフリッドはさっと笑みを消すと、最初の登場時と同じように床に座り込んでひれ伏し ―――
「お願いします! 私を小公爵様付きの近侍にしてください!!」




