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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第七章

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第三百四十八話 いざ、レーゲンブルトへ!

 おそらくお下がりであろう、子供にはやや大きめのボンネットを被り、女の子は不安そうにオヅマの斜め後ろに立っている。左手には小さな鞄を持ち、右手はしっかりとオヅマの手を掴んでいた。

 ボンネットから長く垂れた髪が、ふわりと風に揺れるのを見た途端、ハンネが駆け寄って声を上げた。


「あらぁ、可愛い子! 鴇色(ときいろ)の髪なんて、リーディエ様と同じだわ。お嬢ちゃん、お名前は?」

「あ……あ、あの……」


 戸惑ってオヅマの背に隠れようとする女の子に、オヅマがやさしく声をかけた。


「一応、旅の道連れだからな。ちゃんと挨拶しろよ」

「うわー、やさしーのー」


 ハンネがからかうと、オヅマはムッとしたように女の子を前へと(うなが)し、手を離した。

 女の子はおずおずとハンネらの前に立つと、ギュッと胸元のリボンを握りしめ、はっきりと名乗った。


「サラ=クリスティア・アベニウスです」

「サラ=クリスティア……アベニウス?」


 聞き返してハンネは首をひねる。「なんか、どこかで聞いた気がするんだけど……」


 いち早く、少女の正体に思い至ったのはマッケネンだった。まじまじとティアを見た後、ゆっくりと顔を強張らせながらオヅマに尋ねた。


「お、お前……まさかと思うが、その子……」

「あぁ。アドルの妹だよ。母親は違うみたいだけど」


 ハンネはあっと息を呑み、マッケネンは天を仰いだ。少し離れた場所から見ていたカーリンもあんぐりと口を開ける。


「おい……おいおい……ちょっと待て。ちょっと待て」


 マッケネンは眩暈(めまい)がしそうになって、(ひたい)を押さえる。やや乱暴にオヅマの肩を掴むと、無理矢理ティアに背を向け、小声でわめき立てた。


「おい! どういうつもりだ?! こんな……なんだって、お前がアベニウスの娘と知り合いなんだ!?」

「まぁ、そこは追々話すからさ。とりあえず出発しようよ。早くしないと朝市の荷車で混むぜ」

「そういうわけにいくか。家令殿の許可は? もしかしてベントソン卿からの指示とか、そういうことか?」

「違うけど、大丈夫だろ。どうせこれまで放ったらかしてたんだし」


 オヅマがムッとしたようにつぶやくと、マッケネンはハーッと息を吐いてから諭した。


「お前な……アベニウス夫人は罪人なんだぞ……」

「知ってるよ。でも、あのおばさんなら、もう死んじまったし。ティアに罪はない。だろ?」

「……そうは言っても」

「責任者みたいなオッサンがいるにはいるけど、アテにならないんだよ。たった一人の身寄り亡くしてティアは一人っきりだってのに、指示がないと動けないとかなんとか言ってさー。様子も見に来やしねぇ。心配しなくても、一応手紙書いて、ルンビックの爺さんに届けてくれるように頼んである。まぁ、事後承諾になっちまうけど……仕方ないだろ」

「うーん……」


 マッケネンはうなりながら、背後で不安げに佇んでいる少女を見た。

 フワリとゆるやかにうねる薄いピンクの髪に、かつて一度だけ見たことのある公爵夫人の肖像画が思い浮かぶ。だが今、オヅマを見つめるその瞳は、父や兄と同じ(とび)色であった。紛れもないグレヴィリウスの血が、目の前の少女にも受け継がれている。


 結局、マッケネンはオヅマの選択に同意した。

 まるでたった一つの頼みの綱であるかのように、少女はオヅマを見つめている。この二人を引き離すのは、さすがに酷だ。オヅマも残してはいけないと考えたからこそ、連れて行くと決めたのだろう。


 マッケネンの了承を得ると、オヅマはカーリンにもティアを紹介した。


「おう、キャレ。じゃないな、えーとカーリンだったっけ? この子、アドルの妹な」

「あ……はぁ……」


 カーリンは曖昧に返事した。何を言えばいいのか、わからなかった。 

 目の前でおずおずと自己紹介するティアを呆然と見つめる。

 前に一度だけアドリアンが言っていた「会ったことのない妹」。

 公爵邸から母子共に追放されたとはいえ、歴とした公爵家の姫君である。ようやくそのことに気付くと、カーリンはあわてて頭を下げた。


「いえ、あの私は……そんな頭を下げられるような、そんな……そんな人間じゃないですから」


 カーリンは畏れ多くて、ひたすら恐縮したが、ティアは初めて会ったカーリンの事情など知らない。小首をかしげるティアに、オヅマがまた屈託なくカーリンの紹介をする。


「あ、ティア。こいつ……って言ったら駄目なんだった。えーと、なんだ……この…子は、カーリン・オルグレン。元々はキャレって名前で、俺と同じ近侍だったんだけどさ、女だってのがバレて、大目玉くらって追い出されたんだと」

「……え……あ、は、はい」


 ティアは一応返事したものの、オヅマがさらりと語った内容が突飛すぎて、すぐに頭に入ってこなかった。

 背後でマッケネンが大きなため息をついた一方で、大笑いしたのはハンネ・ベントソンだった。


「まぁまぁ、まったく。オヅマにかかったら、お家の一大事も巷談(こうだん)弁士(べんし)辻話(つじばなし)になってしまうわね」


 巷談弁士というのは、最近になって帝都に現れ始めた辻芸人の一種だ。

 名前通り、ちまたで噂となった事件や、時には貴族間の権力闘争まで面白おかしく、巧みな(たと)えを交えて人々の前で披露する。

 今までにもこうした風聞を詩に混ぜて各地を歌い歩く吟遊詩人などはいたが、彼らの多くが悲劇的で、叙情味あふれるものであるのに対し、巷談弁士の語りは軽妙、滑稽味がウリとされた。

 というのは……さておき。


「ねぇ、カーリン嬢。深刻に考えるのが馬鹿らしくなってこない?」


 ハンネはずっと暗い顔のままのカーリンに声をかける。

 カーリンはそれでもそう簡単に切り替えることなどできなかったが、あまりにもカラリと受け流すオヅマの態度に救われたのは間違いなかった。ようやく少しだけ笑みを浮かべ、チラリとティアを見る。

 ティアもまたオヅマの明るさに救われているのであろう。ニコニコと笑っていた。その笑顔にアドリアンの面影を見出(みいだ)して、カーリンはティアに少しだけ親近感が湧いた。


 少女二人に笑顔が戻ると、ハンネはまとめるようにパンパンと手を打った。


「さぁさ。尽きないおしゃべりは馬車の中でするとして。とりあえず出発しましょう。いざ、レーゲンブルトへ!」


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― 新着の感想 ―
大丈夫なのかなぁ、ほんとに…… それにしても追い出されたもの同士というのは確かに合ってる……
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