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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第七章

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第百五十一話 夢か現実か

 あの男が何者で、どこに消えたのか……今も騎士団の捜索は続いていた。


 オヅマにはその二つともに心当たりがあった。だが、説明するのはひどく難しい。

 ()で見たのだ、などという理由が信じられるわけもない。下手をすれば、まだ治ってないのかと病人扱いされそうだ。

 それによくよく考えれば、オヅマにだってよくわかっていなかった。

 本当に()の中のエラルドジェイと、あの男が同一人物なのか……?


 いいや。


 オヅマは内心で首を振る。

 彼が()()エラルドジェイであることは明白だった。たまたま夢に出て来ただけの、よく似た男などではない。

 それは一年前に見た、母が父を殺して絞首刑になる()と同じく確信に近いものだった。

 それにあの時、あの男だって認めていたではないか。



 ―――― 奇妙なこと、この上もないな。今日会ったばかりの子供(ガキ)が俺の秘名(ハーメイ)を知っている上……



 エラルドジェイという名前が秘名(ハーメイ)であることなど、本人以外にわかるはずもない。

 そういえば妙なことも言っていた。

 目が何とか、とか? なんと言っていたっけ? 金の……目…?


 ぼんやりと考えていると、ヴァルナルが声をかけてきた。


「オヅマ? 聞いているか?」

「あ、はい! あの…戦いました」


 ヴァルナルは腕を組み、探るようにオヅマを見てくる。

 オヅマは目を伏せた。


 あの時、あふれる感情に押し流されて、エラルドジェイを逃してしまった。

 確実に裏切りとも取られかねない行為だ。

 だが、エラルドジェイをあのままヴァルナルに引き渡せば、厳しい尋問が待っている。

 普段は軽口ばかり叩いているが、あれでエラルドジェイは口の堅い人間だった。いつまでも白状しなければ、拷問されることだって有り得るだろう。


 奴は仕事として請け負っただけだ。

 きっと、それだけのことなんだ……。


「強かったか?」


 ヴァルナルに尋ねられて、オヅマは「え?」と聞き返す。再びヴァルナルが繰り返した。


「強かったのか、その雀の面の男は?」


 オヅマは質問の意図が理解できず戸惑ったが、頷いた。


「はい。俊敏で、無駄に思えるような動きで翻弄したかと思ったら、確実に隙をついてきて…相当に場数を踏んでいるんだろうと思いました。それに爪鎌(ダ・ルソー)っていう、見慣れない西方の武器を使いこなしていました」


 倉庫での戦闘時は初めて見る武器に驚いたが、()の中ではエラルドジェイはあの武器をほぼ常時身につけていた。


 爪鎌(ダ・ルソー)と呼ばれるその武器は西方で生み出されたもので、長く伸びた爪のような鋭い刃を、腕にある装着具に取り付ける。普段は幅広の袖の中に仕舞われているのだが、いざ攻撃のときには長い刃が袖口から現れる。

