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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第九章
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第三百九十八話 オリヴェルとテリィ(1)

 レーゲンブルトにおいて、もっとも意外な組み合わせとなったのは、オリヴェルとテリィだった。


 そもそもはテリィが騎士団での訓練を仮病で休み、趣味のピアノを思う存分満喫していたのを、オリヴェルが偶然耳にしたからだ。


「すごいね! こんな上手な演奏、初めて聴いたよ!!」


 オリヴェルの素直な感嘆に、テリィは当然鼻高々となった。


「まぁ、なかなかこんな田舎……いや、レーゲンブルトにピアノを弾きこなすような人は少ないだろうね」

「ハンネさんが弾いてくれて、マリーが教えてほしいって言って、一応教えてはくれているんだけど、ハンネさんも自分が教えるのはよくないって言うんだ。独学だから、ちゃんとピアノを学んだ先生から教わったほうがいいって」

「あぁ……」


 テリィは少しばかり馬鹿にした笑みを浮かべ、肩をすくめた。


「まぁハンネ嬢も、上手に弾きこなしてはおられるけど、確かに指遣いだとかは、色々と無駄な動きが多いね。強く弾くときも、肩が上がって力がきちんと鍵盤に伝わっていない」


 いかにも詳しそうに品評するテリィに、オリヴェルはますます感服したようにため息をついたあとに、


「ねぇ。よければ、また別の曲を弾いてくれる?」


と、期待に満ちた眼差しで頼み込んだ。

 そうなればテリィの独壇場である。ここぞとばかりに腕自慢を披露して、三曲弾き終わったときには、それこそ騎士団での訓練後のように汗をかいていた。


「すごい! 素晴らしい!!」


 オリヴェルはすっかり興奮した。

 いつもマリーやティア、ハンネの弾くようななごやかな曲と違い、テリィの弾いてくれた曲は勇壮で、まるで嵐の中にいるかのような激しさを伴って、オリヴェルの心琴を揺り動かした。だがあまりに熱が入ったせいなのか、立ち上がった途端にふらつく。


「オリー!」


 ちょうどケレナの授業を終え、ピアノの音を聞きつけたマリーらもいたので、すぐさまミーナに知らされ、オリヴェルは部屋に戻された。


「ちょっと! テリィ……だったわよね。あんまりオリーに無茶させないで!」


 オリヴェルが従僕二人に支えられて出て行った後、マリーは残って呆然としていたテリィにビシリと言った。


 実のところ、テリィはテリィで驚いていた。

 紹介される前にオリヴェルが体が弱いとは聞いていたものの、普段の会話や食事においてまったくそれらしい節が見当たらないため、大袈裟なだけだろうと思っていたのだ。

 だがこうして目の前で顔色が急に悪くなって、倒れそうになっていたオリヴェルを見て、それが大袈裟でも嘘でもないと知ったのだった。

 とはいえ、自分を睨みつけてくるそばかす顔の娘に偉そうに言われると、さすがにムッとなってしまう。

 反射的に思い出したのは、エーリクのあの小生意気な妹だ。

 どこの家も妹というのは、こうも生意気なのだろうか。いや、サラ=クリスティア公女様は別として……。


「無茶って……ピアノを聴いていただけで、あんなふうになるなんて誰がわかるんだ」

「あんなガチャガチャとうるさい、怖そうな曲、聴いていたら卒倒しちゃうわ。もっと明るくて穏やかな曲を弾いてくれればいいじゃないの」

「ガチャガチャうるさい……? フン、君は音楽というものの奥行きをわかっていないね。楽しい牧歌的な曲だけが人の心を感動させるわけじゃないんだよ。心震わせる曲というのは……」

「ああ、そんなの知らないわ! 私はともかく嫌い! オリーも興奮してしまうから、やめて頂戴!!」

「なんだい! なにもわかっちゃいないくせに!! これだから田舎娘は無教養なんだ。君の母親は公女様の世話係も申し分ないほど気品があるのに、君ときたら……まったく、母親の資質の半分も受け継いでいないね!」


 マリーは自分でもお転婆であることは自負しており、穏やかで淑やかな母親と比べるべくもないことは自覚していた。それでもヴァルナルも母も、そんな自分が好きだと言ってくれていたので、無理に改めようとも思っていなかったのだが、今こうして目の前で指摘されると、情けなくてしょうがない。

 泣きっ面になったマリーに、テリィはすぐに言い過ぎたと気付いたが遅かった。


「ひどいです、テルン公子。マリーはまだ子供ですよ」


 ひくっとしゃくり上げ始めるマリーを抱き寄せながら、ティアが厳しい目で見つめてくる。公女の鳶色(とびいろ)の瞳に責められると、公爵とアドリアンが思い出されて、テリィはううぅと言葉が出てこない。


「マリー、気にしないで。テリィ……テルン公子は、ああしたことを悪気なく言ってしまうところがおありなんです。まともに受け取らなくていいのですよ」


 カーリンはカーリンで、まったくフォローにもなってないことを言って、マリーを慰めようとする。


 テリィはふと、オヅマの言葉を思い出した。


『いいかぁ。言っとくけど、女連中を怒らせるなよ。この館の女共を敵に回したら、まともな食事にありつけないと思え』


 テリィはさっきかいた汗が冷えていくのを感じた。

 まずい。このまま怒らせたら、今日の晩餐がひよこ豆のスープだけになってしまうかもしれない……。


「わ、悪かった。すみませんっ!」


 テリィは必死に謝ると、その場から逃げるように立ち去った。


 その後、ミーナにオリヴェルの容態について聞いて、面会の許可を得ると、すぐさまオリヴェルの部屋に向かったのだが、そこで今度、感嘆の声を上げたのはテリィだった。


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