第二百九十二話 モンスの仕事
当初の予定通りモンスを訪ねると、見事な剣が出来上がっていた。
今まで持っていたものよりもやや軽い気がしたが、その分、振りやすくなっている。柄もオヅマの手にしっくり馴染んだ。
「軽いが強度は十分にある。そこの兄ちゃんからもらった爪鎌の刃を参考にしてな、色々と勉強させてもらったよ。あっちの鋼はやっぱりいいモンを使ってる。切れ味が凄まじい。お前さんが『澄眼』をちゃんと習得したなら、大して力を込めなくても、ずっぱり敵を斬っちまうことだろうよ。それこそ鎧ごとな」
「そんなに?」
オヅマは剣を持って、その銀色に閃く剣身を見つめながら問うた。剣には一筋の溝のようなものが伸びていた。
「これ、なに?」
「剣の重さを少しだけ軽くしながら、十分な強度と切れ味を失わせないための、シラネの技だ。まぁ、お前さんがこれから大きくなって、これで物足りなくなってきたら、その時は作り直してやるから、持って来い」
「わかった。ありがとう」
オヅマが素直に感謝すると、モンスは少しだけ寂しげに笑った。
「もっとも、その時にまだ…儂が鎚を握れとるかは、わからんがの。無理だったら、この男に頼むといい。腕はまだ儂にゃ敵わんが、まぁ…その頃には超えておるじゃろうて」
モンスの隣にいた弟子のケビが、驚いたようにモンスを見た。
「あ、ケビ。めっちゃ喜んでる~」
エラルドジェイがからかうと、ケビは顔を赤くしてうつむいた。
多くの鍛冶屋がそうであるように、モンスもケビも大男の類だったが、ケビは人見知りが激しく、とても恥ずかしがり屋だった。
「からかうんじゃない」
エラルドジェイの頭を容赦なくバシリと叩いたのは、同じく弟子のアルニカだった。こちらは女だてらに鍛冶屋になろうというだけあって、背も高くがっしりとした体つきで、相当に気が強い。彼女はエラルドジェイの爪鎌の刃の砥ぎを任されていた。
剣ができるまでの間、オヅマとエラルドジェイは何度かこの工房を訪ねることもあり、今ではこの鍛冶屋の三人とも、すっかり打ち解けた仲だった。
「ホラ、お前の! 腕のところにコブウシの革を貼って、ベルトの皮も交換しておいたよ」
「おぉッ! スゲぇ! 姐さん、ありがとう!」
エラルドジェイは二本刃になった爪鎌を受け取って、早速腕に装着した。
今まで刃の土台となっている木枠の部分は剥き出しで、エラルドジェイは擦れやズレ防止のために、腕に布を巻いたりして、その上から装着していたのだが、アルニカは土台部分にコブウシの革を貼り付けてくれたのだった。
「おぉ、ベルトもなんか簡単に取り付けられるようになってる。さすが…芸が細かいねぇ」
エラルドジェイは感心しきりだった。
アルニカは満更でもない様子でフンと鼻を鳴らした。
「そんな物騒なモンを何に使うんだかは聞かないけど、自分の身を守るんだったら、ちゃんと道具の世話はしてやるもんだ」
「へーい」
エラルドジェイはご機嫌で返事して、そのまま出ていく。
「こら、後金がまだだよ!」
すぐさまアルニカは追いかけていった。
オヅマも剣を受け取ったものの、その代金についてはどうなっているのかと思ったら、モンスがすぐさま答えてくれた。
「お前のお代はいらねぇぞ。ルミアからの餞別だからな」
「そっか…」
オヅマはありがとうの言葉を飲み込んだ。
今更、ズァーデンに戻ってルミアに礼を言うのは違うのだろう。おそらくルミア自身、そうした感謝の言葉を聞くのが嫌だから、モンスのところに行け、としか言わなかったのだから。
「アイツは妙なところで、羞じらいちゅうもんがあってな」
モンスはそう言って、ハッハッと肩を揺らして笑った。いかにも昔ながらの知り合いらしい、懐かしげな様子だ。
「本当にありがとうございました」
オヅマは再びモンスに礼を言った。騎士団の支給品ではない、初めて自分の剣を持てたことが誇らしかった。モンスは嬉しそうに微笑み、オヅマの肩を叩いた。
「頑張れよ」
オヅマは力強く頷いて外に出た。すぐに気付いたアルニカが、エラルドジェイからふんだくった代金を握りしめて、声をかけてくる。
「行くんだね」
「はい。ありがとうございました。色々と無理言って…お世話になりました」
礼を言ったのは、アルニカに頼んで、何度か剣が作られる工程を見学させてもらったからだった。モンスはやはり職人気質らしく、決してそうしたことは許してくれなかったので、アルニカがこっそりオヅマに見せてくれたのだ。
アルニカはオヅマが手に持った剣をじっと見つめながら、ポツリとつぶやいた。
「……アンタの剣が、もしかすると親方の最後の仕事になるかもしれない」
「え?」
「このところ、背中が痛いって言っててさ。もう鎚も持てなくなってたんだ。仕事は私とケビで、どうにかこなしてたけど、アンタの剣はルミア婆からの……大事な人からの頼まれ事だから……自分がやるって、遅くまで無理してた」
―――― その時にまだ…儂が鎚を握れとるかは、わからんがの……
さっきモンスが言っていたことは、決して遠い未来の話ではなかったのだ。
アルニカはオヅマの肩をポンと叩いた。
「弟子の私が言うのもなんだけど、親方の腕は帝国でも指折りのもんさ。アンタ、しっかり精進して、その剣に恥じない男になりな」
オヅマはアルニカの目を真っ直ぐに見つめて頷いた。
モンスは自分の身体の不調を、あえて言わなかったのだろう。
鍛冶職人として、どの仕事も手を抜かずにやってきた。それこそ初めて鎚を握った最初の日から、最後に鎚を置くその時まで。
たとえオヅマの剣が最後の仕事であるとしても、モンスはこれまでと変わりなく、懸命に、そして淡々と作り上げたのだろう。
職人らしい無骨な、だが強烈な矜持。
オヅマは剣を握り直した。手に持つ重みが、また一つ増す。
「必ず」
短く言って、オヅマはモンスの工房を後にした。




