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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第二章
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第三十九話 真夏の参礼

 季節は盛夏を迎え、虔礼(けんれい)の月となった。来月には新年を迎える。


 無論のこと帝都では盛大な祭りと、皇宮においては連日のように儀式と祭典、それに伴う園遊会や夜会が開かれる。

 それは帝都に限らず、ここレーゲンブルトにおいてもそうであった。さすがに領主が不在であるので夜会等はないものの、近くの神殿に供え物を持って半日以上かけて祈りを捧げるのだ。

 ヴァルナルが領主となって以降、この神事を頼まれていたのはネストリら数名の使用人であったのだが、今回はネストリが勝手にミーナに参拝を任せてきた。

 ミーナは突然のことで、段取りや立ち居振る舞いについてネストリに尋ねたものの、


「あれほど見事な礼法を弁えておられるミーナ殿であれば、今更参拝の作法など教えるまでもないでしょう」

と、皮肉たっぷりに拒絶された。


「っとに…やることがいちいちネチこいんだよなぁ…」


 オヅマはギリギリと歯噛みしたが、ミーナに予め余計な文句を言わないように釘を刺されている。その上、今月は虔礼の月ということで、新年の神を迎え入れる為に、何事においても慎み深く過ごさねばならない…。

 去年までのオヅマであれば、そんなこと何処吹く風であったが、今は騎士の末席に連なる者として、そうした修養も身に着けていく必要があった。

 とはいえ。


「だいたいこの暑さ…神様だって嫌がるよ」


 オヅマはブツブツと文句を言いながら、神殿までの道を歩いて行く。


 参拝には数人の騎士達が従うことになっていた。それは供物の他に、騎士の剣舞もまた神に奉納されるべき儀式であったからだ。



「オヅマ、お前参加な」


 マッケネンが当たり前のように言ってきた時、オヅマは不満げに叫んだ。


「嫌だよ~。この暑いのに神殿まで歩くなんてさ」


 神殿は領府の外、まったく遮るもののない丘陵を一刻(いっとき)(約1時間)ほど歩いた先、人工的に作られた小高い森の中にある。

 神事ということで、馬に乗ることもできないし、特に見て楽しい景色もない。ただただ青い麦畑と、照りつける太陽を抱いた青空が無情に広がるだけだ。


 しかしマッケネンはにべなく言った。


「駄目だ。お前、子供だからな。剣舞をしてもらう」

「えぇぇ!!??」

「神様は子供が大好きだからな。子供の剣舞なんて、奉納にはピッタリだ」


 確かに神様への奉納として子供達が踊りを披露したりするが、剣舞をしているところなんて見たことがない。


「そりゃ、今までお前みたいに剣を扱える子供がここらにはいなかったからな。帝都なんかじゃ、割と多いぞ。まぁ、あっちだったら儀礼用の軽い剣もあるけど、お前いつものやつの方がしっくりくるだろ?」

「……ないんだろ、それ」

「うん、そう」


 マッケネンは明るく頷いた。


 それから十日間近く、オヅマはみっちり剣技の型の練習をさせられた。

 神殿に奉納する剣舞は、一つ一つの決められた動作を型として覚え、型と型の間においても流麗な舞を求められる。普段において、オヅマも一応訓練としての剣技の型は覚えていたものの、こうした儀礼的なことはまったく実戦とは違う。

