その6「警察署とイツキの両親」
ルー
「みゃみゃみゃっ」
イツキ
「ふーん……?」
イツキ
「その割には、罪をなすりつけようとしていたみたいだが」
ユニコ
「友情のなせるワザですね」
イツキ
「ワザ……。業ね……?」
イツキは後ろを見た。
赤いバイクが追ってきている。
お互いの距離が、10メートルほどに縮まっていた。
追手はいったい何者なのだろうか。
イツキは少女に尋ねることにした。
イツキ
「誰に追われてんだ?」
ユニコ
「詳しくは知りません!」
イツキ
「知らん連中に追われてんの? どういう状況だよ」
ユニコ
「よく分かりませんが、人生とは、そういうモノではないでしょうか?」
イツキ
「なるほど。そうかもな」
イツキ
(どこの誰だか知らんが……)
イツキ
(女の子を追い回すなんて、まともな奴じゃ無いだろうな)
イツキは、そんな風に考えた。
そのとき……。
追走してくる男が、レザージャケットのポケットに、右手を入れた。
ポケットから手を抜いたとき、その手には拳銃が握られていた。
装弾数17発の、一般的なオートマチックだった。
イツキ
「銃……!?」
ずいぶんと、物騒なモノが出てきた。
イツキは目を見開いた。
とても、オモチャには見えない。
こんな状況で、オモチャを出す理由も無い。
男は片手で、銃を操った。
そして、照準をイツキに合わせた。
トリガーが引かれた。
撃針が、雷管を強打した。
火薬が弾けた。
破裂音が鳴った。
2度、3度。
イツキ
「いてっ……!」
イツキは呻いた。
ユニコ
「っ!? 弾当たったんですか!?」
ユニコは慌て、イツキの様子をうかがった。
イツキ
「いや。言ってみただけだ」
イツキには、傷一つ無かった。
ユニコ
「紛らわしいですね!?」
オウジロウ
「外した……? いや……」
フルフェイスヘルメットの奥。
追手の男が、怪訝そうな面持ちを見せた。
オウジロウ
「まさか……弾をはじいたのか……?」
オウジロウ
「こいつ……! 深層移行者-ディープシフター-か……!?」
オウジロウ
「試してやる!」
男は再び、イツキに銃口を向けた。
そして、続けざまにトリガーを引いた。
銃弾が乱射された。
そして……。
「うっ……」
対向車の運転手が、呻いた。
流れ弾が当たったらしい。
肩を負傷した運転手は、白い乗用車を、ガードレールに突っ込ませてしまった。
ハンドルの中央から、エアバッグが飛び出した。
イツキ
(関係無い人を……!)
追手はクズ野郎だ。
間違いが無い。
イツキの中で、それが真実となった。
これ以上、被害が出るまえに、奴を潰す。
イツキはそう決意した。
イツキは猫に跨るのを止め、その背中に立った。
イツキ
「角-ツノ-! 減速しろ!」
イツキは大声で、前に座る少女に命令した。
ユニコ
「ツノ!? 嫌ですよ!? 減速したら追いつかれますよ!?」
イツキ
「一瞬で良い! やれ!」
ユニコ
「っ……!」
イツキの命令を受け、少女のツノが光った。
ルー
「みっ……!」
少女の意思が伝わったのか、ルーが走る速度を落とした。
イツキ
(今だ……!)
