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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第七章

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第三百四十六話 カーリンとオヅマ(1)

 ペトラの突然の死から十日が経った頃、思わぬ客がアールリンデンにやって来た。


「久しぶりだな、オヅマ」


 レオシュと一緒に、ティアのところに食料を持って行く途中で声をかけてきたのは、マッケネンだった。


「え…マッケネン…さん……?」


 まさか帝都にいるとばかり思っていたマッケネンの登場に、オヅマは驚きを通り越して白昼夢でも見ているのかと思った。ボーッと見上げていると、マッケネンがいきなり頬っぺたをつねってくる。


「い……イテテテ、テテッ! 痛ェッ! 痛ってェてのッ!!」


 オヅマが情けなくわめくと、マッケネンはカラカラ笑って手を離した。


「ハハッ! 驚いた白狸の子みたいな顔するからだ」

「なんだよ、それ……」


 オヅマは頬を撫でさすっていたが、ハッと横から自分を見るレオシュに気付くと、すぐに手を下ろした。


「あ、レオシュ。この人、俺と同じレーゲンブルトの騎士だよ。優しい顔してっけど、けっこう言いたいこと言うし、稽古に関しちゃ鬼みたいな人だ」

「お前に言いたいこと言うとか言われたくないんだけどな……レオシュっていうのか。オヅマが世話になってるみたいだな。よろしくな」


 マッケネンが朗らかに声をかけると、レオシュは戸惑いつつもペコリと頭を下げた。固くなるレオシュを見て、オヅマがククッと笑う。


「緊張しちゃってるよ、コイツ」

「う、うるさいな」


 レオシュは少し頬を赤らめたが、マッケネンの前であるので、すぐに口を噤んだ。

 本来ならば、自分のような身分の人間が、オヅマという貴族の息子相手に対等の口をきくなんてことはあり得ない。下手をすれば、貴族への侮辱罪で問答無用で牢屋に叩き込まれてもおかしくないのだ。

 だがもちろん、マッケネンがレオシュの口の利き方を(とが)めることはなかった。むしろ、負けん気の強い、やや意地っ張りの弟分と友達になってくれていることが、有難いくらいだ。


「お前たち、どこかに行くのか?」


 マッケネンの問いに、オヅマは少しだけ目を泳がせた。


「あーあの……まぁ、ちょっと。マッケネンさんは? どうしてまた今頃……もしかして、もう帰ってきたのか?」

「まさか。今回は、ちょっと……まぁ護衛と説明係みたいなもんだ」

「護衛? 説明係?」


 マッケネンはそれ以上は言わず、チラとレオシュを見た。


「すまないが、ちょっとオヅマに用があるんだ。いいか?」


 レオシュは素直に頷くと、オヅマに言った。


「ティアに持ってくだけだから、俺一人でも大丈夫だ」

「あ……うん。じゃあ、頼まぁ」

「おう。じゃあな」


 レオシュは邪魔をしないようにと、さっさと走っていった。

 マッケネンが去って行くレオシュを見ながら、オヅマに問いかける。


「あの子……孤児だろ?」

「えっ? そうだけど……」

「やっぱりな」

「なんでわかったんだ?」

「なんとなく…な。俺も親を亡くして、一時的に孤児院にいたことがあるから……わかるんだ。あの目……」


 マッケネンは言いかけて、ゆっくりと口を閉じる。雑踏に去ったレオシュを見送って、くるりとオヅマに向き直った。


「悪いが、ちょっとついてきてもらっていいか? そう遠くない」

「あぁ。もちろん」


 オヅマは即答して、マッケネンの後に従った。

 中心街からは少し離れた、小さな宿屋の二階。そこでオヅマを待っていたのは、キャレによく似たルビー色の髪の娘と、ルーカスの妹であるハンネ・ベントソンだった。



***



「……ん?」


 オヅマが部屋に入ったとき、椅子に座っている二人の令嬢のうち、一人についてはすぐにわかった。公爵邸内にあるルーカスの私室を訪ねたときに、何度か会ったことがあり、ルーカスからも「妹だ」と紹介されていたからだ。


「久しぶりね、オヅマ。また大きくなったんじゃない?」


 ハンネは相変わらずだった。いつも会うたびに同じことを言っては、オヅマの頭をくしゃくしゃと撫でる。


「やめろって。なんで? なんで、ハンネさんがここに?」

「私は、まぁ一応、付き添いよ。名分としては」

「名分?」


 オヅマは聞き返しながら、ハンネの隣に座っている赤い髪の令嬢を見やる。

 ニンマリとハンネが笑った。


「どうしたのー? オヅマ」

「あ、いや……なんか知り合いに似てて」

「あらー? どの知り合い?」

「近侍のキャレ・オルグレンっていう……」


 途端にパチパチとハンネが拍手する。

 オヅマはきょとんとして、ハンネとそこに座ったルビー色の髪の娘を交互に見た。


「え? なに? え……まさか」

「そのまさかよ。はい、じゃ一応ご挨拶しましょうか。カーリン」


 ハンネが声をかけると、カーリンはおずおずと立ち上がって、どこか決まり悪そうに自己紹介をした。


「その……お久しぶりです。オヅマ……公子。私は、あの……カーリン・オルグレンです」

「カーリン?」

「ごめんなさい!」


 カーリンはいきなり叫ぶように謝って、深々と頭を下げてくる。

 オヅマは狐につままれたように、ボケっとなった。

 ハンネが扉脇に立って様子を見ていたマッケネンに声をかける。


「どうやら説明が必要なようよ、説明係さん」

「承知しました。さ、そろそろいいか? オヅマ」


 マッケネンに声をかけられ、オヅマは困惑した。


「どういうことなんだよ?」

「だから、それを今から説明するんだ。ま、ともかく座ろうか。ハンネ嬢とカーリン嬢も」


 マッケネンはオヅマの肩を押すようにして椅子に座らせると、ここに来た経緯を話し始めた。

 すべてを聞き終わったとき、オヅマはしばらく自分の中で、この異常事態を反芻した。つまりは女のカーリンが男のキャレだと偽っていた……ということだ。

 ムゥと眉間に皺を寄せて腕を組み、ジロリとカーリンを睨みつける。


「…………で、お前、今まで騙してたわけ? 俺らを?」


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