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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第七章

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第百五十八話 思いがけぬ来訪者

 春の暖かさが初夏のやや汗ばむ暑さに変わってきた頃、帝都へ向かう人々の群れに逆行するかのように、一人の客がレーゲンブルトにやって来た。


「テュコ! どうしたんだ、お前」


 応接室に通された客人を見て、ヴァルナルは挨拶もすっ飛ばして尋ねた。


 ソファに座ってキセルをふかしていた、ヴァルナルと同じ赤銅色の髪の男は、ハハハと豪快に笑いながら立ち上がって、深々とお辞儀する。


「お久ししゅうございます、クランツ男爵。快く迎え入れてくださって、ありがたき幸せ」


 ヴァルナルは渋い顔をしつつ、男の前の肘掛け椅子に座りながら、早口に言った。


「やめぇ。なんじゃぜ、そン気持ち悪い挨拶」


 突然の領主様の訛り言葉に、その場にいた女中や従僕は目が点になった。


 しかし男の方はケラケラ笑う。


「いやっはぁー、道々噂にされようレーゲンブルトの領主様じゃぜなぁ。いつも都で会ぅとったじゃ、わからんもんぜ。じゃぜ、久々ン来たが、こン館も…なぁン、綺麗になったぜなぁ。昔、一度来たときなンぞ、みすぼらしいもンじゃったぜのぉ」


「いつの話じゃそりゃ。戦の前じゃろぜ」

「おぅ、おぅ。あン頃りゃ、お(まン)、領地放っぽって行きよったぜなぁ…」


 応接室にいた召使い達は、皆が皆、呆気に取られたように目の前で交わされるやり取りを見ていた。 


「あの…ご領主様」


 ネストリはひどく戸惑いつつも、執事の心得として懸命に平静を装ってヴァルナルに声をかける。


「お客人のテュコ・エドバリ様からたくさんの土産を頂いております。こちらが目録です」


 ヴァルナルは受け取ると、さっと目を通してふふん、と笑った。


「シロルの酢漬けとはまた、懐かしいのを持ってきてくれたもんじゃぜ」

「おぅ。(かか)様が持ってけとうるせぇじゃ。あぁ、そこン女中さん。これ、上手(うも)()()()くれっじゃ」


 そう言ってテュコは腰に括り付けていた袋を取って、一番近くに控えていたエッラへと差し出した。


「なんぜ、それ?」


 ヴァルナルが尋ねると、テュコは胸を張ってやけに誇らしげに言った。


「豆よな。よぅ煎った豆じゃぜ」

「豆ェ? なン、それは」

「まぁ、まぁ。ホレ、アンタ。早ぉ受け取っじゃ」


 エッラは眉を寄せながらも、テュコから袋を受け取ると、途方にくれたようにヴァルナルを見た。しかしヴァルナルは気付かず、テュコはいかにも愉しげに妙な節回しで嫌味めいたことを言う。


「これをどうやって()()()ことができるか~。まぁ、こんなクソ田舎じゃ、都の流行はやりなんぞ知らんぜなぁ~」

「なんぜ、それ」

「まぁまぁ。とにかくそイ、厨房に持ってって、うまンこと()()()きてくざっしゃい」


 不承不承にエッラが出ていくと、テュコはまたキセルをふかし始める。


「またお前は、えぇ年して悪戯好きじゃぜ」


 ヴァルナルがあきれたように言うと、テュコはニヤリと笑った。


「本当はお(まン)が都ン帰って来ように、新年の集まりで()()を皆に振る舞おうと思ぉとったんじゃぜ。なぁン、これまでは上ツ方々(*皇室等の上位貴族)くらいしか手に入らんもンじゃったぜなぁ」

「ほぅ…じゃぜ、そんな貴重なモン使ぅて、無駄になっちゃらせんぜ? 勿体ない」

「ハハハ。ちょっとの量じゃぜ。仲間と一括で大量に仕入れて、まぁ、ありゃ試供品みたいなもんじゃぜに」


 ヴァルナルは目の前に座るテュコをまじまじ見つめた。

 いつも都で会う時には、家族の宴会の場であったので、旅装姿のテュコを見るのは久しぶりだった。

 駱駝色の帽子を被り、濃緑のフェルトコートの下には、年をとるにつれ膨らんできた腹がベルトの上に乗っている。こうした恰幅の良さはいかにも商人としての風貌だった。(*帝国において商人は多少肉付きの良い者の方が信頼される)


 テュコ・エドバリ。

 彼はヴァルナルの実弟だった。

 十二歳でヴァルナルがクランツ家の養子に入るまでは、同じ屋根の下で毎日のように取っ組み合いの喧嘩をしつつ、おやつを分け合った仲である。年が一つしか離れていないので、今では兄弟というより友達のようになってしまった。

 ちなみに当然ながら、ヴァルナルの旧姓はヴァルナル・エドバリである。


「で?」


 ヴァルナルが尋ねると、テュコはうん? と眉を上げる。ヴァルナルは軽く首をひねった。


「ここに来た理由わけはなんじゃぜ?」


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― 新着の感想 ―
コーヒーだろうと思うけど、最初オヅマが言いそうと思ったけど普通にミーナがコーヒーを淹れそう
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