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その5「ツノの少女と巨大猫」



 アンコは、ダンジョンコアへと歩み寄った。


 彼女の両手は、薙刀で塞がっていた。


 それで、薙刀を左手に預け、右手を自由にした。



アンコ

「久々の、レベルアップだな」



 そう言って、アンコはコアへと手を伸ばした。


 アンコの右手が、ダンジョンコアに触れた。


 コアは強く輝いた。


 ダンジョンが、振動を始めた。


 コアは輝きを増していき、最後には、ふっと姿を消した。


 部屋の奥側から、強い振動音が聞こえた。


 アンコは音の方を見た。


 そこに下りの階段が、出現しているのが見えた。


 ダンジョンレベルが更新された証だった。


 つまり、ダンジョンに、新たな階層が出現したのだ。



アンコ

「これでまた一歩、強くなったわけだ」


イツキ

「素直に羨ましいです」



 レベルが上がれば、戦闘能力が増す。


 普通のシフターは、そうやって強くなっていく。


 イツキはダンジョンを持たない。


 皆と同じ方法では、強くなれなかった。



アンコ

「そうか? 私はお前の方が……」


イツキ

「先生」



 何かを言おうとしたアンコを、イツキが止めた。



ノハラ

「?」



 ノハラは無表情のままに、疑問符を浮かべた。



アンコ

「ま、用も済んだし、帰るか」


イツキ

「はい」


アンコ

「おかげで命拾いした。皆、ありがとな」



 アンコは目を閉じ、心層から離脱した。


 イツキとノハラも、その後に続いた。


 心層を抜け、現実へ。



イツキ

「ん……」



 イツキは、特別教室で目覚めた。


 知らぬ間に、椅子に座っていた。


 誰かが運んでくれたらしかった。


 嫌われ者の自分を、誰が運んだのか。


 イツキはぼんやりと、そう考えた。



イツキ

(先生かな)



 短く結論を出すと、イツキは背もたれから体を離した。


 そして、周囲を見回した。


 隣の椅子を見ると、アンコが座らされているのが見えた。


 普段は生徒が使う椅子だ。


 先生が隣に居るのは、なんとなく新鮮だった。



アンコ

「う……」



 イツキから少し遅れて、アンコが目を覚ました。


 離脱したのはアンコが先だ。


 遅れたのは、疲労のせいかもしれない。



「先生……!」


「良かった……」


「さすがキノシタさんね」



 様子を見守っていた生徒たちが、アンコに声をかけた。



イツキ

(ノハラは……)



 イツキは、椅子から立ち上がった。


 近くに女子が居た。


 アンコに寄ってきた生徒だった。



「むぅ……」



 その女子は、イツキを目障りそうに見た。


 いつものことだ。


 イツキは女子の視線を無視して、ノハラを探した。


 イツキの席よりも、後ろ側。


 少し離れた椅子に、ノハラが座っているのが見えた。



カゲト

「お帰り。ノハラ」


ノハラ

「……ただいま」



 幼馴染のカゲトが、ノハラに声をかけていた。


 2人は、同じ4組の生徒だ。


 そして、恋人同士だった。


 ノハラは通信機を取り出し、ボタンを押した。


 個人の携帯では無い。


 ボランティアシフターズ専用の、通信機だった。



ノハラ

「トウケン高校の夢魔、無事に終了しました」


ノハラ

「はい。それでは」



 ノハラは短い会話を終えた。


 そして、通信機をポケットにしまった。


 それを見て、カゲトは再び口を開いた。



カゲト

「心配したぞ」


ノハラ

「別に。大した相手じゃ無かった」



 ノハラはカゲトにそう答えた。


 彼女はあの夢魔を、1撃で屠っている。


 手応えを感じなかったのは、当然だろう。



カゲト

「関係無いさ」


カゲト

「大事な恋人のことなんだから」


ノハラ

「そう」


イツキ

(カゲト……)



