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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第七章

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第三百四十五話 葬儀のあとで(3)

 それから半刻ほどして、エラルドジェイがやって来た。

 とてつもない仏頂面で。


「……お前、あの野郎に俺を売ったな?」


 入ってくるなり、エラルドジェイがぼそりと言う。

 オヅマは訳がわからなかった。


「は? なにが?」

「アイツとは関わるなって言ったろ? なんで、あの野郎に頼み事とかするんだよ」

「頼み事って……あんたを探して連れてきてくれって言っただけで」

「俺は、アイツに会うのも嫌なの! なに会うきっかけ作ってくれてんだッ」


 オヅマは眉を寄せてエラルドジェイをまじまじと見てから、肩をすくめた。怒ってはいるが、本気じゃない。多少、気分を害したようではあるが。


「ごめんごめん。緊急事態でさ。ちょっと頼みたいことがあって」

「……っとに、あの野郎に使いをやらせるなんて、お前どこまで豪胆なんだ。あとで、どんな要求してくるか知らんぜ」

「うん。そん時ゃよろしく」

「恐ろしいこと言うなーッ!」


 エラルドジェイは叫んだが、オヅマは無視して話を続けた。


「ジェイ、あのさ、急で悪いんだけど、しばらくこの家でティアの護衛をしてもらいたいんだ」

「は?」

「今日、ティアのお母さんが亡くなったんだ。だからティアを一人っきりにするわけにもいかないだろ?」

「え!?」


 エラルドジェイはさすがに驚き、ティアを見つめる。

 突然のエラルドジェイの来訪と、そこから続く意味不明な会話に呆気にとられていたティアは、あわてて頭を下げた。


「ごめんなさい、ジェイさん。あの……無理しなくていいです。私は一人でも……ちゃんと戸締まりはしっかりするようにしますから」

「いやいやいや。戸締まりったって、この家じゃ……」


 言いかけてエラルドジェイは口を(つぐ)むと、ニコッと愛嬌のある笑みを浮かべた。ティアの目線に合わせるようにしゃがみこんで尋ねる。


「俺はティアの護衛なら、喜んでやるよ。ティアはどうだい? こんなおっさんと一緒に家にいるのは御免被りたいか?」


 ティアはぷるぷると頭を振った。


「そんなこと思いません。でも……いいんですか?」

「ぜーんぜんッ! 暇、ヒマ~。どうせ飲んで騒いでるだけで」

「でも…でも、エッダさんが、ジェイさんは夜になったら忙しい、って言ってましたよ」


 ティアが申し訳なさそうに言うと、エラルドジェイはきまり悪そうに頭を掻く。

 オヅマは白い目になって、軽くため息をついた。


「……誰に何を言わせてんだか」

「いや、違う違う。誤解だって! 一応、仕事もあるんだって」

()、ね。一応、ね」


 あきれたように言って、またため息をつく。どうせまた、あちこち娼家(しょうか)なり女の家なりを、渡り歩いているのだ。

 エラルドジェイは真っ向否定することもできず、逆に怒りだした。


「こンのクソガキ! 人にもの頼むなら、ちょっとはヘコヘコしろ」

「それとこれは別。じゃ、俺はまた明日来るから……ティア、今日はちゃんと食って寝ろよ。食い物はあるよな?」

「あ、はい。それは大丈夫です」

「よし」


 オヅマは頷くと、エラルドジェイに目配せして、ポーチまで誘った。


「なんだ? まだなんかあるのか?」


 玄関扉にもたれながら、エラルドジェイが尋ねてくる。広がった袖がゆらゆらと動いているのは、おそらく中でまたゴリゴリと胡桃(くるみ)を回しているからだろう。


「もう知ってるかもしれないけど、ティアさ、実は公爵の娘なんだ」

「は?」

「知らなかったか? ラオのオッサンは知ってたみたいだけど……」


 エラルドジェイは首をひねった。


「言ってたかもしれんけど……俺、ラオの言うことはけっこう筒抜けで聞いてるからな」

「……まぁ、そんなわけだから。とりあえず一ヶ月ほど、帝都からの連絡が来るまで、夜だけでもいてやってほしいんだ。朝にはティアはエッダさんのところに行くだろうし」


 生活費のほとんどが、母親の酒や煙草などの嗜好品、高価な食品、ドレスなどに使われていたために、ティアはエッダのところで手伝いをして、わずかながら給金をもらい、細々とした生活必需品を買っていたらしい。

 ただ、そうするようにと勧めてくれたのは、実はエッダだった。たまたまティアが庭で母親から折檻(せっかん)を受けているのを見たエッダが、せめて日中くらいは自分のところで過ごせるようにと、申し出てくれたのだという。

 ティアの家庭の複雑な事情を、街に住む人々はなんとはなしに知っていて、ティアたち親子とあまり積極的に関わろうとはしなかった。だが、エッダは自らも同じような境遇 ―― 親からの虐待 ―― にあったらしく、見て見ぬふりはできなかったのだろう。

 エラルドジェイもこうして引き受けてくれるあたり、ラオからしたら、二人揃ってお人好しと言われるかもしれない。


「じゃ、頼んだ」


 オヅマはエラルドジェイに手を振ると、とっぷりと日の暮れた道を歩き出した。

 思いのほか、長い一日になってしまった。サルシムについては、少し態度の気になるところはあるが、ひとまず今日のところは感謝するとしよう。オヅマだけでは、葬式の手配など、どうすればいいのかもわからなかったのだから。


 カイルを引き取りに来たオヅマから、今日あった一連のことについて聞かされたラオは、一言だけ商人らしく忠告した。


「オヅマ、ジェイはいい奴だがな、ケジメのわかってない奴には容赦ない。あいつはお前に色々と()()があるかもしれんが、今回のことはちゃんと報酬を支払ってやれ。お前が出す必要はない。公爵家から出させりゃいい」


 オヅマはラオの言葉に首肯(しゅこう)した。

 確かに、今回の件でもっとも責任をとるべきは公爵なのだ。公爵当人に言うわけにはいかないが、ルンビックであれば、事情を汲んでそれなりの額を出してくれるだろう。


「さすがだな、オッサン。たまにいいこと言うぜ」

「『たまに』は余計だ」


 憮然として答えるラオに手を振って、オヅマは公爵家へとカイルを急がせた。


 空には星が光り、すっかり夜だった。

 満天の空の下、宵の闇を抜けてカイルが駆ける。


 公爵邸までの道のりを走らせながら、オヅマはふとレーゲンブルトの、朝駆けで毎日通った道を思い出した。

 途端に懐かしさがこみあげてきて、このままカイルと一緒に帰ってしまおうか……なんて考えてみる。無論そんなことをする気は毛頭なかったが、不意に訪れた郷愁は、オヅマを少し感傷的にさせた。

 前にテリィが母親に会いたいと言って、泣いているのを見て笑っていたが、今は少しだけその気持ちがわかる。

 レーゲンブルトに来てから今まで、こんな気分になったことはない。だが、今日は……今日だけは、心底母親(ミーナ)に会いたかった。…………

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― 新着の感想 ―
………………オヅマが帰省したらお兄ちゃんが女の子2人連れて帰ってきた!ってなりそう……なれ
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