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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第七章

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第三百五十二話 ヤミに託した手紙

 少しだけ時間は戻って、オヅマらがレーゲンブルトに向かう直前。


 オヅマがティアと一緒に早朝の人気(ひとけ)の少ない道を歩いていると、黒角馬(くろつのうま)に騎乗したヤミ・トゥリトゥデスとばったり行き合った。


「おや……これはこれは。お二人で、ご旅行ですか?」


 旅装姿のティアと、大きな布袋(ぬのぶくろ)を肩に(かつ)いだオヅマの姿は、さすがにそこらでの買い物だとは言いにくかった。しかもまだ(いち)も開かれていない時間帯だ。


「レーゲンブルトにティアを連れていく」


 堂々と隠すことなく言うと、ヤミはかすかに眉を動かした。


「ほぉ、それはまた。家令殿(かれいどの)からそのような指示があったのですか?」

「そんなわけねーだろ。まだ、向こうからはなしのつぶてだよ。俺がレーゲンブルトに行かないといけなくなったから、ティアも連れて行くことにしたんだ」

成程(なるほど)……」


 ヤミはチラリとティアを見てから、ニヤリと笑った。


「さぞかし、あの小役人はあわてることでしょうね」

「知るか。だいたいアイツ、なんか信用できないんだよ。ティアの様子も見に来ないし、ちゃんとルンビックの爺さんに報告したのかも怪しいし。―― で、ヤミ卿は? もしかして帝都に戻るのか?」


 オヅマはヤミの姿を見て尋ねた。

 それこそ前回に見たときのラフな格好と違い、きちんとグレヴィリウス家の騎士服に身を包み、黒角馬にも荷が下げられている。こちらもそうだが、ヤミもこれから旅に出ていくような身なりだ。


「えぇ、まぁ……一応」


 少し警戒をにじませながらヤミが返答すると、オヅマは「そりゃ都合がいい」とつぶやきながら、ゴソゴソとベルトに挟んでおいた手紙の入った筒を取り出した。


「じゃあ、これ、ルンビックの爺さんに届けてもらえないか? どうせそろそろあっちも帝都を出発()つ頃だろうから、途中で渡してもらってもいいし」


 ヤミはオヅマの差し出した手紙をすぐに受け取ろうとはしなかった。じっと見てから問いかける。


「……その役目を私が負う理由がありますか?」

「もちろん、あるだろ。ヤミ卿はグレヴィリウスの騎士で、ティアはグレヴィリウスの子だ。公女の居場所について家令に知らせることは、配下の騎士としては当然で、重要な任務だろ」


 ヤミは(しか)めっ面になったものの、最終的にはオヅマの手紙を受け取った。ふん、と面白くなさそうに鼻をならしてから、またいつもの薄笑いを浮かべる。


「私がこの手紙を家令殿に渡さなかったら、どうします?」

「単なる職務怠慢だろ。あんたが手紙を渡さなくたって、遅かれ早かれ、ティアのことはルンビックの爺さんに伝わるよ。帝都からアドル達が戻ってきたら、俺もアールリンデンに帰るからな。そのときに言うだけのことさ」

「さぞ叱責(しっせき)されることでしょうね」

「だから?」


 オヅマがあえてふてぶてしく答えると、ヤミはククッと声に出して笑ってから快諾(かいだく)した。


「いいでしょう。この手紙は確かに家令殿にお渡ししますよ。オヅマ公子(こうし)



***



 そのオヅマからの手紙を帝都で受け取ったルンビックは困惑した。

 十日以上前にアベニウス母娘(おやこ )の監視員であるサルシムから定期報告書が届き、そこにはペトラの死亡についてなど一言も触れられていなかったからだ。

 いつもとほぼ変わらず……多少の違いがあるとすれば、またペトラの酒量が増えてきて、医者に(かか)ることが頻繁であるということくらいで、その娘のサラ=クリスティアについては、前回と全く同じ文面だった。

 (いわ)く「特に問題なく、暮らしている模様」。


 だが一方、オヅマからの手紙にはペトラの死亡と、サラ=クリスティアを連れてレーゲンブルトに向かうことが書かれている。


 ルンビックは思案の後、公爵の懐刀(ふところがたな)であるところの騎士団団長代理、ルーカス・ベントソン卿に相談した。

 というのも数日前にルーカスがやってきて、アベニウス母娘(おやこ)について、何か変わったことはなかったかと、聞いてきたからだ。ルンビックがサルシムから送られてきた報告書を見せると、ルーカスはざっと読み、「特に変わりありませんな」とだけ言って、わざわざやって来た詳細については語らなかった。


 ルンビックの要請で再び現れたルーカスは、オヅマからの手紙を読んでまず一言。


「オヅマも隅に置けませんな」


 ルンビックは眉を寄せつつも、公爵の右腕であるルーカスのこうした性格については熟知していたので、今更声を荒げることはしなかった。


「オヅマがサラ=クリスティア嬢と出会ったことについてはさておき、今はペトラが死んだという事実についてだ。ベントソン卿の見解を伺ってもよいかな?」


 ルーカスはクスリと笑った。


「その前にはっきりさせておきましょう。家令殿はオヅマが嘘をついているとお考えか? それともサルシム行政官か?」

「そのようなこと……聞くまでもない。嘘をついておるのはサルシムであろう」

「偶然ですな。私もそう思います」

「白々しいことを申すな。オヅマが……あの筆無精がわざわざ(わし)あてに嘘の手紙など書いて寄越すものか。筆跡も見たが、オヅマの字に相違ない。それに貴殿がこの前に来たときに、アベニウス母娘(おやこ)のことを尋ねたろう? もうその時には知っておったのではないのか?」


 ルーカスは黙したまま、ニンマリと微笑する。

 ルンビックは軽く首を振った。

 おそらく彼独自のルートで、ペトラ死亡の情報を手に入れたのだろう。どのように手に入れたのかなどと、ルンビックは尋ねる気はなかった。そうしたことは互いに触れずにおくものだ。


 一方、ルーカスは微笑の裏でめまぐるしく思考していた。


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