 ノハラに向かっていたイツキの視線が、カゲトにひきつけられた。



カゲト

「…………」



 カゲトは、イツキをちらりと見た。


 イツキの視線に、気付いた様子だった。 


 一瞬だけ、2人の視線が重なった。


 だが、カゲトはすぐに、イツキから視線を外した。



カゲト

「行こう。次の授業は、もう始まってる」


ノハラ

「うん」



 それっきり、イツキを見ることなく、カゲトは退出していった。


 ノハラも、その後に続いた。



アンコ

「お前らも早く行け~。授業サボんなよ~」


アンコ

「散れ散れ~」


「え~? 先生のことが心配だったんじゃん」


アンコ

「そりゃどうも」


アンコ

「ご覧の通り、五体満足だ。早く行け」



 アンコは手をパンパンと叩いた。



「はーい」


「先生、お大事に」



 生徒たちは、授業に使っていたリンカーを、返却した。


 そして、ぞろぞろと退出していった。



スミレコ

「う……」



 スミレコは、辛そうに椅子から立ち上がった。



「大丈夫? スミレコちゃん」



 辛そうなスミレコに、同じパーティの女子が声をかけた。



スミレコ

「うん……。平気……」



 スミレコは、よろよろと歩き、リンカーを返却した。


 そして、脚を庇うように、部屋を出て行った。



タクミ

「アマノ」



 部屋に残っていたタクミが、イツキに声をかけた。



イツキ

「ん?」


タクミ

「お前、いったい……」


「ノガミ。何やってんだ? 行くぞ」


タクミ

「ああ……」



 パーティの仲間に呼ばれ、タクミも去っていった。


 去り際に、少し辛そうに、腹を押さえていた。


 部屋に残っている生徒は、イツキ1人になった。



イツキ

(俺も行くか)



 イツキはそう考え、リンカーを返却した。


 そして、教室の出口へと足を向けた。



アンコ

「アマノ」



 椅子から立ち上がったアンコが、イツキを呼び止めた。



イツキ

「…………?」



 イツキはアンコと向き合った。



アンコ

「お前は私の、命の恩人だ。ありがとう」



 アンコはそう言って、深く頭を下げた。



イツキ

「別に……」


イツキ

「夢魔を倒したのは、ノハラでしたけどね」


アンコ

「気安い呼び方だな? キノシタとは仲が良いのか?」


イツキ

「家が近いってだけで、今は疎遠ですよ」


アンコ

「まあ良い。とにかく……」


アンコ

「お前が居なかったら、キノシタが来るまでに、コアは破壊されてた」


アンコ

「間違いなく、私は死んでたよ」


イツキ

「……そうかもしれませんけどね」


アンコ

「満足行ってないって顔だな?」


イツキ

「…………」


アンコ

「何が不満なんだ?」


イツキ

「シフターズの戦闘が開始されるまでに、夢魔が戦力を失った場合、報酬金額を5分の1以下に減ずる」


イツキ

「法律でそう決まっています」


イツキ

「ノハラが来るまでに、夢魔を倒せなかった」


イツキ

「あいつがボランティアじゃ無かったら、満額取られてた」


イツキ

「それが不満ですかね」


アンコ

「シミュレーターじゃ無いんだぞ。私のダンジョンは」


アンコ

「お前は、一人の人間の命を、救った」


アンコ

「お前じゃなきゃ、出来なかった」


アンコ

「まずは、それを誇れよ」


イツキ

「……はい」


アンコ

「授業始まるぞ。とっとと行け」


イツキ

「はい」



 イツキは小走りになって、部屋から出ていった。


 特別教室には、アンコ1人が残された。



アンコ

(誇れ……ねぇ)


アンコ

(あいつを、落ちこぼれだって、決めつけておいて……)


アンコ

(とっくの昔に、切り捨てておいて……)


アンコ

(どの口が言ってんだ? このアホは)


アンコ

「あーあ。どうしたもんかな……」



 やりきれない気持ちになり、アンコは後頭部をかきむしった。




 ……。




 放課後になった。


 学校を出たイツキは、帰路を歩いた。


 共に帰る友人は居ない。


 1人だ。


 歩きながら、ノハラのことを考えた。


 久しぶりに、彼女の声を聞いた。


 だが、それだけだった。



イツキ

(あの後……特に話しかけてくるとかも……無かったな……)


イツキ

(他人……だよな。もう)



