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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第四章

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第二百五十四話 グレヴィリウス家の夜会(1)

 帝都のグレヴィリウス公爵邸で催された年末の夜会は、家門の一族と家臣団だけの内輪のみというものであったが、その規模は周辺で行われていた諸々の貴族家の(パーティー)を圧倒していた。

 帝都のあちこちから公爵邸に向かった馬車の列、あるいは運河を渡ってくる舟も列をなし、訳知り顔の帝都っ子たちは「またグレヴィリウスの大行列か」と噂した。毎年のことで、もはや名物になっているのだ。


 一方、公爵邸内においては、公爵が姿を現して挨拶をするまでのひととき、多くの者達がワイン片手に雑談に興じた。

 一年ぶりに再会した旧友との会話を楽しむ者、帝都での今旬の流行について話し合う者、どこの誰から聞いたのかもわからぬ噂話をまことしやかに囁く者。

 集まった者はそれぞれに夜会の雰囲気に酔いしれる。


 アドリアンもまた父である公爵が姿を見せるまで、いつものように壁際のすみっこで、おとなしくライム水を飲みながら待つだけのつもりだったのだが、今年は勝手が違った。

 アドリアンを目ざとく見つけた一人が挨拶を始めると、次から次へとやって来る。


「お初にお目にかかります、小公爵様。私は…」

「初めまして、小公爵様。一段と大きくなられましたわね…」


 怪訝に思いつつも、アドリアンは一応、形式通りの挨拶を返した。

 彼らも公爵に嫌われていると噂される小公爵と、心底から仲良くなりたいわけではないのだろう。長話することもなく早々に立ち去っていく。

 個別には短い時間であったが、何十人と相手せねばならないアドリアンには苦痛でしかなかった。

 一旦、途切れたときに溜息が出る。


「なかなか大変なご様子ですね」


 聞き慣れた声に、アドリアンはホッとして振り返った。


「あぁ、ヴァルナル…」

「まだ宴も始まっておらぬうちから、疲れたような顔をなさっておいでだ。近侍たちはどうしました? 彼らに適当にあしらってもらえばよろしいでしょうに」

「ずっと家族と離れ離れに暮らしていたから、今日くらいは一緒に過ごしてもらおうと思って……でも確かに、マティには残っておいてもらえばよかったな。彼だったら、うまくさばいてくれたろうから」

