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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第二章
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第三十八話 オヅマの憂鬱

 父親―――――。


 オヅマにとって、それは忌避すべき存在だった。

 コスタスにせよ…誰にせよ…()と呼ばれる存在が自分にとって善き者であったためしがない。



 ―――――さすがだ…オヅマ……



 脳裏に見知らぬ男の声が響く。

 途端に頭痛が走り、胸が引き絞られるように痛む。同時に訪れるのは吐き気がしそうなほどの嫌悪感と憎悪だ。


 一体…この声の男は何なのだろう? できれば一生会いたくない…。レーゲンブルト(ここ)にいる限りは安全だろうか。


 暗い顔で階段を下っていると、オリヴェルの夕食の下拵えを終えたミーナが上ってくるところだった。


「あら、オヅマ。若君に会いに来たの?」

「…………」


 声をかけられて、オヅマは憂鬱に母を見つめた。


 薄い金髪に、オヅマと同じ薄紫(ライラック)色の瞳、西方の血を継いだ薄い褐色の肌。

 コスタスと一緒であった頃から、ミーナは村でも美人で通っていた。それは知っていた。そのせいでコスタスがますます傍若無人になり、ミーナに寄ってきた男の中には、足の骨を折られてその後びっこをひく羽目になってしまう者もいた。


 それからはミーナに迂闊に声をかける者はいなかったが、コスタスがいなくなった途端に、村長の息子のように狙う男共は多かったことだろう。

 そのことも含めて、オヅマはあの村を出てこの領主館に来ることを選んだのだが、結局、母の美しさは誰の目にも止まるのだろうか。


 オリヴェル付きの侍女となって以来、それらしい服を着るようになって、いつも身綺麗にしている母は、確かに清楚で美しい部類なのだろう。


 オヅマはミーナの立っている踊り場まで降りてから、目の前の母を見て、ものすごく大きな溜息をついた。

 ミーナが目を丸くする。


「どうしたの? 随分、疲れているみたいね」

「………母さん、一つ訊きたいんだけど」


 オヅマは自分でもこんな質問をするのが嫌だった。しかし、ちゃんと聞いておかないと、この後の自分の気持ちの整理がつかない。


「まさかと思うけど、領主様と結婚する…とか…ないよね?」


 ポカン、とミーナは口を開けたまま言葉を失っていた。目をパチパチと瞬かせた後で、プッと吹いた。


「な…何を言い出すかと思ったら……」


 クスクスと小刻みに肩を震わせて笑う母の姿に、オヅマはようやくホッとなった。


「だ…だよねぇ?」

「当然でしょう? そんなこと有り得ないわよ」


 ミーナはようやく笑いをおさめると、そっとオヅマの頬を両手で包んだ。


「私はここで働けて幸せよ。それで十分。オヅマのお陰ね、ありがとう」


 今更ながらに言われて、オヅマは顔を赤らめた。


「俺も、ここに来てよかったと思ってる。母さんとマリーに…ずっと幸せに生きててほしいから」


 ミーナはいきなり大層なことを言う息子を不思議に思ったが、軽くおでこにキスした。


「おかしなこと言ってないで。そういえば、勉強は進んでいるの?」

「あぁ……もういいや」


 オヅマはあわてて逃げ出した。

 階段をダダッと降りると、残りの五段をぴょんと跳んで、下に着地する。そのまま駆け去ろうとするオヅマにミーナが声を張り上げた。


「オヅマ! たまには一緒に食べましょう。若君も楽しみにしているのよ」

「うーん。また、雨になったらね!」


 雨の日にはさすがに自主訓練もできないので、その時はミーナ達と夕食を食べることもあるのだ。


「待ってるわ」


 ミーナは手を振り返し、跳ねるように走っていく息子を愛しく見つめた。


 まだまだ子供だと思っていたら大人のような素振りをするし、大人だと思っていたら子供のようなことを言う。

 振り子のように行ったり来たりしながら、オヅマは大きくなっていく…。


「そうね。まだまだ子供よね…」


 願いを含んで、ミーナは小さくつぶやいた。

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