表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昏の皇子  作者: 水奈川葵
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

287/500

第二百七十四話 澄眼習得(1)

 オヅマは帝都から遠く離れた場所で、ヤミ・トゥリトゥデスが公爵直属の諜報組織の一員だと気付いたものの、だからといって今、なにをするということもなかった。

 わざわざアドリアンに知らせるようなことでもないし、ルーカスに答案用紙よろしく「アンタが引き入れろ、って言ったのは、ヤミが公爵の諜報員だからだろ?」なんてことを手紙で書き送るなんて、馬鹿馬鹿しすぎる。


 とりあえずは自分のやるべきことをするだけだ。

 オヅマはヤミについては、また公爵家に戻ってから考えることにして、目下は修行に専念することにした。


 浄闇(じょうあん)の月に入って早半月が過ぎ、季節は夏本番を迎えている。


 まだ朝の涼しい風が吹く中、ハルカと共に走りに行こうとしたオヅマを、ルミアが呼び止めた。


「待ちな。今日は走りはナシだ。オヅマ、お前さんはあの酔っぱらいを起こしてきな。ハルカ、アンタは足輪を外しな」


 オヅマもハルカもキョトンとして目を見合わせたが、それぞれ言う通りに動いた。

 ハルカがその場に座りこんで足輪を取っている間に、オヅマは家に戻って、屋根裏部屋へと向かった。隅っこに(しつら)えたハンモックを揺らすと、中でいびきをかいて寝込んでいるエラルドジェイが、ひどく渋い顔で呻くようにつぶやく。


「勘弁してくれ……夜通しだったんだぞ……」


 オヅマはあきれてため息をついた。

 エラルドジェイはここでオヅマの修行につき合うようになり、時々村のほうにも出向くようになった。余所者(よそもの)にはなかなか心を開かない村人も、ルミアの客人であることを含め、気さくでざっくばらんなエラルドジェイの人柄に、すぐに打ち解けた者が多かったようだ。

 そのせいか、度々村に一軒だけの酒場を訪れては、夜遅くまで飲んでいた。


「朝まで飲んでんじゃねー」


 オヅマがゲシゲシと下から蹴り上げながら、小言めいて言うと、エラルドジェイはかすれた声で訂正した。


「飲んでない…飲む暇なんかあるか」

「なにやってたんだよ、夜通しで」

「そりゃお前…」


 言いかけて、エラルドジェイは目をつむったまま、ムフフと気味悪く笑う。

 オヅマは呆れ返った眼差しで、ニヤケ顔のエラルドジェイを見た。


「寝たまま笑うな。気味悪い」


 冷たくオヅマが言うと、エラルドジェイはパチリと目を開いた。

 ぼんやりとオヅマを見つめて、パチパチ目をしばたかせると、ムクリと体を起こす。


「やべぇ、やべぇ。お子様相手にくっちゃべっちまうところだ」

「はぁ? どうでもいいから起きろよ。婆さんが呼んでるんだ」

「あーあ」


 エラルドジェイはため息をついてから、ヒョイとハンモックから飛び降りた。うーんと背伸びしながらぼやく。


「あー…本当に。カトリどもが来る前にとっとと逃げておきゃよかった」

「よく言うぜ。すっかり馴染んでるくせして」

「そりゃ、どうせ休むんなら満喫しないとな。まぁ、いっても開店休業みたいな状態だったけど」


 エラルドジェイの言葉に、オヅマは首をかしげた。


「そういや、アンタ。そもそもなんでこんなところに来てたんだ? まさか帝都であいつらに捕まって、わざわざこっちにまで連れてこられたわけじゃないだろ?」

「まーね」


 エラルドジェイは否定しなかったものの、それ以上のことは言わなかった。どうやら仕事らしい。こういう口堅さも、相変わらずだ。これ以上は訊いても、教えてくれないだろう。

 オヅマは早々に追及をあきらめ(そもそもそんなに興味もない)、エラルドジェイを促した。


「ほら、行くぞ」


 外に出ると、ルミアとハルカは並んで立っていた。


「おまたせ~」


 エラルドジェイが、さっきまでの眠そうな様子とは打って変わって、上機嫌でルミア達に挨拶すると、ジロリとルミアが睨んだ。


「…酔っ払ってたわけじゃないようだね。腰は? 傷めてないだろうね?」

「ご覧の通り」


 エラルドジェイが澄まして言うと、ルミアはフンと鼻を鳴らしてからオヅマに説明した。


「いいだろう。じゃあオヅマ、今からここで、この二人を相手にしてもらうよ。相手といっても、アンタは()けるだけだ。手を出すのは禁止。ハルカには短剣をもたせてある。木でできたものだから大丈夫だろうが、よぉく削ってあるから下手すりゃ怪我するよ。アンタはこれ」


 ルミアは自分が持っていた木剣をエラルドジェイに渡した。

 通常の剣と同程度の長さだ。

 エラルドジェイはブンブン振り回してから、微妙に柔らかくしなるその剣に、クスッと笑った。


岩柳(レントゥーン)で作った木剣とはねぇ。なかなか扱いづらいものを渡してくるじゃないの」


 岩柳(レントゥーン)は、帝都以南でよく見られる枝垂柳と違って、幹が岩のように固い。枝も枝垂柳に比べると太くて固いが、同じようにダラリと垂れ下がっており、吹きすさぶ暴風の中にあってもそうそう折れない。

 細い枝は鞭になり、太い枝は今回のような木剣になったりした。ただ、枝によってしなり具合に差があり、扱いづらいとして、騎士団で練習用に使うことはない。


「さて、始め」


 朝の挨拶をするぐらいの適当な調子で、ルミアは開始を宣言する。


 オヅマが文句を言う間もなく、ハルカが向かってきた。

 高く跳躍して真上から狙ってくる。

 オヅマは瞬時に飛び退(すさ)って、大きく息を吸った。

 呼吸による集中を始める。

 その間にも、足輪を取ったハルカは異様なほどの(はや)さでオヅマを追い詰めてくる。


 ハルカばかりに気を取られてもいられない。

 手数はハルカよりも少ないものの、ハルカが一瞬息を整える間を埋めるように、エラルドジェイがオヅマに容赦なく攻撃してくる。

 しなりのある木剣は、ギリギリで避けても、思いもよらぬ角度でオヅマの鼻先をかすめた。

 ピュッと肌を切り裂いて血が飛ぶ。


「おいおい、澄眼(ちょうがん)とやらはそんなモンか?」


 エラルドジェイが嘲るように言うと、オヅマは冷たく見据えながら、呼吸を深めた。

 二人からの攻撃をかわしながら、どんどん集中を増していく。

 途中から耳鳴りがしてきて、オヅマは少しずつ、自分がある一定の境地に近づきつつあることを自覚した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