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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第二章
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第二十七話 書簡往来

 ヴァルナルよりミーナへ向けて。

 レーゲンブルトを発ってから5日目、公爵の本領地・アールリンデンに到着直後に書いた手紙。


『萌芽の月 十五日


 新緑の芽が萌えたる時候、手翰(しゅかん)にて申し上げる。


 公爵領に到着した。

 いつもであれば雪解けしたばかりの泥濘の中を進むこともあり、もう少し難渋するのだが、今年は遅くに出たのが良かったのか、道程は極めて平穏で特に問題もなかった。

 レーゲンブルトを発った時には、まだそちらでは咲いていなかったアーモンドの花がこちらでは満開である。この手紙を読む頃にはそちらでも咲いているかもしれない。


 息子については色々と面倒をかけていると思うが、貴女の指導と献身によって、オリヴェルも随分と健やかになったように思う。非常に感謝している。


 マリーがとてもオリヴェルを慕ってくれているようで、あの子にも年上としての自覚が生まれたようだ。また、オヅマのように時に喧嘩しても友として向き合える存在ができたことは、有り難いことだと思う。


 私が離れている間、もし無理難題を言ってくるような者がいたら忌憚なく申し述べてほしい。息子の為にも貴女の存在は重要である。くれぐれも短慮で領主館を出るようなことのないようにお願いしたい。


 今後はしばし公爵邸に逗留の後、慣例の通りに緑清(りょくせい)の月、朔日(ついたち)に、帝都に向かう予定である。

 では、これにて失礼する。


 年神様(リャーディア)の加護のあらんことを。 ヴァルナル・クランツ』





 この手紙についてミーナから教えてもらったソニヤは言った。


「これだから…ご領主様は。こんな手紙寄越すんなら、アーモンドの花を一つ入れるくらいなことするもんでしょー」

「そういうモンなのかねぇ…?」


 ゴアンが不思議そうに首をひねると、ソニヤはその大きな背中を容赦なくぶっ叩く。


「そういうもんよ! アンタもそれくらいの気配りができないと、いつまでたっても男やもめのまんまだよ!」

「はぁ……」


 ゴアンはその後、アーモンドの花が咲いた途端に、その枝を切ってソニヤに持っていったのだが、枝を勝手に切ったことでパウル爺に大目玉を食らい、久々に年上の大人にこってり叱られるという醜態をオヅマ達に見せることになった。

 この事はしばらく騎士団の笑い話になった。





 ミーナよりヴァルナルへ、前回の手紙の返信


『萌芽の月 廿二日


 芽吹きたる新緑も色濃く青の影を落とす時候にて、僭越ながら拙き文を送らせて頂きます。


 道程ご無事に到着された由、なによりでございました。

 そちらはやはりレーゲンブルトよりも先に春が訪れているようで御座いますね。


 若君はとても元気にお過ごしです。先だっては食事量が足らぬと、初めておかわりされておいででございました。以前は苦手でいらっしゃった青物の野菜なども、おいしそうに召し上がられるようになりました。


 若君のご希望で、食事の際、私とマリーがご相伴にあずかるようになりました。

 よろしゅうございましょうか。

 一介の使用人とその娘に許されぬことと申されるのであれば、すぐにも改めるつもりでございます。

 ですが、若君にはご領主様が発たれてより、一緒に食事を召し上がる人もおらず、寂しそうにしておいでです。どうかお許しを賜りたく存じます。


 こちらでもアーモンドの花が咲き始めております。若君と一緒に押し花にして栞を作りました。同封しておりますので、よろしければお使いくださいませ。


 オヅマについても、最近ではマッケネン卿に文字を習い、騎士としての修身や礼法を教えて頂いております。本人も騎士としてご領主様の役に立ちたいと励んでおります。機会を与えて頂いたこと、誠に有り難く存じ上げます。


 数日中には帝都にお出立とのこと、今後の道中の平穏を願っております。

 

 年神様(リャーディア)のご加護のあらんことを。 ミーナ』





 実はミーナがこの手紙を送った同日、ヴァルナルもまた再びミーナに宛てて手紙を書いていた。つまり、ヴァルナルはミーナからの返事を待たずして二通目を書き送っていたことになる。





