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その4「儚い誓いと今現在」




マサヨシ

「そんなのおかしいよ」



 マサヨシが言った。



マサヨシ

「人間は皆ダンジョンを持ってるって、先生が言ってたし」


カゲト

「けど、実際に……」



 カゲトがマサヨシに言い返そうとしたとき……。



ノハラ

「イツキのダンジョン、無いの?」



 そう言って、ノハラが口を挟んだ。



イツキ

「っ……」



 ノハラに言われたことで、イツキの心中に、実感が流れ込んで来た。


 これが現実なら、嫌な汗をかいていただろう。


 マインドボディは汗をかかない。


 おかげで表面上は、冷静でいられた。



マサヨシ

「どうする? カゲトくん」


カゲト

「……戻るか」


マサヨシ

「……うん。そうだね」



 これ以上、ここに居ても仕方が無い。


 カゲトとマサヨシは、目を閉じて、離脱を念じた。


 2人の姿が、心層から消えた。



イツキ

「…………」



 ここに居ても仕方が無いのは、イツキも同じだった。


 いくら未練を残しても、ダンジョンが生えてくるわけでも無い。



ノハラ

「イツキ。行こう?」



 ノハラがイツキに、心層からの離脱を提案した。



イツキ

「……分かってるよ」



 イツキは悔しそうに目を閉じた。


 イツキの体が輝いた。


 心層から、イツキのマインドボディが消滅した。


 それを見届けると、ノハラも目を閉じた。 


 ノハラのマインドボディが消滅した。


 イツキの領地から、人の姿が消えた。


 イツキの意識は、現実へと戻っていった。




 ……。




イツキ

「…………」



 現実世界で、イツキの意識が覚醒した。


 イツキは目を開き、体を起こした。



ノハラ

「…………」



 少し遅れ、ノハラも体を起こす。



ヒトシ

「早かったな?」



 4人が目覚めたのを見ると、ヒトシは口を開いた。



カゲト

「ああ……」



 カゲトは少し固い表情で、ヒトシに答えた。



ヒトシ

「それで、どうだった?」



 ヒトシは遠慮なく、4人に尋ねた。



カゲト

「それがな……」


カゲト

「イツキには、ダンジョンが無かったんだ」


イツキ

「…………」



 イツキは顔を歪ませながら、黙って2人のやり取りを見ていた。



ヒトシ

「え? どういうことだよ?」



 カゲトの言葉に対し、ヒトシは素直に驚いた様子を見せた。



マサヨシ

「言葉通りだよ。本当に、無かったんだ」


ヒトシ

「ノハラ。本当か?」


ノハラ

「……うん」


ヒトシ

「お前ら……」


ヒトシ

「まさか、4人で俺を騙そうとしてんのか?」


イツキ

「嘘じゃない」


イツキ

「俺には……本当にダンジョンが無い」


ヒトシ

「…………」



 ヒトシは少し黙った。


 そして……。



ヒトシ

「寄越せよ」



 ヒトシの手が、イツキの左手首に伸びた。



イツキ

「あっ……!」



 そこには、イツキのリンカーが有った。


 ヒトシは強引に、イツキの腕輪を奪った。



イツキ

「何すんだよ……!」


ヒトシ

「ダンジョンが無いなら必要無いだろ?」



 当然といった感じで、ヒトシがそう言った。



イツキ

「それは……」



 イツキは悔しそうだったが、ヒトシに言い返すことは出来なかった。


 それを見たノハラが、イツキに声をかけた。



ノハラ

「イツキ」


ノハラ

「私のを使って」



 ノハラはリンカーを外し、イツキに差し出した。


 自分のダンジョンが無くとも、他人のダンジョンに行くことは出来るはずだった。



イツキ

「ノハラ……」



 イツキは、ノハラのリンカーに手を伸ばした。



ヒトシ

「止めとけよ」



 ヒトシは言葉を用い、2人を遮った。



イツキ

「は?」


ヒトシ

「そんな奴に渡すな」


ノハラ

「そんな奴?」


ヒトシ

「だって、不公平だろ?」


ヒトシ

「俺たちがさ、一方的に、ダンジョンに入れてやるなんて」


ヒトシ

「不公平だ」


ヒトシ

「それに、気持ち悪いし」



 ヒトシの態度は、冗談交じりのようでもあった。


 1人だけ、仲間外れになった。


 少し鬱憤が有る。


 ちょっと言ってやりたい気分だ。


 それくらいの事だったのかもしれない。


