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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第七章

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第三百五十話 オヅマと三人娘(1)

 初めて会った日にはぎこちなかったティアとカーリンも、マリーの奔放さに巻き込まれるように日々を送る中で、徐々に堅苦しさはなくなっていった。

 マリーは思っていた以上に、この二人の来訪を心待ちにしていたらしい。同年代の女友達がいなかったので、嬉しくてたまらぬようだった。


 ただ、そうなると面白くないのが、一人。


「……オリー、仕方ないだろ。女は女同士で集まりがちになるもんさ」


 オヅマがなだめると、オリヴェルはムスッとした顔のまま、絵を描く手を止めて言った。


「別に……怒ってるわけじゃないよ」

「いや、怒ってるよ、お前。わかりやすく」


 オヅマの指摘に、オリヴェルは少しだけ気恥ずかしそうにもしたが、それでも納得しかねる様子だ。


「……マリーだけじゃないよ。ミーナ…母様だって、ハンネさんとミドヴォア先生が連れて行っちゃうし。この前なんて女たちばっかで、みんなしてフェン(*紫蘇の一種)の葉をむしる作業とかしだしてさ。去年は僕だって一緒にやってたのに!」

「なんだよ。やりたかったなら、行けばよかったじゃんか」


 オヅマは言いながら、何が羨ましいのかと思う。フェンの葉をむしったあとには、しばらく手がくさいのに。

 オリヴェルはますますいきりたった。


「冗談だろ! 母様たちだけじゃないんだぞ? マリー達も、そこにソニヤとヘルカ婆も、ナンヌとタイミまで一緒なんだぞ?」

「うっへぇ。そりゃ、また。呼ばれても行きたくないな」


 オヅマは身を震わせて、首を振った。女が三人寄っただけでも、かしましいことこの上もないのに、それが十人ともなれば……。下手に一言でも口きこうものなら、百倍の勢いでやり込められそうだ。

 いつだったか、ヘルカ婆と娘のソニヤにやんやと文句を言われて、じっと黙ってやり過ごしていたパウル爺に、オヅマは訊いたことがある。なんで言い返さないのか、と。するとパウル爺は、深い深いため息のあとに言った。


「嵐にたてつく人間はおらん……過ぎ去るのを待つだけじゃ」


 パウル爺ほどの人生経験を積んではいないオヅマでも、とどまることを知らない女のおしゃべり集団を前にすると、似た気持ちになる。なんというか、もう手も足も出ないし、出したくない。


 まだ子供のマリー達三人であったとしても大変なのだ。

 オヅマもつい最近経験したばかりだった。発端となったのは、元近侍であったキャレ改めカーリンの発言だ。……


***


「あの、オヅマ……さん。前に気になったことがあるんですが」

「うん? なんだ?」

「あの……オヅマさんの部屋って、小公爵様の隣でしたよね。私、一度だけ小公爵様の衣装部屋に入らせていただいたことがあるんですが、そのときに小さなドアがあったんです。あのドアの先って、もしかしてオヅマさんの部屋ですか?」


 アドリアンの寝室から続く衣装部屋に入ったことのあるカーリンは、そこで小さなドアを見たことがあった。後で考えてみると、その先にあるのは隣のオヅマの部屋しかない。


「あぁ、あれな。うん、一応何かあったとき用。もしアドルの寝室に悪い奴が来ても、すぐに対応できるように……ってことらしいぜ」

「そうなんですね……」


 カーリンはようやくあの小さいドアの謎を解決したものの、どこか浮かない顔だった。

 アドリアンの部屋は、オヅマとエーリクの部屋に挟まれた真ん中にある。寝室と次の間と呼ばれる日常生活を送る空間に分かれており、オヅマの部屋は寝室側、エーリクの部屋は次の間側に配置されている。

 普段、近侍たちが入るのは次の間までで、カーリンも何度となく行ったことがあったが、隣のエーリクの部屋に通じるような扉はなかった。他の近侍たちの部屋も廊下を挟んでいるので、なにかあっても、アドリアンの部屋に入るには廊下側のドアから入るしかない。

 つまり、オヅマだけが廊下に出ることもなく、直接アドリアンの寝室に行ける。

 それだけアドリアンがオヅマを信頼し、同時に家令を始めとした公爵家の管理者からも認められているということだ。


「小公爵様は、本当にオヅマ公子のことを信頼されているんですね……」


 どこか沈んだ口調でカーリンが言うと、ティアもまた少しさみしそうにつぶやく。


「仲がいいんですね……お二人は」


 奇妙な沈黙が流れて、オヅマが困惑していると、マリーがいきなり叫んだ。


「ちょっと、お兄ちゃん! ずるいわよ、それ」

「は?」

「どうしてお兄ちゃんの部屋だけ、アドルの部屋にすぐに行けるようになってるのよ!」

「だから、なんかあったときの為だって」

「そんなのずるい。内緒で二人で夜更かしして遊べるじゃないの」

「お前なぁ……そんな暇あるか。こっちはあの部屋に戻ったら、ほとんど寝るだけだ」

「だったら何かあったときも寝てるじゃないの」

「そん時は起きるに決まってるだろ!」


 ギャーギャーと怒鳴り合う兄妹を、カーリンとティアはぼんやり見ていた。

 口達者な二人の兄妹ケンカはリズムよく響き、明るく滑稽で、思わず聞き入ってしまう。止めるべきなのかどうかもわからない。


「そういえばアドルが朝駆けの日は、お兄ちゃんに叩き起こされるから、心臓に悪いって言ってたけど、それってその扉から入って行ってるんでしょ?」

「なんでそんなこと、お前が知ってるんだよ」

「だって、アドルから手紙が来てたもん。朝駆けに行くのはいいけど、いきなり布団を剥がされて、大声で怒鳴られて起こされるから、心臓が縮み上がりそうになるって」

「それはあいつの寝起きがどうしようもなく悪いからだろ! 朝駆けに一緒に行きたいから起こせって頼んできたのはあっちだぞ! 俺だってそんな余計な用事、増やしたくもねぇよ!」

「だったらカーリンに頼めばいいじゃないの。カーリンだったら、そんな乱暴な起こし方しないわよ! ねぇ、カーリン?」


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