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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第七章

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第三百五十六話 サルシムの顛末(2)

「物は言いようですね、サルシム卿。では、その手紙を出したのは誰だとお考えになりますか?」

「……し、知らん」

「知らないとはまた悠長な。知らない相手の言うことを聞いて、公女を誘拐しようとしていたのですか?」

「ち……ちが…」

「あぁ、申し訳ありません。『保護』でしたね。『保護』。便利な言葉だ。しかし(ほどこ)す相手を、最初から下等の存在としか見てないようにも聞こえます。本来、こうした言葉を使える人間は限られているのですよ。あなたごとき()()の身が、安易に使ってよいものではない。……そう思いませんか?」


 見えないからこそ、ヤミの声からひどく殺伐としたものを感じて、サルシムは身を縮こまらせた。


「まぁ、手紙のことは措いておきましょう。いずれわかることです」


 カツ、カツ、と靴音を響かせて、ヤミはゆっくりとサルシムの周囲を歩きながら、チラリと背後を振り返る。そこにはバラーシュ行政長官が一応見分すると言って立っていたが、彼はヤミと目が合った途端、気まずそうに視線をそらせた。階段や柱の陰から、この状況を見物していた役人らも一様に顔を伏せた。

 沈黙に耐えられなかったのは、目隠しをされたサルシムだった。ガチャガチャと手足の鎖を鳴らして、必死に訴えた。


「お、お、俺は……俺は脅迫されてッ! 仕方なかったんだ! あんな娘、俺はずっと、放っておいたのに。あ、あの、手紙……あの手紙を読んでくれ、読めば俺が脅され……」

「うるさい」


 大声でわめき立てるサルシムに、ヤミがビシリと鞭をふるう。続けて何度も無造作に打ち据える。


「なかなか頑丈じゃないですか。ちょっと休憩したら、もうそんなに元気になって」


 ヒッ、ヒッと声をあげてサルシムは痛がっていたが、ややあってから臭気がしたかと思ったら、失禁していた。

 ()部下の醜態にバラーシュ行政長官は渋い顔になり、仕事と言い訳して姿を消した。つられるように様子を窺っていた役人たちも消える。


「……要は」


 それまで気配を消していたエラルドジェイが、暗がりからヌッと姿を現した。


「そのオッサンがティアの家の金を横取りしてて、自分と家族はその金でご機嫌に暮らしてたけど、いきなり妙な手紙が舞い込んできて、悪行の数々をバラされたくなかったら、言うこときいて、ティアを連れてこいと脅迫されたわけだ」

「そうだな。それは事実だ」

「じゃ、俺はそれをオヅマに伝えりゃいいよな」


 軽く言って去って行こうとするエラルドジェイを、ヤミは残念そうに引き留める。


「おいおい。これからが本番だぞ。その妙な手紙を寄越したのが誰なのか、知りたくないのか?」

「興味ねぇよ、そんなもん」

「オヅマ公子は興味を持つやもしれんぞ」

「あいつには今の話だけしておけば、あとはどうにかするさ。ともかく俺はとっととここから出たいんだよ。臭ェし、飽きたし。どうせこれからお前がすることなんて、意味ないんだからな」

「意味が、ない?」


 ヤミの声がひんやりとした冷気をまとう。「どういう意味だ?」

 そこはかとない怒気を滲ませるヤミに、エラルドジェイも冷たい眼差しで応えた。


「どうせこれからは、お前が()()()()()()を、()()()()()()なんだろ。ただの自慰じゃねぇか。そんなもん、見たくもねぇよ」


 エラルドジェイが吐き捨てるように言うと、無表情にヤミが鞭を振るう。さっきまでエラルドジェイの立っていた場所を、鞭が鋭く(くう)を切った。狙っていた男はいつの間にか階段へと移動している。

 エラルドジェイは崩れかかった頭の巻き布を押さえながら、数段上がったところでサルシムに声をかけた。


「おい、オッサン。あんたしっかり拳を握りしめてろよ。コイツ、指の骨折るのから始めるから」

「なっ、なにッ!?」


 サルシムの声が恐怖でひっくり返る。

 エラルドジェイはそのまま階段を駆け上っていった。

 牢屋に残されたのはヤミとサルシムだけ。


「さて……フィリーからのご要望もあったことだし」


 ヤミはニィィと口を歪めて、世にも恐ろしい微笑を浮かべる。

 サルシムはその顔を見ていなかったが、ゾクリと身を震わせた。


「た、た、たた……助け……」


 必死に助命を乞う姿に、ヤミは優しく耳元で囁いた。


「もちろん。私はあなたを助けたいと思っておりますよ、サルシム卿」


 言い終えると同時に、靴底に鉄板を入れた特注の靴が、サルシムの左足を踏みつけた。

 サルシムの絶叫が響く。

 サルシムの左足の指の骨がすべて折れたことを確認してから、ヤミはゆっくりと靴をあげた。

 あまりの痛みにサルシムは声も出ず、折れた指を触りたくとも鎖に繋がれた手は届かない。

 ほとんど鎖に吊られるように立っているサルシムに、ヤミは静かに尋ねた。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか。先程、あなたは『脅迫』されていたと仰言(おっしゃ)ってましたね。教えてください。あなたを脅迫したのは誰です?」

「し…知らな……わから……ない。許して、くれ……」


 サルシムは泣きながら、(よだれ)を垂らしながら、全身から噴き出る冷や汗に凍えながら、必死に訴えた。

 だがヤミは急に「あぁ、私としたことが!」と、芝居がかった手振りで叫んだ。


「すみません。聞き間違えましたね。尋問は正確にしないと。では、もう一度、最初から」


 言うなり、今度はサルシムの右足の親指を踏みつける。足先で踏んでいるだけなのに、万力(まんりき)で挟まれたかのように、びくとも動かない。

 ベキリとくぐもった音が響いて、サルシムは悲鳴を上げた。

 ヤミは「さて」と、靴を床にこすりつけるようにして、サルシムの足から離す。

 サルシムは声を上げたかったが、何度も悲鳴を上げたせいで喉が切れたのか、ヒューヒューと(かす)れた呼吸音が漏れただけだった。


 ヤミはにっこりと微笑み、サルシムの耳元に口を寄せて、低く尋ねた。


「では、サルシム卿。横領を繰り返すあなたを()()して、金を渡すよう()()してきたのは誰です?」

「………………は?」


 サルシムは気息奄々(きそくえんえん)となりながら、かろうじて残った意識下で聞き返した。

 かすかにため息が聞こえると、いきなり目隠しを取られる。

 薄暗い牢屋の中だったが、急に光が戻ってサルシムは目を(すが)めながら、ヤミを見上げた。


「ゆっくり()()()()()()()()()よろしいですよ。ひとまず()()()()は終了したことだし、場所を変えましょうか。公爵邸の方がふんだんに道具もありますし。()()()が来るまで、じっくり考えていただきましょう」

「………………」


 サルシムはカチカチと歯の根が震えるのを止められなかった。

 美しい顔だった。

 銀の髪は暗い牢屋の中で、星屑を(まと)ったかのように(きら)めいていた。それなのに自分に向かって微笑みかける彼に、サルシムは恐怖しか感じなかった。ここに来る前にも見た、酷薄で獰猛な瞳……。

 この一瞬、サルシムは自分がこの世ではないどこかに()ちたのだと思った。

 目の前で微笑んでいるのは正義の女神(セトゥルエンケ)が遣わした審問の使徒(ゴルス)で、彼を満足させる答えを出さない限り、この苦痛が終わることはないのだ。……


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