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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第二章

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第三十四話 ヴァルナルからの書簡

 帝都到着後、荷解きする間もなく早々にヴァルナルがミーナに書き送った手紙。


『緑清の月 十八日


 (さや)けき風に揺れる緑の美しき時候、手翰(しゅかん)にて申し上げる。


 本日、帝都に到着した。

 やはり、この時期は各地諸侯が帝都に一気に押し寄せるため、北大門(サザロニアーザ)(*帝都に入るために必ず通る門)を通るのもひどく難儀であった。通常は閉鎖されている東大門(セトゥルニアーザ)まで開けても、長い列が三日は続いていた。


 帝都は既に夏である。

 神殿では新年を迎える準備が進められ、神女姫(みこひめ)様による祈祷は毎夜続いていると聞く。来年の暦譜(カレンダー)も布告され、町のあちこちで(にわか)暦屋(こよみや)が騒々しく売っている。

 来年の遠陽(とおび)の月は一日少ないようだ。


 皇帝陛下はやはり春先に亡くなられたシェルヴェステル皇太子殿下のことで、かなり気を落とされているようだ。

 公爵様は非常に信任も厚く、帝都到着を知らせるなり呼び出された。僭越ながら私もまた拝謁させて頂く栄誉に預かった。

 その際に新たに皇太子となられたアレクサンテリ殿下にも拝謁したが、まさしく先祖返りと噂されていた通りの、かのエドヴァルド大帝の容貌を備えた御方であった。


 まだ九つであらせられるので、子供らしい稚気はお持ちであるが、皇帝となるに相応しい思慮に富んだ、かつ器量の大きな方であるようにお見受けした。


 公爵の息子であられるアドリアン小公爵は、ご幼少のみぎりよりアレクサンテリ皇太子と親しくされておられる。いずれ帝都にて勉学に励まれる年齢となれば、ご学友として近く侍ることを約束されたようだ。


 アドリアン小公爵は非常に忍耐強く心根の真っ直ぐな方であられる。

 必ず皇太子殿下のお力になると思う。ただ、子供らしい我儘を言うこともないのが、少々不憫である。

 小公爵にオリヴェルにとってのオヅマのような友が出来れば有難いのだが。


 こうして書いている間に、また雨が降り始めた。

 今年は雨季節が早くやってきているようだ。一昨日まで、連続で三日近く降っていた。遅くに出発した者達は、テュルリー川の増水で足止めされているらしい。


 健やかに過ごされていることを祈る。


 年神様(リャーディア)の加護のあらんことを。 ヴァルナル・クランツ』



 ヴァルナルはこの手紙に封をして後は伝令に預けるだけという状態だったのだが、実家にしばらく帰省する旨の挨拶に来たカールは何気なく言った。


「ミーナ殿にまた手紙ですか? 日報のような味気ない手紙ばかり送らずに、たまには一緒にプレゼントでも贈られてはいかがです? せっかく帝都に来たのですし…」


 そのままカールは言い捨てて休暇に入ってしまったので、ヴァルナルはプレゼントなどという慣れぬ買い物をする羽目になってしまった。


 この時、ヴァルナルにとって不運だったのが、既に書いた手紙は封をしてあり、この贈り物が()()()()()()()()を明記できなかったことだ。

 プレゼントなんてものを贈ることに慣れておらず、メッセージカードを同封するという機転をはたらかせることもできなかった。


 とはいえ、自分宛ての手紙と一緒に贈り物が届けば、それは普通自分へのものだと思うのだろうが、そこは良くも悪くもミーナが相手であった。


 このことで帝都とレーゲンブルトをはさんで一騒動持ち上がるのだが、それについてはまた次回。


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