 だが、今のイツキに対しては、冗談では済まなかった。



イツキ

「ヒトシお前……!」



 イツキは怒気のこもった声を上げた。


 イツキは普段、あまり怒らない。


 だからこそ、怒った時は、怖かった。



ヒトシ

「っ……本当のことだろ……!?」



 ヒトシは怯え、自己弁護をした。



イツキ

「…………」



 ヒトシの言葉を受けて、イツキは他の3人を見た。



イツキ

「お前たちも……不公平とかって思うのか?」


マサヨシ

「僕は……」


マサヨシ

「あそこ……イツキくんのダンジョンが有るはずの場所に立った時……」


マサヨシ

「何だか……怖いって思った」


マサヨシ

「正直に言って、イツキくんには、僕のダンジョンに入って欲しく無いかも」



 マサヨシも、イツキを否定した。


 ヒトシより、落ち着いた物言いだった。


 だからこそイツキは、素の本心をぶつけられたような気分になった。



イツキ

「…………!」



 イツキは声を出せず、カゲトの方を見た。


 一方で、カゲトはノハラを見ていた。



カゲト

「ノハラは?」


ノハラ

「私は……」


イツキ

「…………」


ノハラ

「別に、どうでも良い」


イツキ

「っ……!」


カゲト

「……仕方ないな」


カゲト

「こうなった以上、お前にリンカーは貸せない」


ヒトシ

「それで、これからどうするんだよ?」


ヒトシ

「イツキが居るからって、おあずけだなんて嫌だぜ」


イツキ

「だったら……出てけよ……!」



 イツキは立ち上がり、ヒトシに掴みかかった。


 そして、強引に立たせると、体を押した。



カゲト

「おい……!」


イツキ

「ここは俺の家だぞ! 出てけよ!」



 悔しくて、悔しくて、仕方がなかった。


 自分を否定した連中と、一緒に居たくなかった。



ヒトシ

「言われなくても出てってやるよ! バーカ!」



 ヒトシはイツキから離れ、部屋を出ていった。



イツキ

「お前らも……出てけ」


カゲト

「……分かった」


カゲト

「行くぞ。ノハラ」


ノハラ

「あっ……」



 カゲトが立ち上がり、ノハラの手を引いた。


 マサヨシもそれに続いた。


 3人とも、イツキの部屋を出た。


 イツキも、3人の様子をうかがうため、部屋から出た。


 廊下へ。


 その突き当りに、玄関扉が有った。


 既にヒトシは出ていってしまったのだろう。


 扉は開きっぱなしになっていた。


 イツキは、残りの3人が玄関扉を抜けるのを、見送った。


 3人の姿が消えると、イツキは玄関に背を向けた。



イツキ

「…………」



 イツキは、玄関の鍵をかけるのも忘れ、自分の部屋に戻った。


 そして、ベッドに倒れ込んだ。



イツキ

「う……うぅ……」



 イツキは両目から、涙を零した。


 そのとき……。


 キィと、扉が開く音がした。



イツキ

「う……?」



 イツキは、音の方へ目を向けた。



ノハラ

「…………」



 イツキの部屋の入り口に、ノハラが立っていた。



イツキ

「っ……!」



 泣いているところなど、見せられない。


 イツキは慌てて目を拭った。



イツキ

「あいつらと行ったんじゃ無かったのかよ?」


ノハラ

「ううん」



 ノハラはゆっくりと、クビを左右に振った。



ノハラ

「ダンジョン、あんまり興味無かったから」


イツキ

「ああ……」



 ダンジョンの話になったとき、ノハラは『どうでも良い』と言った。


 イツキはノハラに、突き放されたような気分になった。


 だが、勘違いだったらしい。



イツキ

「そういう『どうでも良い』か」



 イツキは脱力して、ほのかに笑った。



ノハラ

「何の話?」


イツキ

「さあな」


イツキ

「……本当に良かったのか? あいつらと行かなくて」


ノハラ

「言ったよ? ダンジョンとか、興味ない」


イツキ

「そ」


ノハラ

「けど、イツキのダンジョンには、少しだけ興味が有った」


イツキ

「悪かったな。ダンジョンが無くて」


ノハラ

「別に責めてない」


イツキ

「…………」


ノハラ

「私は、イツキと一緒に居る」


ノハラ

「ずっと……」



 ノハラはベッドの方へ、てくてくと歩いた。


 そして、イツキの隣に座った。



イツキ

「好きにしろよ」


ノハラ

「ん……」



