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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第五章

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第二百九十八話 ハヴェルの奉仕隊(2)

「名前は?」


 オヅマはずんぐりむっくりの質問には答えず、反対に問いかけた。

 え? と丸顔従僕はどこか(あざけ)ったような笑みを浮かべて、小首をかしげた。

 オヅマはもう一度尋ねた。


「名前だ。お前の」


 冷ややかに問いかけられ、従僕は少し鼻白んだが、ヒクヒクと頬を痙攣させながらも慇懃(いんぎん)に挨拶した。


「これは、失礼。小公爵様の近侍が、(わたくし)ごときの名前などご存知なくても当然でしょうな。ハヴェル様は、公爵邸の使用人は洗濯女の名前まで全てご存知ですが」

「それが名前か?」

「は?」

「『これは失礼。小公爵様の近侍が、私ごときの名前などご存知なくても当然でしょうな。ハヴェル様は、公爵邸の使用人は洗濯女の名前まで全てご存知ですが』というのが、お前の名前なんだな?」


 すっかりきれいに(そら)んじて返すオヅマに、かたわらにいたエラルドジェイがククッと肩を震わせた。

 従僕はすっかり笑みを消し、憤然として名乗った。


「わっ、私にはフーゴという名前がございます!」

「だったら、とっととそう名乗れ。くどくどとおしゃべりな従僕だな」

「な…なんと、無礼な」

「無礼?」


 オヅマは聞き返しながら、一歩、フーゴへと歩み寄る。

 フーゴは自分よりもはるかに年少でありながら、ジワリと這い寄る威圧感に思わず背を反らした。


「お前、何者だ?」


 静かに低い声でオヅマが尋ねる。

 フーゴは動揺しつつもどうにか平静を装って、必死になって言い返した。


「はっ? な、なんですと?」

「お前は、グレヴィリウス家のなんだ? 使用人だろ? 本館の従僕だよな?」

「さ、左様…」

「じゃあ、俺が誰なのか知っているか?」

「そ…れは」

「まさか、グレヴィリウスの本館で働くような従僕が、小公爵さまの近侍の名前さえわからないとでも言う気か?」

「お…オヅマ……公子」


 フーゴは一歩後退り、小さく背をすぼめながら絞り出すように言った。オヅマを見上げる目に、戸惑いと怯えが見え隠れする。

 オヅマは腕を組み、うっすらと不敵な笑みを浮かべた。


「わかってるんじゃないか。じゃあ、聞こう。今、ここで無礼があったのは、お前か? 俺か?」

「も……申し訳ございません」


 フーゴは薄紫の瞳が迫るのに耐えきれないように、頭を下げた。

 オヅマは傲然とフーゴを見下ろして言った。


「色々と俺に対して思う所はあるんだろうな。でも、貴族の屋敷で仕えるのであれば、出自がどうあれ、(くらい)に対して頭を下げることは、一番最初に躾けられたことだろ? お前の立ち振舞がグレヴィリウスの品格を下げる。ルンビック子爵に、そう習わなかったのか?」


 家令であるルンビックを持ち出した途端、フーゴはあわてたようにペコペコと何度も頭を下げた。自分の無礼な行為を告げ口されると思ったらしい。


「も、申し訳ございません! どうかお許し下さい!! 私が至りませんでした、どうか…!」


 オヅマは答えず、最初に声をかけてきた砂色の髪の男を見た。強張った顔で、じっと見つめている。オヅマがギロリと睨むと、ハッとしたように頭を下げた。追随するように、隣にいた下女たちも同じように頭を下げる。


「公子様と気付かず…失礼を……」

「お前はグルンデン侯爵家から来たのか?」

「は、はい」

「そうか。それで、これはハヴェル公子の篤志ってわけだ?」

「左様で、ございます…」


 男は消え入りそうな声で言って、身を小さくする。まだ少年といっていい年齢であるのに、その威圧感は自らの仕える主人以上のものがあった。チラと腰にある剣に目がいって、ますます体が固くなる。有り得ないとは思っていても、いきなり抜き打ちで斬られそうな気がする。

 だが身を細らせる男の予想に反して、オヅマはそれまでの冷然とした態度を一転させた。組んでいた腕を解くと、軽く頭を下げ、明るい口調で礼を述べたのだ。


「小公爵さまに成り代わり、礼を言っておく。小公爵さまは成人前で、こうしたことが大っぴらにできないんだ。ハヴェル公子の()()()()()()()()()()()()()()()()から、色々と()()()()()()んだろうな。有難いことだ」


 薄紫色の目を細めて微笑む姿に、男は思わず目を惹きつけられた。隣に並んだ下女たちも、それまでの緊張が解けると同時に、少年の整った顔立ちに(にわか)に気付いて顔を赤くする。

 事の成り行きを見ていた民たちまでもが、急に現れたこの傲慢でありながら、優雅に笑う少年に一瞬にして魅了されたようだった。


「行こう、ジェイ」


 エラルドジェイに声をかけて、バサリと青藍のマントを翻す姿もまた、堂々としたものだった。その洗練された立ち居振る舞いを見た数人の少年たちは、わかりやすく憧れの眼差しを向けた。


 エラルドジェイは少しばかりこそばそうな笑みを浮かべて頷くと、再び先に立って歩き出す。

 しばらく黙念と歩き、人の姿がまばらになったところで、いざ冷やかしてやろうかと振り返って、「ゲッ!」と声を上げた。


「どうした?」


 オヅマは怪訝に尋ねたが、エラルドジェイは何も言わずにオヅマの背後を睨んでいる。誰かいるのかと振り返ると、そこに立っていたのは、短い銀髪に蒼氷色(フロスティブルー)の瞳の、見目麗しい青年だった。


「見事でしたね、オヅマ公子」

「ヤミ・トゥリトゥデス卿…?」 


 オヅマが名前を確認するように尋ねると、ヤミは少し眉を上げて、やや驚いたように言った。


「よく、私のことを覚えておいででしたね」


 それから舐めるようにエラルドジェイを見て、(つや)やかな笑みを浮かべた。 


「もっとも、その男と一緒にいるのであれば、不思議はないかもしれませんが……」


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