速度が落ちたと感じた瞬間、イツキは跳んだ。
ユニコ
「えっ!?」
オウジロウ
「なっ……!?」
イツキの行動は、少女と追手の両方を、驚愕させた。
それは、跳び蹴りだった。
突然の不意打ちに、男は回避行動を取れなかった。
気がつけば目前に、イツキの足が迫っていた。
イツキの靴裏が、男のヘルメットに突き刺さった。
オウジロウ
「ぐえっ!?」
男の頭部は、強い衝撃を受けた。
イツキのキック力だけでは無い。
バイクの動力も、威力を強める手助けをしていた。
男の手が、バイクのハンドルから離れた。
彼の体が、シートから浮かび上がった。
男はバイクから、放り出された。
乗り手を失ったバイクは、ガードレールに衝突した。
そして、転倒した。
追手は車道に転がった。
そして、仰向けの状態で停止し、動かなくなった。
起き上がってくる様子は無い。
気絶したらしかった。
ユニコ
「何やってるんですか……!?」
猫に乗った少女が、イツキの方へとUターンしてきた。
彼女は、責めるような声音で、イツキに声をかけた。
イツキ
「何って、巻き添えが出てるんだぞ」
イツキは平然と言い返した。
ユニコ
「それは……」
イツキは気絶した男を、歩道に運んだ。
なんとなくヘルメットを取り、素顔を拝見してみた。
男の年齢は、ハタチ過ぎに見えた。
髪型は、パーマのかかったオールバック。
コシの強い髪が、ぐねぐねとうねっていた。
髪色は真っ赤だった。
唇は薄く、眉は鋭い。
鼻先がツンと尖っていた。
イツキ
(さて……)
イツキはすぐに、男に興味を無くした。
制服のポケットから、携帯を取り出した。
先程その携帯は、イツキと共に、派手に地面を転がった。
だが、壊れてはいない様子だった。
イツキは110番を押し、警察に通報した。
イツキ
「人が銃で撃たれてます。パトカーと救急車をお願いします。場所は……」
……。
イツキ
「…………」
イツキは通報を終えると、携帯をポケットにしまった。
そして、様子をうかがっていた少女に、声をかけた。
イツキ
「警察呼んだけど、大丈夫か?」
ユニコ
「大丈夫かって、何がですか?」
イツキ
「前科とか有るなら、逃げた方が良いだろ」
ユニコ
「人を何だと思ってるんですか?」
イツキ
「轢き逃げ犯」
ユニコ
「う……すいません……」
少女は頭を下げた。
ルー
「みゃ……」
少女と一緒に、猫も頭を下げていた。
イツキ
(賢いな。この猫)
イツキ
「別に、もう良いけどさ」
イツキ
「逃げなくて良いんだな?」
ユニコ
「多分ですけど……」
イツキ
「多分って何だよ?」
ユニコ
「昔の記憶が無いので、前科が有っても分かりません」
イツキ
「そ」
イツキ
(漫画みたいなこと言ってんな。コイツ)
彼女の言葉は真実なのか。
イツキは大して興味も無かった。
ただ、警察が来るまでのあいだ、間をもたせているだけだ。
少女の事情に対し、イツキは踏み込まなかった。
ユニコ
「あの、お名前は?」
今度は少女の方が、イツキに質問してきた。
イツキ
「イツキ。アマノ=イツキ」
イツキ
「見ての通り、高校生だ」
ユニコ
「アマノさん……」
ユニコ
「どこかで聞いたような名前ですね」
イツキ
「気のせいだろ」
ユニコ
「そうかもしれません」
ユニコ
「私は、ユニコと呼ばれています」
イツキ
「変わった名前だな。外国人か?」
ユニコ
「記憶喪失ですってば」
イツキ
「そうだったな」
ユニコ
「この名前は、お友だちがつけてくれたんです」
イツキ
「友だちって、そのでかい猫か?」
ユニコ
「違います」
ユニコ
「……ルーしか友だちが居ないとか、思ってませんか?」
イツキ
「別に」
イツキ
「知らないし」
ユニコ
「そうですけどね」
イツキ
「撃たれた人、見てくる」
イツキはユニコに背を向けた。
ユニコ
「私も行きま……」
ユニコもイツキの後を追おうとした。
そのとき……。
ユニコ
「う……」
ユニコはぐらりと倒れた。
そして……。
ルー
「みゃ……!」
ルーの姿が、ユニコの影へと吸い込まれた。
イツキ
「おい……!?」
イツキは慌て、少女に駆け寄った。
倒れた彼女の体を、抱き起こした。
イツキ
(まさか……拳銃の弾が……!?)
