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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第五章

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第二百九十六話 『夢』の話(3)

「嘘だって、思わないのか?!」


 思わず大声で尋ねると、エラルドジェイは肩をすくめる。


「うーん。まぁ…こういうのってさ、結局のところ俺にとっちゃ、どっちが腑に落ちるかっつーか……要は気持ちよく過ごせるかってことなんだよな。俺は……そりゃ、ちょっと不気味だったよ。教えたはずがないのに、俺の秘名(ハーメイ)を知ってるとか、時々、俺の顔を見てはお前が泣きそうになったりしててさ。だから何故なのか…ってのは知りたかったんだ。で、お前はその理由が夢の中で俺に会ってた、ってことなんだろ?」

「うん…そうだけど……信じられるのか?」

「嘘なのか?」

「嘘じゃない! 嘘みたいだって、思うだろうけど…でも、本当に、そうなんだ…」


 オヅマは唇を噛み締めた。

 これ以上、いったいどう言えば信じてもらえるのだろう?

 エラルドジェイは深刻な顔をしたオヅマを見て、フッと微笑んだ。


「俺はお前を信じるよ。だからお前の言うことも信じる。その方が気が楽だし、色々と考えるのも面倒だからな」



 ―――― 考え過ぎなんだよ、お前は。迷ったら、自分の気持ちが楽になる方を選べばいいんだ…



 ()の中と、同じだった。

 楽観的で、単純で、いつも自分に一番素直であったエラルドジェイ。

 そのあっけらかんとした自信が、()()()にはいつも羨ましくて、頼もしかった。

 けれど今は()と変わりないエラルドジェイに、漠とした不安がつきまとう。


「俺を信じて…いつか…危ない目に遭ったらどうするんだよ」

「へぇ…それはお前の夢の中で俺、危ない目に遭ったってことか?」


 (たもと)にしまっていた胡桃を出して、ゴリゴリと掌の中で遊びながら、エラルドジェイは冗談めかして問うてくる。

 その時オヅマの脳裏には、()の中のエラルドジェイの残像がいくつも行き交っていた。今のようにからかって笑うエラルドジェイも、文句ばかりのエラルドジェイも、珍しく真剣な顔のエラルドジェイも、哀しげに微笑みながら倒れてゆくエラルドジェイも。


 あぁ ――――

 どうして()()は、彼を信じなかったのだろう…?

 どうして彼の言葉を聞こうともしなかったのだろう…?


 そのことについて思い出そうとしても、頭の中で靄がかかったかのようにわからない。鈍く頭痛がしてくる。


「おい!」


 急にエラルドジェイがオヅマの肩を掴み、大声で呼びかけた。オヅマはすぐに我に返った。あれほど戒めたのに、やはり冷静でいられなかったらしい。


「ごめん…」

「お前、なんだか疲れることになってんのなー」

「え?」

「いや、だってお前……今だって、いきなり貴族のお坊っちゃんになったりなんかして、なんかいろいろと大変そうじゃんか。そのうえ、夢のことでも悩んでるとか……なーんか、面倒くさそー」


 いかにも辟易したように言うエラルドジェイに、オヅマは内心苦笑しながらも、ムッとなって言い返す。


「…なんだよ。人が真剣に悩んでるってのに」

「そりゃまた、ご苦労さま。でもな、俺のことに関してなら、あんまり意味ねーぜ」

「……どういうことだよ」

「ルミアの(ばば)様が言った通りさ。俺みたいな奴は、死んだところで地獄に行くのは決まってんだ。だから生きてる間は、せいぜい気楽に生きるのみ~」


 しゃあしゃあと(うそぶ)いて、エラルドジェイは手品師のように(てのひら)胡桃(くるみ)をもてあそぶ。一個になったり、二個になったりと思っていたら、掌を裏返して戻すと胡桃は消えていた。驚かないオヅマにエラルドジェイは肩をすくめると、だんだんと小さくなってきた焚き火を見つめながら言った。


「だから、お前が俺のことを心配する必要なんてないんだよ。俺は、いつだって俺が思ったように生きてるさ。たぶんお前の夢の中の俺だって、そうだったろ? それともなにか? お前に『恨んでやる~』っ()って、死んでいったのか?」


 黙って首を振ると、エラルドジェイはパンパンとやや強くオヅマの肩を叩いた。


「だよな~! たぶん、そうだろうと思った。お前の夢でも、俺、たぶんお気楽者だったんだろうな~」 

「……痛いな」


 小声で文句を言いながら、オヅマは泣きそうになるのを必死でこらえた。

 どうしてこんなにも変わらないんだろう。()でも、今も、エラルドジェイはオヅマの欲しい肯定をくれる。

 エラルドジェイはハハハッと笑って、ゴロリと寝転がった。


「そういうことで、今後一切、そういう顔すんのナシな」

「そういう顔?」

「そういう、泣く一歩手前みたいな顔。苦手なんだよ、泣かれるの」

「……泣くか」

「泣いてただろーが。最初」

「うるさい」


 オヅマはムッとしながら、小さくなってきた焚き火に、残りの小枝を放り入れる。ブワッとまた火が大きく燃え上がった。


「じゃ、これで貸し借りなしってことで。今後はお互い気楽な付き合いといこうぜ、兄弟!」


 エラルドジェイが一件落着とばかりに言うので、オヅマはしばし考えた。


「今回のことは、稽古してもらったからいいとして。レーゲンブルトでマリー達を誘拐したのは、まだ貸しだろ」

「えぇ? そんなこと言われても、あれ仕事なんだけど?」

「……仕事はともかく、そのあと騎士団に黙ってたのは、まだ貸しだ」

「黙っててくれなんて頼んでないだろー」

「俺が黙ってたお陰で逃げおおせて、あのドジな女に金を渡すこともできたんだろ? ついでに言うなら、今でも調査は継続中だ。俺はグレヴィリウスの人間で、いつでも言える立場なんだ。だから今も継続して、俺はお前を(かくま)ってるってことだ」

「うわっ! ズルッ! コイツ…闇稼業の人間相手に、脅迫してやがる。なんつー悪ガキだ」


 ブツブツ文句を言うエラルドジェイに、オヅマはニヤリと笑った。


「言ってろ。貸しはまだ継続中だ。しっかり払ってもらう」

「あーあ。さっきまでの泣きべそかいてたガキはどこにいったんだよ…」

「泣いてねぇ、ってんだろ! もう寝るぞ」

「あーあ…とんでもねぇクソガキ…」


 エラルドジェイはしばらくの間、たらたらと愚痴っていたが、やがて静かな寝息に変わった。

 オヅマはホッとして寝そべりながら、エラルドジェイとの新たな関係性を考えた。

 今度こそ間違わないために。

 ()のように友人ではなく、仕事、あるいは損得勘定で成り立つような間柄であれば、エラルドジェイはいつでもオヅマを、()()()()()ことができるはずだ……。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「俺たちどこかで会ったか?」 「夢の中で会ってました」 え、コレ、ロマンスの導入じゃないですか……(笑) [一言] オズマ、ついに夢の話しをしましたね! エラルドジェイの反応も、ホッとする…
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