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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第九章

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断章 ― 道化と医者 ― Ⅱ

「つらかろうな……オヅマ。なれるまでの間ぞ」


 ヴィンツェンツェの試練は拷問でしかなかったが、毒を服用して休んでいる間にランヴァルトとわずかに話すことができる時間は、オヅマにとってかけがえないものだった。

 日頃、大公としての職務や皇宮での行事、領地視察などで忙しい彼と、一介の騎士見習いでしかない自分が、ゆっくり話せることなど滅多にない。だが、どんなに多忙でも、それこそ遠方の領地視察から帰ってきたその日であっても、ランヴァルトはオヅマが試練に耐えた日には必ず来てくれた。優しい言葉で慰め、ねぎらってくれた。


「あともう少しだ。身体が耐性を持てば、そうも苦しむことはなくなる。いずれ心地よき刺激にすらなるだろう……」


 その言葉は同じ苦しみを味わった者にしか言えないものだった。

 ヴィンツェンツェに打擲(ちょうちゃく)されながら聞いた話を思い出す。


「閣下も……清毒(せいどく)()まれたと聞きました」

「……あぁ」


 やや間があって答えたランヴァルトは、視線を伏せ、苦い微笑を浮かべる。

 オヅマは思わず怒鳴った。


「誰が?! 誰が、こんなものを閣下にッ」

「怒らずともよい、オヅマ。もはや昔のこと……言うても詮無きことよ」

「でも、俺だってこんなに苦しいのに! 閣下はまだまだ小さくていらしたのに!!」

「……優しいな、オヅマ。お前はきっと(ミーナ)に似たのであろう」


 落ち着かせるように、ランヴァルトはオヅマの頭を軽く撫でる。そうして手を離すと、ふっと無表情になった。


乃公(だいこう)に清毒を与えたは、まことの母なる御人(おひと)よ」

「…………」


 固まって言葉を失うオヅマの前で、ランヴァルトは淡々と話す。


「自ら腹をいためて生んだ子が、死なぬようにと……母の()なのであろうな。清毒(アレ)を服んでからは毎月、神殿から砂糖菓子が届くたびに憂鬱になったものだ。お陰で今も甘い菓子は好まぬ」


 そう言って、ランヴァルトは視線の先にある可愛らしく装飾された小さな瓶へと目を向けた。そこにはアーモンドの糖衣菓子(ドラジェ)が入っていた。やや懐かしげに目を細めるランヴァルトに、オヅマは胸が詰まった。


「母親が、なんで……そんなこと……」


 オヅマは信じられなかった。

 母は ―― ミーナは、絶対にこんな苦痛を子供に与えるようなことはしない。

 あの日、(コスタス)を殺したのもオヅマを守るためだった。目の前で傷つけられた息子の姿に動揺し、激昂し、ついに殺してしまった……。


 だがランヴァルトにとって、実母に毒を与えられていたという事実は大したことではないようだった。


「仕方がない。皇宮(こうぐう)において乃公の身はいつも危ういものであった。付き従う女官ですら当然のように裏切り、父親(シェルスターゲ)も ―― 実の父かどうかは知らぬが、時折思い出したかのように、殺そうとしてくる。幼き息子が、鬼千匹の中で生き耐えるために考えた……苦肉の策であったのだろうよ」


 薄い微笑を浮かべて話すランヴァルトを、オヅマは痛ましげに見つめた。


 どれほどの苦難の末に、この人はこの寂しい笑みをたたえるまでになったのだろう……。


 だがランヴァルトはオヅマの憐憫を必要としない。


「今は砂糖菓子をもらわずとも、皇宮に行けば()()()()()ので、こちらで用意する手間が省けるだけラクになったものだ。皇帝(ジークヴァルト)は躍起になっておるようだが、乃公ばかりに気を取られておいてよいのやら……」


 皮肉げなつぶやきに侮蔑と嫌悪が混じる。


 現皇帝・ジークヴァルトは、ランヴァルトにとって忠誠を誓った唯一の相手であったが、それが表向きの関係であることは、誰もが知るところであった。


 わかりやすい例でいえば、呼び名。

 ランヴァルトの正式なる姓名はランヴァルト・アルトゥール・シェルバリ・モンテルソン。

 本来であればモンテルソン大公と呼び習わせるのが通例であったが、人々は彼をランヴァルト大公と呼んだ。気さくに名前で呼んでもらいたい……というのは方便で、実のところは皇帝より与えられた『モンテルソン』の名を嫌ってのことだ。


『モンテルソン大公』は、ランヴァルトがそれこそ現皇帝擁立のために掃討した後継者候補の一人だった。自ら殺した男の名、しかも一時的にであれ、その名は逆徒として史録に記載されている。そんな汚名のついた姓を冠することは、誇り高いランヴァルトにとっては恥辱であったのだろう。


 また、騎士にとって最上の名誉である黒杖を与えられたことも、ランヴァルトにとっては忌々しいことだった。

 騎士とは主君に仕えるもの。

 皇帝がランヴァルトに黒杖を下賜するということは、すなわち皇帝配下の騎士であると周知させるも同然であった。

 後継争いに巻き込まれぬために、ジークヴァルトの配下となることを了承はしたが、当然それは忠誠によるものではない。ジークヴァルトもわかっていればこそ、あえてランヴァルトに黒杖を与え、新皇帝としての威権を示したのだった。


「栄誉というは、与えられた者を祝しているのではない。与える者の権威を示すために作られた、まやかしの賞賛に過ぎぬ」


 以前、オヅマが憧憬をこめて黒杖の騎士の話をしたとき、ランヴァルトは冷たく言い放った。


 オヅマにとって皇宮は遠い世界だった。

 そこに暮らす人々は、それこそ雲の上に住む隔絶した存在だった。

 彼らは飢えも寒さも知らず、花に囲まれた美しい場所で笑顔に満ちた日々を送っている。

 そのことを羨望することもなかった。


 けれどランヴァルトからの話を聞く限りにおいて、彼らの多くは ―― 最も人格者であるべき皇帝ですらも、冷たく無情であった。まして実母までがそうであるならば、どうしてランヴァルトがこんなにも優しい人柄であるのか、不思議なほどだ。


「……母もいまや痴呆となって、息子の顔すら忘れたようだ」


 自らの惨めさを嘲るように、ランヴァルトは皮肉げにつぶやく。

 オヅマにはランヴァルトが孤独に見えた。


「俺は……僕は、閣下のそばにいます。ずっと。必ず閣下のお役に立てるよう……閣下を守れるように、頑張ります!」


 オヅマが宣言すると、ランヴァルトは嬉しそうに笑った。


「あぁ……。お前が私の傍らにいてくれるのであれば、これほど心強いことはない」


 その言葉を聞いて、オヅマは自らに誓った。

 自分は必ず強くなり、この人の(そば)で、片時も離れず控えるような、そんな存在になろうと。今後、彼を傷つけようとするすべてのものを、排除するのだと……!


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