 6年前、イツキにとって、ノハラは救いだった。


 もう、道は違ってしまった。


 彼女が居ない道を、歩んでいかなくてはならない。


 イツキは歩みを早めた。


 早足に、角を曲がった。


 そのとき……。



ルー

「みゃあ!?」


イツキ

「ぐおっ!?」



 猫。


 猫の鳴き声が、聞こえた。


 そう思った直後、イツキの体が弾き飛ばされていた。



ユニコ

「あっ……!」



 少女が、短く声を上げるのが、聞こえた。


 イツキの体が、高く宙を舞っていた。


 そして、地面に墜落した。


 鈍い音がした。


 大したダメージは無かった。


 夢魔の体当たりの方が、10倍痛い。 


 だが……。



イツキ

「?????」



 イツキの心中が、疑問符でいっぱいになった。


 イツキは動けなかった。


 体の問題では無い。


 突然の奇襲を、脳が受け入れなかった。


 イツキは仰向けに倒れたまま、視線だけを動かした。



イツキ

(でかい猫……?)


イツキ

(それに……角……?)



 イツキを跳ね飛ばしたのは、大きな猫だった。


 体長2メートルは有る。


 まるで虎のような大きさだ。


 だが、体格は、虎よりスマート。


 顔つきは、猫そのものだった。


 こんな猫が居るなんて、イツキは聞いたことが無かった。


 猫の上には、少女が跨っているのが見えた。


 少女は、病院の検査衣のような服を着ていた。


 手の甲に、25と、数字の入れ墨が見えた。


 頭には、長く綺麗な銀髪。


 眉の下には、天蓋のようなブルーの瞳。


 そして額には、角が見えた。


 それは金属的な質感で、銀に輝いていた。



イツキ

(角の有る亜人……? だけど……)



 イツキの中の違和感が、形になるより前。


 猫と少女が、口を開いた。



ルー

「みゃあぁぁ……」


ユニコ

「殺ってしまいました……」



 その言葉は、イツキへ向けられたものでは無かった。


 独り言か。


 あるいは、猫に語りかけているかのようだった。



ユニコ

「初めて人を殺してしまいました……」


ユニコ

「けど、冷静に考えると、殺ったのは私ではなくルーですね」


ルー

「みゃっ!?」


ユニコ

「猫に、道路交通法が適用される……などという話も知りません」


ユニコ

「これはルーの単独犯行」


ユニコ

「私は無罪ということで……」


ルー

「みゃ……」


ルー

「みゃみゃ!」



 ルーと呼ばれた猫が、焦ったような声を上げた。


 少女への抗議……では無い。


 猫の意識は、背後へと向けられていた。


 少女たちの背後、その遠方。


 車道を、赤いバイクが走ってくるのが見えた。


 バイクのシートには、レザージャケットの男の姿が有った。


 フルフェイスヘルメットをかぶっている。


 顔は見えなかった。



ユニコ

「っ……! もう追いつかれましたか……!」


ユニコ

「すいません。名も知らぬ学生さん。ご冥福をお祈りいたします」



 少女はイツキに、永遠の別れを告げた。


 猫が走り出した。


 そのとき……。



イツキ

「でかい猫だなー。いや、虎なのか?」



 いつの間に、そうしたのか。


 猫の背中、少女の後ろ側に、イツキが跨っていた。



ルー

「ふみゃっ!?」



 猫が驚きの声を上げた。



ユニコ

「学生さん!? 生きていたのですか!」


イツキ

「あれくらいで死んでたまるか」


ユニコ

「やはり無罪!」


イツキ

「有罪だよ」


ユニコ

「えっ?」


イツキ

「見ろよこの肘。弁償しろよ」



 そう言って、イツキは右肘を見せた。


 制服の布が破れ、地肌が覗いていた。



ユニコ

「アップリケでどうにかなりませんか!?」


イツキ

「なってたまるか。可愛くなっちゃうだろ」


ユニコ

「実は私、無一文でして……」


イツキ

「じゃあ良いや」


ユニコ

「あっさりしてますね?」


イツキ

「取り立てて欲しいのか? 地の果てまで」


ユニコ

「いえ結構です」


イツキ

「……車道走ったらどうだ?」


イツキ

「このスピードだと、また人にぶつかるぞ」


ユニコ

「名案にごつ!」


ユニコ

「ルー! 車道に移って下さい!」


ルー

「みゃっ!」



 少女に言われ、猫は車道へ移動した。



イツキ

「手綱も無しに、どうやって操ってんだ?」


ユニコ

「ふふふ」


ユニコ

「私とルーは、気持ちが通じ合っているのですよ」



 少女はイツキへと振り向き、微笑んだ。




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