 灼熱の太陽の下で練習させられ、ゲンナリするオヅマに、教師役に任命されたゴアンの喝が飛んだ。


「コラァ! オヅマ! 背をシャキッと伸ばせッ。顎引け、顎ォ」


 ゴアンは帝都の出身なので、子供の頃にはよく剣舞の稚児(ちご)として駆り出されたらしい。人は見かけによらない。


「まぁ、いいこともあるんだぞ。格好いい服着せてもらえるからな!」


 ゴアンは言ったが、オヅマはそんなことはどうでもよかった。なんだったら、このクソ暑いのに飾り立てた衣装なんぞ着て、剣舞するなんてよっぽどトチ狂っている。


 とはいえ、オヅマが剣舞をすると聞いて、とうとうオリヴェルが館を出て神殿にまで行くことを決めたのだから、オヅマとしては失敗するわけにいかなかった。


「オヅマ! 剣舞するんだってね! 僕、絶対見たい。絶対、神殿まで行くよ!!」


 なんてことをオリヴェルが言い出した時には、ミーナは必死で止めた。

 この暑さの中で、一刻以上も馬車に揺られて行くとなれば、オリヴェルにどんな負担になるかわからない。まして神殿での礼拝は昼過ぎから夕暮れ近くまで行われるのだ。

 この時ばかりはネストリやアントンソン夫人、マリーまでもが一緒になって止めた。マリーなどは、


「オリヴェルが一人でお留守番が嫌なら、私行かないから」

とまで言い出したほどだ。


 しかし、案外あっさりと認めたのはオリヴェルの主治医であったロビン・ビョルネ医師だった。


「じゃあ、僕が同行しましょう。一緒にいれば、何かあっても対処できるでしょうし、予防策も講じられます」


 後で聞けば公爵領での新年の祭りにも飽きていたので、こっちでの新年行事に興味があったらしい。


「昔からこういう神事や祭事に興味があって、個人的に色々と調べているんです」

「へぇ…先生も物好きだね」


 たまたまその場にいたオヅマが言うと、ビョルネ医師はハハと照れたように笑った。


 ということで、ミーナが乗る馬車とは別に、オリヴェルとビョルネ医師、マリーと最近オリヴェル付きの女中となったナンヌが乗っている馬車には、暑さ対策として座面に夏場でも冷たい涼雪石が敷かれており、その上にたっぷり綿の入ったキルトの布を重ねてオリヴェル達は座っている。しかも例の車椅子を持って行くことになったので、正直、オリヴェル達の馬車の走行は遅かった。


「なんで騎士は馬乗っちゃ駄目で、馬車はいいんだよ?」


 額からの汗を拭いながらオヅマがぶつくさ言うと、隣を歩いていたフレデリクがゲンナリした表情で同意する。


「ホントだよな…。馬車でいいって言うんなら、俺らだって馬車に乗りたいよ」

「やかましいぞ、お前達」


 本日、マッケネンに代わって騎士代表として行くのはゴアンだった。

 額から汗が湧くように流れているのも嬉しそうに、いきいきしている。毎年、この年末の儀式はゴアンの独壇場らしい。


「歩くのは基本中の基本だぞ。騎士がこれくらいの行軍でへばっていてどうする」

「お言葉ですけど…」


 赤い顔をしながらフレデリクが異を唱える。「それが嫌だから騎士になったんです」


「そりゃ、目論見違いだったな。戦でもないのに、こんな暑さで馬を使えるか。大事な足なんだぞ。それに馬をやられりゃ嫌でも歩くしかないんだ。オラ、とっとと歩け歩け。歩かない限り着かないぞ~」

「あぁ…」


 フレデリクは肩を落としつつ、それでも言われた通り歩くしかない。

 こんな炎天下で、何もないこの道の真ん中で立ち止まったところで、やってくるのは虫ぐらいなものだ。いや、虫だって暑さで茹だってしまうかと思うのか、草の影にじっと身を潜めている…。


 ゴアンがまた先頭に立って行ってしまうと、オヅマはぼやいた。


「あの人、なんであんなに元気なの?」

「ゴアンは昔から夏が好きだからな…」


 教えてくれたのは、そのゴアンの対番(ついばん)|(※基本的に騎士は二人一組)であるサロモンだった。


「地面が揺らいで見えるくらい暑くて暑くて、汗がタラッタラ流れてくるのがたまらなく大好きなんだとさ」

「………ただの異常だろ、それ」

「そんなのと対番の俺に言うのか、お前」


 ゲンナリと恨み言を言うサロモンを見て、オヅマはご愁傷さまと思ったが、言わなかった。

 神事に付き従う騎士は総勢で八人いたが、オヅマとゴアン、その対番のサロモンを除いて後は皆、くじ引きだった。無論、この場合ハズレくじということだ。暑いの大好きゴアンの馬鹿を除いたら、全員がご愁傷さまだ。


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