怪我をしたのではないか。
イツキは真剣に彼女の全身を見た。
だが……。
ユニコ
「うぅ……」
ユニコ
「おなかがすきました……」
イツキ
「お巡りさんに、カツ丼でも食わせてもらえ」
イツキはユニコから、手をはなした。
ユニコ
「ふぎゃっ!」
……。
やがて、パトカーがやって来た。
イツキは警察官に、大まかに事情を説明した。
細かい事は、警察署で話すことに決まった。
イツキはパトカーに乗せられ、警察署に向かった。
……。
見聞きしたままを話すと、イツキは解放された。
もっと長くなるかと思っていたので、内心でほっとしていた。
自由になったイツキは、警察署の玄関ロビーへと向かった。
ユニコ
「アマノさん」
ロビーには、ユニコの姿が有った。
ユニコはイツキを見ると、安堵したような表情を浮かべた。
イツキ
「よっ」
ユニコ
「……よっ?」
イツキ
「ハラペコは、もう良いのか?」
ユニコ
「カツ丼をいただきました」
イツキ
「そうか。良かったな」
ユニコ
「はい。4時間ぶりの、まともな食事でした」
イツキ
「つい最近じゃねえか」
ユニコ
「仕方が無いのです」
ユニコ
「ツノの力を使うと、お腹が空くらしいんですよ」
イツキ
「ツノ……」
イツキ
「何だ? その力ってのは」
ユニコ
「ルーを見たでしょう?」
イツキ
「ああ。あのでかい猫だな」
ユニコ
「ルーは、『天獣』です」
イツキ
「…………!」
ユニコの言葉に、イツキは驚いた様子を見せた。
心層には、3つの獣が住んでいる。
天獣とは、そのうちの1種だ。
心層の空に住んでいる。
その点は、夢魔と同様だった。
夢魔と異なるのは、温厚で、人を襲わないということだ。
あまり人間と関わることもない。
空に煌めく、流星の如し。
人にとっては、その程度の存在だった。
ユニコ
「心層に住む天獣と交信し、この世界に実体化させる」
ユニコ
「それが、私の角が持っている力らしいです」
イツキ
「心層の存在を、現実世界に……?」
ユニコ
「別に、おかしなことでは無いと思いますけど」
ユニコ
「ディープシフターは、マインドアームをこちらの世界に持ってこられるでしょう?」
ユニコ
「それに、オリハルコンという例も有ります」
イツキ
「それはそうだけど……」
イツキ
「天獣は、生き物だろ?」
ユニコ
「オリハルコンだって、生きているとか言われてますけどね」
イツキ
「うーん……」
イツキ
「……けど、初耳だな。亜人が超能力を使うなんて」
ユニコ
「亜人……?」
イツキ
「っと、気に障ったか? 悪い」
世界が変わってから、獣のような特徴を持つ人々が、産まれるようになった。
遺伝では無い。
普通の両親から、何の前触れも無く、産まれてくる。
そういう人たちは、亜人と呼ばれ、区別されることになった。
だが、その区別を嫌う者も、少なくはなかった。
ユニコもそうなのかもしれない。
そう思ったイツキは、即座にユニコに詫びた。
ユニコ
「いえ……」
ユニコ
「普通の亜人の方には、私のような力は無いと思いますよ」
イツキ
「ふ~ん……?」
イツキ
「その力のせいで、連中に狙われてたのか?」
ユニコ
「そうかもしれませんね」
イツキ
「…………」
イツキ
「これからどうすんだ?」
ユニコ
「それは……」
ヤーコフ
「イツキ!」
ナツキ
「いっくん!」
呼ばれ、イツキは声の方を見た。
1組の男女が、イツキを見ていた。
ヤーコフとナツキ。
イツキの両親だった。
父ヤーコフは、元はアシハラ人では無い。
ソ連国籍だったのが、アシハラに帰化したらしい。
背の高い、銀髪の色男だった。
職場帰りなのか、スーツを着用していた。
ナツキは、緑髪の小柄な女性だった。
3児の母だが、その肌は若々しい。
背の高いヤーコフと並ぶと、親子のようにも見えた。
身長を除き、イツキの容姿は、ヤーコフよりもナツキに似ていた。
ナツキは元は公務員だったが、今は専業主婦だ。
動きやすい普段着姿をしていた。
イツキ
「父さん、母さんも、どうしてここに?」
ヤーコフ
「どうしてって、お前なぁ……」
ヤーコフは、呆れ顔を見せた。
ヤーコフ
「心配したんだぞ。警察なんかの厄介になるなんて」
ナツキ
「そうよ。とっても心配したんだから」
イツキ
「別に、俺が何かしたわけじゃ無いからな?」
巻き込まれただけだ。
イツキは、そう言おうとした。
だが、バイクの男を蹴り倒したことを思い出した。
イツキ
(いや……。そうでも無いか……)
ヤーコフ
「ホントか~?」
イツキ
「……悪いことはしてない」
ナツキ
「さすがはいっくんだわ」
イツキ
「何がだよ……」
ヤーコフ
「それで、その子は?」
ヤーコフは、ちらりとユニコを見た。
イツキ
「別に……」
ヤーコフ
「もしかして彼女か?」
イツキ
「別にそんなんじゃ無い」
イツキ
「成り行きで出会った子だ。他人だよ」
ユニコ
「…………」