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昏の皇子  作者: 水奈川葵
第五章

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断章 ー帝都・キエル=ヤーヴェへの道ー Ⅰ

 また…落ちていく。


 ()の中に。


 ゆっくりと、落ちていく―――――。





 煙となって空へ昇っていく母を見送って、オヅマはマリーと共に母の遺言通り、帝都(キエル=ヤーヴェ)へと向かった。


 当初は街道を歩いていたが、いわゆる関所に来ると金を要求された。

 五銅貨(ガウラン)は、いつも街道を利用する商人にとっては必要経費であり、大した金額でなかったが、家ごと、全て売っ払っても銀貨八枚に満たなかったオヅマらには、この先の長い旅程を考えると簡単に渡せる金額ではない。


 家財で得た金以外にも、ずっと世話になった鍛冶屋の爺さんや、ミーナに時々、針子の仕事を頼んでいた宿屋の女将などが餞別にいくらかまとまった金を持たせてはくれたが、それもまた首都に行く為に十分とは言い難かった。

 そのため、オヅマは仕方なしに整備された街道ではなく、裏街道と呼ばれる正規でないルートで首都まで目指すことにした。


 しかし、子供二人の道中はそう簡単なものではない。

 裏街道の多くは山道で、獣に襲われることも、山賊に追いかけられることもあった。

 まだ早春の頃であったから、暗くなれば冷え込むこともあって、大きな木のうろの中に落ち葉をありたけ集め、マリーと二人抱き合って眠ることもあった。


 ある日のこと、オヅマが水を求めて岩清水の音がする方へと歩いていると、(くさむら)からヌウッと人影が現れた。

 オヅマは咄嗟に人(さら)いだと思った。これまでにも何度か人攫いの男がオヅマとマリーを襲うことが続いていた。


「マリー、逃げるぞ」


 言いながら二人は腰の袋に集めていた棘玉(鋭い棘のある硬い殻に覆われた種子)を落としてゆく。

 だが、影は追いかけては来ず、ドサリと背後で何かが落ちたような音がした。


 オヅマとマリーはチラと目を見合わせてから、手近にあったコナラの木にスルスルと登った。

 枝の上から、しばらく様子を見る。


 道に男がうつ伏せに倒れていた。

 長い袖の、袖口の広がった上衣に、短い黒のベスト。足首ですぼまったヘチマのようなズボン。全体的に薄汚れて、所々破れていた。黒っぽい髪が、これも薄汚れた巻布(ターバン)の間から飛び出ている。時々見かける異国の商人のような格好だ。


「お兄ちゃん……あの人、怪我してるんじゃない?」


 マリーが小さい声で尋ねてくるのを、オヅマはシッと制した。

 もしかしたらあれは囮で、あの男の仲間が周囲に潜んで、自分達を捕まえようとしているのかもしれない。

 注意深く辺りを探り、鳥や栗鼠(リス)などが奇妙な動きをしていないか窺う。人間が隠れていたりすれば、まず動物達の挙動が警戒を帯びる。


「マリー、お前ここにいろ」

「嫌だ」


 別行動をしている時に一度誘拐されかけてから、マリーはオヅマの側を絶対に離れなかった。


「………俺の後に来いよ」


 オヅマもやはり心配ではあった。

 なるべく音をたてないように、そっと木から降りると、辺りに目を光らせつつ倒れている男に近づいていく。途中でマリーの背丈ほどの木の枝を拾って、その枝でまずツン、と男の足をつついた。


「………」


 男に反応はない。

 ツン、ツン、とまたつつくが、男は動かない。


「マリー、よく周りを見てろよ。誰かいないか」

「うん」


 オヅマはより警戒を強めてから、男の脇あたりをツンと押した。


「………ぐ…」


 かすかに声が漏れたが、男は動かない。

 もう一度、今度は強めに同じ脇を押した。


「ぐひゃッ!」


 妙な声を上げて、男は急に起きた。


 オヅマとマリーはあわてて後ずさって、茂みの中に隠れた。

 男は起き上がってから、キョロキョロと辺りを見回して、ボリボリと頭を掻いた。かろうじて頭に巻かれていた布がとれて、長い紺の髪が解けて落ちた。


「おぉい」


 男が声をかける。


「誰か知らねぇけど、助けてくんねぇ?」

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