 ノハラはイツキの手に、自分の手を重ねた。


 普段だったら、イツキは払い除けていたかもしれない。


 だって、恥ずかしいから。


 この日は、そんな気分にもならなかった。


 ノハラの手の暖かさに、安らぎを感じていた。


 だが……。


 彼女の言葉は、果たされることは、無かった。




 ……。




 そして今。


 アンコのダンジョンで、イツキはノハラと視線を重ねていた。



イツキ

「……よっ」


イツキ

「久しぶり……だな?」



 イツキは、ぎこちない口調で言った。


 それから立ち上がると、服をぱんぱんと払った。


 マインドボディの服は、現実みたいに汚れたりはしない。


 なんとなくの行動だった。



ノハラ

「どうしてイツキがここに……」



 ノハラは無表情で問うた。


 今の彼女は、表情を変えない。


 決して。


 何があっても。


 そんな風に、なってしまっていた。



イツキ

「こっちの台詞だが」



 心の動揺が漏れないように、イツキは淡々と言った。



ノハラ

「私はボランティアシフターだから。……知らない?」


イツキ

「聞いたよ。噂で」


ノハラ

「そう」


イツキ

「活躍してるらしいな」


ノハラ

「……うん」


ノハラ

「それで、イツキの方は?」


イツキ

「決まってるだろ? 夢魔を倒すためだ」


ノハラ

「倒されてる」



 ノハラは、イツキが転がっていたことを思い出し、言った。



イツキ

「うるせ」



 イツキはそっけなく言った。



ノハラ

「…………」



 ノハラは、イツキから視線を外した。


 そして、教師であるアンコを見た。



ノハラ

「先生」


アンコ

「助かったよ」


ノハラ

「どうしてイツキがここに?」


アンコ

「あ? 聞いただろ?」


ノハラ

「生徒を守るのも、教師の仕事のはずです」


ノハラ

「無茶を止めるのも」


ノハラ

「それがどうして、イツキを戦わせていたんですか?」


イツキ

「俺は俺の意思で……」


ノハラ

「イツキは黙ってて」



 ノハラの視線がイツキを射抜いた。


 表情筋は、一切動いていない。


 だというのに、強い眼光を放っていた。


 思い出の中に居るノハラは、ぼんやりとした少女だった。


 変わったのか。


 5年ぶりだ。


 変わっても当然か。


 イツキはそう考えた。


 おとなしく彼女に従い、黙ることにした。



イツキ

「…………」


アンコ

「お前も生徒だろう」


ノハラ

「私はセミプロで、実績も有ります」


ノハラ

「成績不良な5組の生徒を、夢魔と戦わせるなんて……」


ノハラ

「先生は、イツキに怪我でもさせるつもりだったんですか?」


アンコ

「私は……」


アンコ

「死にたく無かった」


アンコ

「……悪いか?」



 率直な物言いだった。



ノハラ

「…………」



 ノハラの言葉が、途切れた。


 少し間を置いて、ノハラは再び口を開いた。



ノハラ

「二度としないで下さい」


アンコ

「二度もダイアブロシスを受けるなんて、考えたくも無いな」


ノハラ

「居るらしいですよ。夢魔に襲われやすい人って」


アンコ

「脅かすなよ」


ノハラ

「すいません」


ノハラ

「……帰還します。イツキも……」



 ノハラはイツキを見た。


 そして……。



ノハラ

「イツキ? リンカーは?」



 ノハラは、イツキの手首に、腕輪が無いことに気付いた。



イツキ

「足首に嵌める派なんだよ。俺は」



 イツキは、にやけた顔で、そう言った。



ノハラ

「足首?」


ノハラ

「そんなの聞いたことない」


イツキ

「オシャレだろ?」


ノハラ

「見えないのに、オシャレも何も無いと思う」


イツキ

「下着にも拘るタイプなんだよ。俺は」


ノハラ

「した……」



 ノハラは、一瞬だけイツキの股間を見て、すぐに目を逸らした。


 イツキは、上着のポケットに手を入れた。


 指先に、硬いオリハルコンの感触が有った。



イツキ

「先生、帰りましょうか」


アンコ

「待て。せっかくだから、ダンジョンを進化させていく」


イツキ

「ああ……。コアが有りますからね」


アンコ

「怪我の功名だな。夢魔サマサマだ」




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