 基本的には一撃必殺の暗殺用で、エラルドジェイのように戦いのために使うことはない。

 それに()でいつもエラルドジェイがつけていたのは一本爪の爪鎌(ダ・ルソー)だった。四本爪など、重いだろうし、普段使いするには少々扱いづらい。


 そこまで考えた時に、オヅマは軽く息を呑んだ。

 そう、重さ。あの重さの爪鎌(ダ・ルソー)を軽々と振り回していた。その一つをとってもエラルドジェイの驚異的な身体能力がわかる。


 よくも自分などが太刀打ちできたものだ。

 稀能(キノウ)が発現できていなかったら、どうなっていたのだろう…。


「相当に強かった…それで『千の目』を使ったわけだな」


 ヴァルナルはまるでオヅマの心を見透かしたかのように言う。その声は少しだけ怒っているようだった。


「無茶をする」


 苦々しく言ったヴァルナルに、オヅマは抗議した。


「でも、そうしないとマリーを……オリヴェルやアドルも助けられないと思ったから」

「わかっている。オヅマ、私が訊きたいのは、お前が誰から『千の目』という稀能を習ったのか…ということだ」

「…………」


 それこそオヅマは沈黙するしかなかった。


 ()の中で男が囁く。



 ―――― 大丈夫だ、オヅマ。私は決してお前を見捨てたりはしない…


 ―――― 妹は…無事だ。今は、な。



 リヴァ=デルゼの禍々しい笑みが脳裡に閃いて、オヅマは頭を押さえた。


「大丈夫か?」


 ヴァルナルが気遣うようにオヅマを見てくる。


「大丈夫です」


 オヅマは答えてから、大きく深呼吸した。


「………特に誰からも習ってません。なんとなく…出来ただけで」


 ()の中で教わったなどと言って、誰が信じるだろう。

 あんな非道なことを訓練として強要される毎日。もう忘れたい。思い出したくもない。ただの夢として消えていってほしい。


 しかしヴァルナルは首を振って、ミーナにした説明と同じことを話した。


「お前が眠っている間に色々と私も『千の目』について調べたが、あれは()()()()()()()で出来るような生半可な代物ではない。適切な指導を受けなければ、発現することすら―――」


 何気ないヴァルナルの言葉に、オヅマはゾクリと背筋が冷えた。



 ――――適切な…教育だ



 まるであの男がヴァルナルの口を借りて言っているかのように聞こえる。


「………もう、使いません」


 オヅマは決心して言った。

 ヴァルナルが困惑したようにオヅマを見る。


「オヅマ…私は責めているのではない。不思議に思っただけだ。『千の目』が素晴らしい能力であることは間違いないのだから…」


 素晴らしい能力!

 あぁ…なんて気味悪く響くのだろう。

 そうやってあの男も褒めそやして、オヅマをいい気にさせた。


「いいえ。もう二度と使いません」


 耳障りなことを言われて、オヅマはますます頑なになった。


「……オヅマ…」


 ヴァルナルは意固地になって言い張るオヅマに当惑しつつも、しばし考えた。


 いずれにしろ『千の目』は、今のオヅマには扱えるものではない。この先、体格も大きくなって、順調に騎士として成長していけば、いずれ使いこなしていけるのかもしれない。

 それに以前、オヅマが望んでいた『澄眼(ちょうがん)』の修練を積めば、より体力や身体の強化にも繋がって、『千の目』の反作用も減じるだろう。

 誰に教わったのかは気になるところであるが、重要なことではない。

 オヅマが『千の目』という常人とかけ離れた技を行うことによる、健康被害が問題なのだ。今回、当人がその危険性を自覚して、使わないことを決めたのであれば、それはそれで良い。

 将来『千の目』の遣い手として当代一の人物に紹介できる日もあるやもしれぬ。もし不完全なところがあれば、()の方が正しく導いてくださるであろう。……


「よかろう。では、今後はくれぐれも自重するように。今回のようなことが二度とあれば、さすがに今のように何の後遺症もない…という状態では済まないだろうからな」

「はい。それでは失礼します」


 頷いて立ち上がりかけたオヅマを、ヴァルナルはあわてて引き止めた。


「あっ、ちょっと待て。実はまだ一つ、言いたいことがある」

「はい?」

「その……」


 ヴァルナルは逡巡した。

 さっきまでは聞こえることもなかった心臓の鼓動が耳の裏で鳴っている気がする。

 ゴクリ、と唾を飲み下してから深呼吸する。


 オヅマは妙に緊張しているかのようなヴァルナルの様子に首をひねった。


「どうしたんですか?」

「いや…その、言いたいことがある」

「はい?」


 オヅマはキョトンとして座り直す。

 どうして同じことを繰り返すのだろう?


 ヴァルナルはもう一度深呼吸してから、しっかりとオヅマを見据えて言った。


「まだ正式に申し込んではいないが、私はミーナと一緒になるつもりだ」


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