第四十三話 ミーナと髪留め
ミーナは困惑していた。
目の前にはヴァルナルの手紙と一緒に届けられたプレゼントがある。髪留めだった。
けっして高いものではないようだが、白陽石と呼ばれる純白の石に細かな透かし細工がされており、所々に色硝子の玉が嵌め込まれた美しい意匠のもので、しかもはっきりと手紙の中でミーナに宛てたものである旨が記されていた。
『……帰る時にはこの髪留めをして迎えてくれることを願っている――――…』
マリーはその髪留めを見るなり目を輝かせた。
「とっても綺麗! お母さん、してちょうだい」
「え? あ、あぁ…じゃあ留めてあげるわね」
「何言ってるのよ、お母さん! お母さんにして欲しいって領主様が言ってるのに、どうして私がするのよ!」
マリーはどういう訳かいつごろからか、母と領主様がいつか結婚するのだと信じ込んでいる。しかもそれはオリヴェルに言われたのだという。
ミーナは呆れて二人に誤解だと説明したが、子供達の思い込みというのは時に大人よりも頑固だ。どうにか他人がいるところではそうしたことは絶対に言わないようにと言い聞かせたものの、今はオリヴェルの部屋に三人だけという気安さから、まったく頓着しない。
ミーナはその髪留めを手に取ってから、溜息をついて、そっと箱の中に戻した。
「どうしたの? しないの?」
「えぇ…壊してはいけないから」
言いながらミーナは箱に蓋をして、元のようにリボンも結び直す。
「ねぇ、ミーナ。それ、まさか父上に返すとかしないでね」
オリヴェルが心配になって言うと、ミーナは苦笑いを浮かべた。
「若君は…明敏でいらっしゃいますね」
「駄目だよ。ちゃんと受け取ってあげてよ。父上だって、どれだけ選ぶの大変だったと思うの?」
オリヴェルはあわててカールに言われた通りに後押しする。
カールの手紙には、ヴァルナルがこの髪飾りを選ぶまでにはひと月近くかかっている…とあった。前回の失敗もあって、相当慎重に吟味したに違いない。
「でも、分不相応なものでございます」
ミーナはひどく困ったように言った。
「そんなことないよ。別にそれだって宝石でもない、ただの硝子でしょ?」
宝石の髪留めなど贈った日には、きっとミーナが遠慮して受け取らないことをカールが察して、あえてさほどに高価でない贈り物を選びに選び抜いたのだろう。
あの厳格な父が、市などに出かけて必死で選んでいる姿を想像すると、オリヴェルは妙に親近感が湧いた。
親子の間で親近感というのもおかしな話ではあるが。
「お母さん、きっと似合うよ」
マリーは素直に勧める。
単純にさっきの綺麗な髪留めをつける母の姿が見たかった。
しかし、ミーナはじっと膝に置いた箱を見つめて、自分に言い聞かせるように言った。
「一召使いに対する気遣いとしてのお気持ちだけ、ありがたく受け取っておくことにします。……若君も、おかしな事は仰言らないで下さいましね」
それとなくミーナはオリヴェルにもこの事を誰にも言わないように釘を刺す。
頑ななミーナの態度に、オリヴェルもマリーもシュンとなったが、それから十数日後にもシュンと肩を落とした人物がいた。
言うまでもなく、贈り主のヴァルナルだ。