「ほぅ。優秀なご令息がおられるようですな」


 ヴァルナルは感心したように言って、安堵の息をもらす。

 オヅマ以外にも、アドリアンを補佐する少年がいてくれるのは心強い。やはり同世代の繋がりというのは、大人相手とはまた違った経験を与えてくれるものだ。


 ヴァルナルの朗らかな声と眼差しに、アドリアンはようやく力を抜いて、ウーンと伸びをした。


「去年までは、こんなに声をかけられることもなかったっていうのに、今年は皆どうしたんだろう? やけに挨拶してくる」

「それはこの一年ほどで、随分と小公爵様が成長なさったからですよ。近侍もつくようになって、半分大人(シャイクレード)として、彼らも認めざるをえないのでしょう」


 アドリアンはヴァルナルの言葉に軽く肩をすくめた。

 貴族はそんな曖昧な理由で動きはしない。しかしヴァルナルに貴族(かれら)の思惑について訊いても、おそらくわからないだろう。


「どうかなぁ…」


 首をかしげるアドリアンに、ヴァルナルはニヤリと笑った。


「そのように気弱なことを申されて…噂はお聞きしておりますよ、弓試合のことなど」

「あれはオヅマとエーリクが頑張ったんだよ」

「ご謙遜ですな。小公爵様も見事、(まと)に射られたと聞いております。ヨエル卿が珍しく褒めそやしておられました。私など、いまだに彼には指導を受けるくらいなのに…」


 ヴァルナルの称賛が面映ゆくて、アドリアンはあわてて話を変えた。


「そういえばオヅマから手紙が来たんだ」

「ほぅ! それは珍しい。私どもには、とんと送ってきません。一度だけもらったのも、たったの二行でして」

「あぁ…」


 アドリアンが苦く笑うと、ヴァルナルが「まさか…」とつぶやく。


「そう。時候の挨拶とサインを除いて二行だよ。なんでも、帰ったら僕に稀能(きのう)を教えてくれるらしいよ」

「ハハハ。まぁ、きちんと学んでいるのであれば、何よりです」


 少しばかり嬉しそうなヴァルナルに、アドリアンは不満げに口をとがらせた。


「僕は焦ってるんだよ、ヴァルナル。剣術においてはオヅマと同等でいたかったのに、これでもう確実に追い越されちゃった…」

「オヅマは小公爵様をお守りするのが役目ですから、同等であっても困るのですが…しかし、そうおっしゃるのであれば、少しばかりお教えしましょうか?」

「えっ? できるの?」

「『確実にできる』とは、申せません。しかし精神集中を行うための呼吸法などは、伝授できます。あくまで伝えるだけで、何度も稽古して身につけられるかは、小公爵様の素養と努力によります」


 言いながらも、ヴァルナルは難しいだろうと思っていた。

 この先、小公爵であるアドリアンには公爵家後継者として、今まで以上に多く、細かい教育がなされていくだろう。騎士らとの剣術や馬術の訓練は続くとしても、そこに稀能を修得するための稽古の時間などとれようはずもない。

 まして再来年には最高学府であるキエル=ヤーヴェ研究学術府(通称:帝都アカデミー)に入学する予定なのだから、その勉強でますます忙しくなるに違いない。


 だが、あえてヴァルナルが教えると言ったのは、アドリアンにも目標を持ってもらいたかったからだ。勉強でも訓練でも、当たり前のように与えられた課題をこなすのではなく、自らの意志で選択したものを学び、身につけることの喜びを味わってほしい。

 呼吸による精神集中は稀能に限らず、種々のことで役に立つ。アドリアンであれば、応用させることはできるだろう。


「ぜひ、頼む!」


 アドリアンは嬉しくて、少しばかり声が大きくなった。周囲にいた数人が、振り返る。眉をひそめる者もいたが、アドリアンは見ていなかった。


「もし、これで僕の方が早くに修得できたら、オヅマもびっくりするだろうな」


 想像して思わず笑みが浮かぶ。しかし、ふと気付いた。


「待って。ヴァルナルが教えることができるなら、どうしてわざわざオヅマをズァーデンになんて行かせたの? ヴァルナルが教えてあげればいいじゃないか」


 急に尋ねられ、ヴァルナルの顔が固まる。

 どう言えばいいのか…と言葉を探していると、なんとも絶妙なタイミングで現れたルーカスが、すかさず助け舟を出した。


「それはもちろん、師匠であられるルミア=デルゼ老師のほうが、ヴァルナルよりも優れた指導者であられるからです」

「ルーカス…」


 あきらかにホッとした顔になって、ヴァルナルはルーカスを見る。

 ルーカスはヴァルナルをチラと横目で見てから、滔々と理由を説明した。


「それにクランツ男爵はこう見えてお忙しい。領主としての仕事、レーゲンブルト騎士団の団長としての仕事、それに帝都においては公爵閣下の騎士としての仕事もあります。オヅマの指導だけをするというわけにはいきません。短期間で十分な成果を出すには、専門の指導者の教えを仰ぐのは当然でしょう」


 アドリアンはルーカスの説明に納得はしたものの、顔はまだ不満気だった。


「僕もオヅマと行きたかったな…」


 ポツリと本音が出る。

 こんなところで、心のこもらない上辺だけの挨拶に首を振るだけなら、いっそオヅマと二人で汗を流して、へたばりそうなくらい走り回っているほうがいい。


 しかし現実はアドリアンの想像を冷たく裏切った。


「まぁ、アドリアン。すっかり大きくなったこと」


 いかにも親しげに、やさしく呼びかけてきた声。

 アドリアンは強張った顔で、声の主を見た。


「叔母上…」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 帝都アカデミー…。 学園生活を送るアドリアンも見てみたいですね! 学園生活って読者的には見てみたい!という需要有な要素ではありますが、書き手さんからするとストーリーの構成が難しそうだなぁと…
[一言] ハーメルンで知って続きが読みたくなりこちらで改めて一気読みしました。 最高でした! お陰様で寝不足ですが満足です!
[良い点] なんて心温まる年越しでしょう(笑)
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