ヴァルナルよりミーナへ


『萌芽の月 廿三日


 青き影深くなる時候、手翰にて申し上げる。


 明日よりしばらく帝都への旅支度で忙しくなる。道中、書き送ることができるかわからぬ故、今、このようにしたためている。


 オヅマとの出会いから、貴女…達|(*『達』は後から書き加えられているようだ)が領主館に来て早三ヶ月が過ぎようとしている。

 まだ、三ヶ月しか経っていないことが意外なほどに、貴女…達|(*くどいようだが、『達』は後から書き加えられている)は馴染んでいるように思う。


 無論、それは貴女の努力によるところが大きい。今更ではあるが、先の紅熱こうねつ病において息子の看病を尽くしてくれたことに、御礼申し上げる。


 これはマリーにも、オヅマにも伝えて欲しい。二人は自らも病にあって不安であったろうが、息子のためによく辛抱してくれた。子供ながら、その謙譲の精神には、深く頭を垂れるものである。

 きっと貴女の教えが良いためであろう。


 本日は久方ぶりに公爵家の騎士団が一同に集まっての結団式が行われた。各地領主騎士団と本領地における直属騎士団は互いに切磋琢磨しており、他家のようないがみ合いはない。これも公爵様の器量によるものである。

 明日には先行隊が帝都に向けて出発する予定だ。私は公爵様と同日の出発の予定となっている。あちらに着いたら、また報告する。


 年神様(リャーディア)の加護のあらんことを。 ヴァルナル・クランツ』





「いや…報告って!? なんでミーナに報告してくんの? これ報告書なわけ? ほんっとにご領主様ときたら…なんだってこう……」


 この手紙を読ませてもらったソニヤは頭を抱えた。

 こちらに帰郷してから、館の使用人から、街の昔馴染みに至るまで聞き込んだ結果、ご領主様がどうにもそうしたことに関して不器用な人であると予想はしていたが、これは聞きしに勝るぶきっちょだ。


 まぁ、多少|(実際は多少ならず)好意を示していることはわかるのだが、それもある程度相手に自分の気持ちが通じていればともかく、この手紙をすんなりソニヤに見せて隣でニコニコ笑っているミーナを見る限り、そこのところに気付いていないのは明白だ。


「でも、わざわざ帝都に出立前の忙しい中、書き送って下さって…よほど若君のことが気がかりでいらっしゃるのでしょうね」


 案の定、ミーナは見当違いのことを言っている。


「いや、若君のことよりあなたのことを褒め称えてるんだと思うけど…」


 ソニヤは不器用極まりないご領主様の為にそれとなく援護射撃してみたが、ミーナは堅牢な微笑みを浮かべる。


「そうね。こうして認めていただけると、私ももっと心を込めて若君のお世話をしなければと思うもの。本当に、ご領主様は人の心をつかむのが上手でいらっしゃるわね」

「………」


 肝心な部分はまったく掴めてないけどね…とは、もうソニヤは言わなかった。黙り込んだソニヤにミーナは話題を変える。


「それにしても、やはりグレヴィリウス公爵家というのは大貴族なのですね」

「そりゃあね」


 ソニヤは頷いて、ゴアンから聞いたグレヴィリウス公爵家のことを話して聞かせた。


「いっても、皇室に次ぐ家門だからね。エドヴァルド大帝の時代から続く古い家系だというし…諸侯百家の長…貴族の中の貴族…ってねぇ。皇帝陛下からの信頼も厚くて……そうそう、ミーナ。ここだけの話だけどね、ご領主様は陛下から皇室直属の騎士にならないかと誘われていたらしいんだよ」

「まぁ…直参じきさんということですか?」

「そうそう、それ! でも、ご領主様は忠誠心の厚い方だから、公爵様の為に断ったっていうんだよ。大したもんだよねぇ…」

「…そんなことして、大丈夫だったのでしょうか?」

「それが…断り方もうまかったらしいんだよ。何を言ったのかは、よく知らないんだが」


 ソニヤは肝心なことが言えなくて残念だった。

 この話を教えてくれたゴアンは何かくっちゃべっていたのだが、誰かから聞いたとかいういいかげんな話を、順序もぐちゃぐちゃに話されて、さっぱり意味が不明だったのだ。


 ミーナは微笑んだ。


「ご領主様のことですから、誠心誠意、真摯に話されたのでしょう」

「うん…そうだね。まぁ、そういうことだけはできるよ、あのご領主様は……」


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― 新着の感想 ―
ソニヤ、一緒に手紙書こう。それでヴァルナル様に全然伝わってないこと書こう。もっと直接的にいかないと駄目ですよとか……不敬すぎるけどそうでもしないとくっつかないよ、この2人
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