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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第九章
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第四百十一話 狼狐の血

「よりによって……狼狐(おおかみぎつね)かよ」


 狼狐 ―― 別名大狐(おおぎつね)群狐(むれぎつね)、とも呼ばれるヴェッデンボリ山脈周辺を生息地とするその狐は、普通の狐の三倍近くの大きさがあり、しかも狐と違って群れで行動する。

 効率的な狩りによって、図鑑上最も巨大とされるヴェッデンボリ(ひぐま)ですらも、(なぶ)り殺しにするほどだ。そう。この獣は狙った獲物を囲んで、徹底的に、相手が力尽きるまで攻撃する。仲間が返り討ちにあって死んでも、一切止めることなく、ひたすらに攻撃を繰り返す。

 今も、オヅマらを囲んで威嚇している。最初の一匹が飛びかかってくるや否や、息つく暇もなく襲いかかってくるのだろう。


「なんでコイツらがこんなとこに……」


 オヅマはつぶやきながら、既に脳内では答えを出していた。

 数日前に騎士団に対して、狼狩りの要請がきていた。今年はヴェッデンボリ周辺に狼の数が多く、家畜類への被害も例年の二倍となっている。

 どうやら優れた個体が首領についたらしい。そうした個体がいると狩りも上手く、群れとして安定するため、繁殖も盛んになる。そうしてより集団として強力なものになっていく。

 おそらく狼が増えたために、この厄介な狐どもは縄張りを追われて山を下ってきたのだろう。


 オヅマは剣を構えて、ギリと奥歯を噛みしめた。

 面倒であった。なにが面倒といって、数が多いことでも、相手がしつこいということでもない。

 一番面倒なのは、この狼狐が毒を持っているということだ。

 噛まれるだけでも厄介だというのに、狼狐の温かい鮮血は毒なのだ。

 水に流すか、乾けば問題ないのだが、鮮血を浴びると肌に湿潤していくほどに痛みが増し、喉が腫れ上がって、高熱が出る。目にでも入れば、下手をすれば失明。体の弱い人間だと、腫れた喉が気道を圧迫し、呼吸困難になってそのまま死亡することも有り得た。

 この辺りの狼や(ふくろう)(わし)などの野生の生き物は、胃が特別丈夫であるのか、狼狐の毒に対して耐性を持っているが、人間はそうもいかない。


 オヅマはすぅぅと息を吸った。

 ゾワリとうなじに異質な感覚がそそり立つ。

 ザアァァーと耳の奥から聞こえる奇妙な音は、周辺の音を拾いながらも遮断する。

 オヅマを異次元へと引き上げるために。


 一匹が襲いかかってくると同時に、オヅマも跳躍した。

 あえて剣で斬らずに、大きく開いた腹をドスリと蹴りつける。ギャオンッ! と悲鳴を上げて、狐が冬枯れの木の幹に打ちつけられた。


 オヅマはそのまま狐の群れに向かって走り出した。

 少しでもアドリアンとテリィのいる場所から離れねばならない。狼狐らを斬っていくのは問題なくとも、血が飛べば()()()危ない。


 一匹目の攻撃を嚆矢(こうし)に、次々と狼狐たちはオヅマに襲いかかった。

 オヅマは十分にアドリアンらと距離があることを確認すると、剣をふるって狐らを斬っていった。


 ルミアの修行のあと、自主訓練以外にも、レーゲンブルトに戻ってからは、ヴァルナルとカールに相手してもらって『澄眼(ちょうがん)』の鍛錬(たんれん)(おこた)っていない。

 前にヴァルナルが言っていたカールの千本突きも、さすがに蝶が舞うように……とまではいかずとも、普段の剣撃訓練と同程度には相手できるようになっている。

 なによりヴァルナルのつきっきりの指導により、よりスムーズに『澄眼』を発動できるようになっていた。

 集中をより早く行い、相手にも気取(けど)らせずに発現させる。

 それは簡単なようでいて難しい。

 自分の意識はもちろん自分の肉体も自在に扱えるように、より精緻で、より端整な感覚が必要とされる。指の先、爪の先までに自らを充溢(じゅういつ)させねばならない。

 それでこそ『すべての感覚が()()()のだ』と、ヴァルナルは言っていた。


 狼狐は大きい分、やはり敏捷性においては、豆猿(まめざる)の比ではなかった。次々に繰り出してくる攻撃も、見切れば単純だ。

 どうやらいっぺんに仲間がやられることを恐れてか、狼狐たちは三匹以上が一度に攻撃してくることはなかった。しかも数が減ってくるに従って、一度に攻撃してくる個体数は減っていく。

 今や指で数える以下にまでなって、一匹ずつが向かってくるが、こうなると『澄眼』を発動しないまでも、十分に戦える。


 一匹を殺してから、すぐさま背後から荒々しい息が聞こえてくる。

 振り返ったと同時に、狼狐が上から襲いかかってきた。

 躊躇(ちゅうちょ)なく斬りつけると、びしゃりと頭に叩きつけるように血が降ってくる。

 普通の人間であれば、それで目が潰れてまともに相手などできないはずだったが、オヅマは平気だった。ただ吐く息が、なんだか濁っているような、熱くて苦いような気はしたが。


 空はいまや完全なる雪雲に覆われ、北からの冷たい風と雪が吹きつけてくる。

 肌へと張りついた雪は、ジュワッと蒸発した。

 熱が上がってきているようだ。


「……っとに、()いてんのか。()()は。まがいモンだったら、ラオの野郎に返金してもらわねぇと……」


 軽口を叩きながら、オヅマはまた一匹、向かってきた狐を斬り捨てた。


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― 新着の感想 ―
……騎士団来たらどう説明するんだろ……絶対疑問に思うよね……
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